(ケイティの視点)ケイティの行動 その2
「願い? なんだ?」
「アグネーゼのところに転移させてほしいのです。転移魔術は使えるでしょう?」
「使えるが、そう言えば、なぜ最初からアグネーゼなりコルヴタールのところに転移しなかったのだ?」
「アグネーゼもコルヴタールもどんな状況か分からなかったので、迂闊には転移できませんでした。でも、クラインヴァインのもとにいるのなら、転移しても大丈夫でしょう?」
万一を考えると、どこにいるのか、どんな状態か分からない者のところに転移するのは非常に危険だ。パーヴェルホルトならばゼーネハイトにいることが分かっていたので、問題ないと判断して転移してきたのだ。
「なるほど。さすがに慎重だな。では、ヴィットリーオとロザリアが起きたら転移させよう」
「いいえ」私は首を振った。「その二人は置いていきます。私だけ転移させてください」
だいたい、ヴィットリーオが一緒ならパーヴェルホルトに転移を頼む必要がない。
「一人で? ヴィットリーオを連れて行かないのは分かるが、護衛を置いて行っても良いのか?」
「ええ」
暴走したコルヴタールが今どんな状態なのか分からないし、私が行くことをクラインヴァインが歓迎してくれるとも限らない。そう、危険な可能性があるのだ。
「ロザリアとヴィットリーオには手紙を残します。私をアグネーゼのもとに転移させたことは内緒にしてもらえますか」
「内緒にしても、分かるであろう?」
「それでも、お願いします」
私は急いで紙に一筆したためて、パーヴェルホルトに渡した。「ちょっと寄るところがあるので二人は先にフィルネツィアに帰ってください」と簡単なひと言だ。
「では、準備はいいか?」
「はい、よろしくお願いします」
パーヴェルホルトが祈りの言葉を唱えると私の足下に魔術陣が展開された。光が私を包む。「ありがとう、パーヴェルホルト。エルフリーデ王女にもよろしく伝えてください」
目を瞑っていた私は眩しい光が収まったことを感じて目を開く。朝日の光がカーテンの隙間から差し込んだ部屋のベッドには誰か寝ている。もちろんアグネーゼだろう。
私はベッドに近づき、声を掛けた。「おはようございます、アグネーゼ。起きてください」
「えっ?」という声をあげてアグネーゼが目を覚ました。「ケイティ姉上? どうしてここに?」
「転移魔術で来たのです。傷はどうですか?」
「ああ、転移魔術ね。傷はまだちょっと痛むの。だから寝たままでゴメンね」
「良いのです。とにかく無事で良かったです」
私はまだちょっと寝ぼけまなこのアグネーゼを見ながら、無事で良かったと心から思った。クラインヴァインのもとなら無事だろうとは思っていたが、やはりこうして実際に会うまでは確信ではなかった。
「エレノアとコルヴタールはどこに?」
「二人は隣の部屋よ。私がゆっくり休めるようにと、クラインヴァインが別の部屋を用意してくれたの」
「エレノアはともかく、コルヴタールがいたら落ち着いて眠れませんものね」
そのような気遣いをしてくれるということは、クラインヴァインはずいぶん手厚くしてくれているようだ。
「そう言えば、ケイティ姉上、ロザリアはどうしたの?」
「ロザリアは置いてきました。私一人ですよ」
「そう。でも、ここはケイティ姉上が危惧するような危険はないわ」
「そのようですね。ホッとしました」
朝日が差し込んでだいぶ明るくなってきた部屋を見回すと、家具の装飾も豪華だ。おそらくここはクラインヴァインの屋敷なのだろう。
その時、扉が開いて寝間着姿の女性が部屋に入ってきた。
「まったく、コルヴタールたちといい、あなたといい、何の先触れもなく私の屋敷に入ってくるのはどうなのかしら?」
寝間着はファンシーだが、黒い髪に瞳。クラインヴァインだ。
