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(ターニャの視点)モヤの中から

 どうしてこんなことになってしまったのだろう……。


 いくら考えても分からない。いや、私がウトウトした隙にベアトリーチェが槍を撃ったのは分かった。でも、前の晩、夢の中ではそのような話はしていなかった。なぜ、突然ベアトリーチェが撃ったのかが分からないのだ。


「ベアトリーチェ、いるのでしょう?」


 モヤの中でいくら呼びかけても返事はない。

 その上、なぜか目覚めない。どうして? どれくらい時間が経ったのかも分からない。ちゃんと生きているのだろうかと不安になってくる。


「これは困りましたね……」


 槍はアグネーゼに当たってしまった。アグネーゼは無事なのだろうか? あの場にはケイティもいたし大丈夫だと信じたい。


 私が目覚めないとルフィーナもさぞ心配しているに違いない。心配かけるなと叱られそうだけど、私もかけたくてやってるわけではない。


 明後日にはお爺さまが王都に来るはずだ。お爺さまに無用な心配をかけたくないので早く目覚めたいところだが、どうすれば良いのだろう?


「ベアトリーチェはどうして槍を撃ったのかしら?」


 昨日の晩、夢に出てきたベアトリーチェはそんな感じをおくびにも出さなかった。学校の話や食事の話に盛り上がりすぎて、朝起きても眠くて仕方なかったほどだ。


 眠っているせいなのか頭が良く働かない。何度もこんなことを考えてるような気がするけど、結局答えは出ない。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう……。



「ターニャはまだ目覚めぬか」ヴィーシュ侯の顔にも疲労の色が濃い。あまり眠っていないに違いないとルフィーナは思った。

「はい、まだお休みのままです」ルフィーナはそう答えて目を伏せた。

「もう五日か」

「はい、……ガブリエラ様を呼びますか?」

「ううむ……」ヴィーシュ侯は目を閉じて顎ひげに手をやった。悩んでいるときのヴィーシュ侯の癖だ。一昨日ルフィーナが同じ質問をした時には「ガブリエラも信用ならん!」と即答で突っぱねていたが、何の手も打てない状況に悩んでいることは間違いない。

「やむを得ぬか……。内密に来てもらうよう頼めるか?」

「かしこまりました」ルフィーナは部屋を出ていった。




「すぐに来てくださるそうです」ルフィーナがヴィーシュ侯の部屋に戻って報告するとすぐ、目の前の床に魔術陣が浮かび上がり、そこから湧くようにガブリエラが現れた。

「ごきげんよう、ヴィーシュ侯」ガブリエラが礼を執る。

「機嫌が良いわけがないであろう」

「そうですわね。ターニャはまだ目を覚ましませんか?」

「はい、まだです」ルフィーナが答えた。

「そう……。では、ちょっと見せていただいても?」

「ちょっと待て、ガブリエラ」さっそくターニャのところに行こうとするガブリエラをヴィーシュ侯が止めた。「その前に聞いておきたいことがある」

「あら? なんでしょう?」ガブリエラは手近な椅子に腰を掛けた。


「ふぅ」とひと息吐いて、ヴィーシュ侯はガブリエラに視線をあわせた。「ことの次第はルフィーナから聞いた。国王陛下もその方もなぜ子供たちにこのような危険な真似をさせるのだ?」

「あら? 私たちが強要したわけではありませんわよ」

「それを止めるのがその方ら大人たちの役割であろうが!」ヴィーシュ侯は座っていた椅子の横の小さなテーブルに拳を叩きつけた。テーブルに乗っていたお茶のカップが床に落ちた。


「止めても利かぬ年頃なことは分かる。だが、悪魔との戦いなど、大人でも手に余るような危険なことに首を突っ込ませて、それこそ大人たちは何をしているのだ!」

「そうですわね」ガブリエラがちょっと寂しそうな目をしたようにルフィーナには見えた。

「わしはターニャが目覚めたらヴィーシュに連れて帰る。他の姫たちも関わらせないように国王陛下には進言するつもりだ」

「……それは困りましたね」

「む?」

「彼女たち無しにはこの事態を解決できません」

「なにを──」

「聞いてください、ヴィーシュ侯」声を荒らげかけたヴィーシュ侯を制してガブリエラは言葉を続ける。「不甲斐ないことなど、私が身にしみてよく分かっていますわ」


 ガブリエラは席を立ち、さらに言葉を続けた。


「フィルネツィアの大魔女などとおだてられ魔術士団長を拝したのに、私はろくにお役に立てていません。エヴェリーナの時も、そして今回も」

「……」

「彼女たちはアレクシウスに選ばれてしまいました。どうしてなのかは分かりません。でもこうなった以上は彼女たちを頼るしか、フィルネツィアの民を、いえ、すべての人間を守ることはできないのです。国王陛下も日々悩んでいらっしゃいますわ」


 国王陛下だけではない。私たち護衛も日々悩んでいると思ったがルフィーナは口に出さなかった。


「ですから」ガブリエラはヴィーシュ侯の前に膝を付いた。「ターニャたちの力をお貸しください。このような状況で言っても信じられないと思いますが、今後は私たちが全力でお守りしますから」


