(ケイティの視点)ケイティの行動 その1
ゼーネハイトにアグネーゼがいるかと思ったのだが空振りだったわけで、それならすぐにフィルネツィアに帰るべきなのだが、今日のところは泊まっていくことにした。
「ケイティ王女ともっとお話しがしたいですわ」というエルフリーデの言葉に乗らせてもらった。もっとゼーネハイトのことを知るのは無駄ではないだろうし、なによりパーヴェルホルトにはまだ聞くことがある。
お風呂と夕食をいただき、部屋に落ち着く。パーヴェルホルトがいる部屋の上の階の空室だが、設備は整っている。
「とても無人の教会の施設とは思えませんね」
「パーヴェルホルトが来てから慌てて手入れをさせたのですよ」恥ずかしそうにエルフリーデが言う。「ゼーネハイトでは、教会に訪れる民もほとんどいませんので……」
「フィルネツィアも場所によっては同じようなものですよ」
信仰の強さは場所によって大きな差がある。大聖堂がある王都はともかく、ヴィーシュのような比較的大きな町でも信仰心の薄いところはある。
「ところで、エルフリーデ王女は城に戻らなくても大丈夫なのですか?」
「ええ、しょっちゅう地方に出掛けて泊まるので、父は何も言いませんわ」
エルフリーデは見掛け以上にアグレッシブなタイプのようだ。
「それにしても、アグネーゼ王女のことは心配ですね」ソファーに落ち着きながらエルフリーデが言った。
「ええ、でもクラインヴァインのところにいるのなら大丈夫だと思います」
とは言っても、四姉妹のうちで私だけはクラインヴァインに会ったことがないのだ。話で聞いているだけな上に、しかもその内容がどうにも善に悪に揺れ動いているので、クラインヴァインの明確なイメージが持ちにくい。今は何となく信じられるような気がしているけど、また別の話を聞けば信じられなくなるかもしれない。
「もっとも、身近にいて、よく話をしているヴィットリーオのこともよく分かっているとは言えないのですけど」
「たしかに、パーヴェルホルトとコルヴタールは分かりやすいタイプですが、ヴィットリーオは何を考えているのか分かりにくいですね」
「エルフリーデ王女は、ヴィットリーオとは前にも会われたことがあるのですか?」
「ええ、以前にも一度、パーヴェルホルトに会いに来ましたよ。何を話していたのかまでは知らないのですけど」
やはりヴィットリーオは裏で色々動いているようだ。狙いは何なのだろうか。今考えても答えは出ないだろうから、ここはエルフリーデにゼーネハイトの話を聞くことにしよう。
私はお茶をひと口飲んで、話題を変える。「ゼーネハイトとフィルネツィアは国境を接していますけど、近くて遠い国ですね」
昨年の戦争だけでなく、両国は昔から戦争を繰り返してきた。国交もないし、民レベルの交流も薄い。
「ええ、悲しいことです。隣国同士でいがみ合っても何の意味もありませんものね」エルフリーデもお茶をひと口飲んだ。「私はこの状況を変えたいと思っています」
でも、昨年の戦争後、ゼーネハイト国内のフィルネツィアに対する感情は良くないとエルフリーデは付け加えた。「しばらくは時間が必要でしょう」
私も同感だ。フィルネツィア国内のゼーネハイトに対する感情も良いとは言えない。今は無理矢理交流しようとしても逆効果だと思う。
「ケイティ王女、私はゼーネハイト王になるつもりです」エルフリーデの目は真剣だ。
「王に、ですか。道は険しくありませんか?」ゼーネハイトには王子がいるはすだ。普通に考えればエルフリーデに王の目はない。
「ええ。兄がいますからね」エルフリーデはちょっと悲しげな笑みを浮かべた。「ですが、兄ではこれまでのゼーネハイト王と同じです。ゼーネハイトが変わるには新しい王が必要なのです」
なるほど。それが自分ということなのだろう。
「そうかもしれませんね。でも、今日初めて会った私にそのような話をしてしまってよろしいのですか?」
「ええ、これでも私は人を見る目があるんですよ」そう言うとエルフリーデは微笑んだ。「私達の世代が手を結べば、両国の関係が変わり始めると思いませんか?」
「思います。それは素晴らしいことですね」
私は王にはならないが、私たちが交流することで周囲を変えていくことはできるだろう。
「ありがとうございます、ケイティ王女。アグネーゼ王女も一緒に頑張りましょうと言ってくださったのですよ」
「私たち姉妹はみな同じ思いですよ。今回のクラインヴァインの件だけでなく、その後もずっと平和であることを望んでいます」
「……でも、ブレンダ王女は我が国を憎んでいらっらしゃるでしょう?」
たしかにブレンダは実兄をゼーネハイトに殺されている。だが、彼女は次期王になるべき人だ。私情で動くような性格ではない。
「彼女に完全にわだかまりがないかと言えば嘘になるかもしれません。でもブレンダはフィルネツィアの次期王です。私怨や私情よりも大切なものがあることを知っています」
「ブレンダ王女ともいずれぜひお会いしたいですわ」
「ええ、クラインヴァインの件が片付いたらぜひ。よろしければ、フィルネツィアにも一度お越しください」
「ありがとうございます、ケイティ王女」
翌朝はちょっと早く目が覚めた。まだ外は朝焼けが始まりかけたくらいの色だ。
エルフリーデからは外に出ないよう言われているが、私は静かに部屋を出て、建物の外に出た。中庭のようになっているが、さすがに植木までは手入れがされていない。
「外に出ないよう、エルフリーデから言われなかったかな? ケイティ王女」パーヴェルホルトが後ろに立っていた。
「あなたが気付くと分かっていました、パーヴェルホルト」
ことさら小さな声で返事をしたので、パーヴェルホルトは私が内緒で話したいことを察してくれたようだ。小さな魔術陣を展開すると、周囲の音が消えた。
「会話を聞かれなくするための魔術だ。俺に何か話があるのか?」
「ヴィットリーオはまだ寝ているのですか?」
「俺やお前さんが建物から出たことは気付いているだろう。だが、この魔術陣があれば会話は聞かれない」
「それは安心しました」私はひと呼吸置いて話を続ける。「教えてほしいことがあるのです」
「俺に答えられることならな」
「ベアトリーチェは今、私の妹ターニャに宿っています。詳しくは分からないのですが、魂だけの状態のようです」
「そうらしいな」
「そのベアトリーチェを封じる手段はありますか?」
「ふむ……」
パーヴェルホルトはちょっと考え込んだ。私の真意を計りかねているようだ
「すぐに封印しようというわけではないのですが、そういう手も持っておきたいのです」
「なるほど……。アグネーゼといい、その方らはただの姉妹ではないな」
「あら、これは姉ブレンダから聞いてくれと頼まれただけです」
「そうか。なんにしてもアレクシウスが目を付けるわけだ」パーヴェルホルトはニッと笑った。「封印する魔術はもちろんある。ベアトリーチェは魔導書に封じられていただろう。だが、魂を封じる魔術はとても高度で、使える者も限られていると聞く」
「そうでしょうね」
「俺は魔術があまり得意ではないので知らぬ。ヴィットリーオは知っているかもしれんが、奴に聞きたくないならクラインヴァインに尋ねるしかないな」
「そうですか」パーヴェルホルトを見た時からあまり魔術が得意には見えなかったのでそうだろうとは思っていた。ならば、次の手しかない。「パーヴェルホルト、一つお願いがあるのです」
長くなったので分割です。その2も夕方アップします。