「はじめまして、クラインヴァイン。アグネーゼの姉、ケイティ・フィルネツィアです」
「あなたとは初めてね。私がクラインヴァインよ」
「妹を助けていただき、ありがとうございます」
「どういたしまして。もっと早く誰か来るかと思っていたのだけど、案外遅かったのね」クラインヴァインは窓際まで歩いていき、カーテンを開いた。部屋に光が満ちた。「良い朝ね」
「コルヴタールがどこに転移したのか判断付きかねていたのです。それに、彼女のあの状態ではすぐに追うのも危険だという意見もありましたので」
「ああ、暴走したらしいものね。あの子はいつまでたっても子供だから」
クラインヴァインはベッドサイドの丸椅子に腰をおろした。「気分はどう? おかしなところはない?」とアグネーゼに尋ねた。
「ええ、昨日よりずいぶんといいわ。もう起き上がっても良いかな?」
「もうしばらく安静になさい」クラインヴァインは苦笑して、私の方を振り返った。「私の治癒魔術でも完治はさせられなかったわ。神器に二度も貫かれた影響も何かあるかもしれないわね」
あの槍はやはりコルヴタールを封印するための神器だったのか。アグネーゼは以前、テオドーラの剣で自分の胸を貫いている。あの時は私の治癒魔術で治ったが、今度はそうもいかなかったようだ。
「影響……、どのような影響でしょう?」
「分からないわ。そもそも二度も神器に貫かれた人間を他に知らないし」クラインヴァインは肩をすくめた。「ただ、だんだん良くなってるのでいずれは完治するでしょう」
治ってくれなければ困る。この先どうなるかはまったく分からなくなってしまったが、どうなろうとアグネーゼは必要だ。
「できれば早めにフィルネツィアに連れて帰りたいのですが、コルヴタールの方はどうですか?」
「どうかしら? もう落ち着いてるけど、でも本人が行きたがらないんじゃないの? ベアトリーチェと戦うことになるだろうし」
たしかにそうだ。コルヴタールをフィルネツィアに連れていくのはもう難しいだろう。だが、クラインヴァインのもとに置いておくのはどうなのだろうか? それにアグネーゼと離れたがらないという可能性も考えられる。
「クラインヴァイン、迷惑を掛けついでに一つ聞いても良いですか?」
「何かしら?」
「ベアトリーチェを封印する魔術を教えてくれませんか?」
「えっ!? ケイティ姉上?」驚いたのか、体を起こしかけたアグネーゼが、「いつっ」と言って布団に戻った。
「起きてはダメよ」クラインヴァインが掛け布団を直して私の方を見た。「ベアトリーチェを封印するつもりなの?」
「すぐにというわけではありませんが、この先の状況次第ではそういう可能性もあります」
「フフフ、あなたたちは面白い姉妹ね」
「私たちはフィルネツィアを、いえ、人間を守るためならできる限りのことをするつもりです」
「いいわ、教えてあげる。コルヴタールとエレノアが起きたようなので、後でね」
クラインヴァインが部屋から出ていくと、入れ違うようにコルヴタールとエレノアが入ってきた。
「ケイティ様? どうしてここに?」驚くエレノア。
「あーちゃんを連れ帰りに来たのか!?」と言って、コルヴタールがベッドの前に立ちはだかる。「連れていかさないぞ」
「大丈夫ですよ、コルヴタール」私は屈んでコルヴタールに視線をあわせた。「勝手に連れていったりしません、約束します」
「本当だな?」
「ええ。絶対です。私はアグネーゼが心配で来ただけですから、あなたのお友だちを取ったりしませんよ」
「そうか」コルヴタールはホッとしたように表情を緩めた。「お前、良いやつだな! 今日から友だちだ!」
「あら、嬉しいですわ。じゃあ、コルちゃんと呼びますね」
「うん! 改めてよろしくな、ケイたん!」
……私も、たん、ですか……。
その2です。
ケイティもクラインヴァインに会いました。