「ふーむ……」ヴィーシュ侯は目を閉じて顎ひげに手をやった。その時、部屋の扉がノックされ、扉を開いて一人の女性が部屋に入ってきた。


「あら、騒々しいと思ったら何ごとですか? お父さま。それにガブリエラまで」

「マリアベーラ! なぜ王都に!?」ヴィーシュ侯は思わず立ち上がった。

「なぜ、ではございません。毎日毎日騎士たちが王都に転移していくので、まさか戦争でもするつもりかと爺やを問い詰めたら本当のことを話してくれたのです。なぜ、ターニャのことを隠していたのですか?」マリアベーラがヴィーシュ侯に詰め寄る。

「いや、お前に余計な心配をだな……」

「余計ではありせん!」マリアベーラはキッとヴィーシュ侯の言葉を遮った。「娘の身を慮ることが余計なことですか?」

「……すまぬ、マリアベーラよ」

「なにがあったのかは後でお聞きしますので、まずはターニャのところに案内してくださいませ、ルフィーナ」

「かしこまりました」



 どうも色々考えすぎたようで頭が重いのだけど、すでに夢の中だからなのか眠ることはできない。


「良い加減に、いるなら出てきてくれませんか、ベアトリーチェ」


 お願いしてみても、モヤの中は変わらないままだ。困った。こんなに困ったのは初めてだ。その時、


「……ターニャ……ターニャ」とどこからか声が聞こえてきた。どこからなのかは分からないが、何か懐かしい声だ。


「……起きなさい、ターニャ……」

「お母さま!? 助けて! お母さま!」


 突然目が覚めた。


「ターニャ!」

「ターニャ様!」


 お爺さまとルフィーナ、なぜかガブリエラの顔もある。それにお母さまがいる?


「お爺さまとお母さま? どうしてここに?」なんだか頭がぼーっとしている。長い夢を見ていたような感じだ。体を起こすとなにやらだるい。

「ずっと目を覚まさないから心配したぞ、ターニャ」お爺さまは少し目を潤ませている。

「……ずっと、ですか? そんなに寝ていましたか?」

「はい、五日間もお休みでした」ルフィーナはホッとした表情だ。

「五日間!?」




「そうでしたか。では、お母さまが呼びかけてくれたので目が覚めたのですね」


 だんだんと眠っていた時のことを思い出した。ベアトリーチェが全然出てきてくれなかったのだ。いったいどうしたのだろう?


「あまり皆に心配かけてはいけませんよ、ターニャ」お母さまが私を諭すように言った。私とて心配をかけたいわけではないのだけど、心配かけたのは事実なので頷いておいた。

「お母さま、王都に来ても体は大丈夫なのですか?」

「まぁ、ターニャは優しい子ね。でも、今は自分の心配をなさい。五日間も眠り通しなんて普通のことではありませんよ。何があったのですか?」


 その説明はルフィーナがしてくれた。私は、アグネーゼに槍が当ってしまったところまでしか知らなかったが、まさかその後コルヴタールが反撃してきて、どこかに転移してしまったとは。


「アグネーゼ姉様はまだ見つかってないのですか?」

「はい、まだご連絡はないようです」


 どこに転移したのかということもあるが、何よりアグネーゼが無事なのかどうかが心配だ。


「ブレンダ様とケイティ様は、おそらくネーフェかゼーネハイトではないかと仰っていました」


 アグネーゼの母の実家であるネーフェか、先日訪れたというゼーネハイトか。ゼーネハイトではパーヴェルホルトに会ったと言っていたので、そちらの方が可能性が高いように思える。


「もう、ターニャ。アグネーゼ様のことは今は良いのです。あなたはなぜ五日間も眠っていたのですか?」お母さまが私の考えを遮った。

「それは……よく分からないのです」


 いつもならあのモヤの中にベアトリーチェがいるはずなのだが、なぜか何度呼びかけても出てこなかった。


「アグネーゼ様を傷付けたことをターニャ様に怒られると思っているのではないですか?」とルフィーナ。


 もちろん怒るつもりではあったが、それ以上になぜあの時撃ったのかを聞きたいのだ。あの場でコルヴタールを封印しても大した意味はないはずだ。


「ターニャ」お母さまが改まって私に向きあった。これは叱られる、と長年の経験に基づく私の勘がそう囁いた。

「はい……」

「やはり、危険なことに首を突っ込んでいるのですね」

「なんと言いますか、成り行きでそういうことに……」私が積極的に突っ込んだわけではない。

「では、一緒にヴィーシュに帰りますか?」

「え?」

「危険なことは他の人に任せて、ヴィーシュに帰りますか?」お母さまは真剣な目で私を見つめている。


 そんなことができるわけがない。危ないことは嫌だけど、ここまで関わってしまったのだ。最後まで見届けたい。それに、アレクシウスの加護なしに悪魔たちと対等に関わることはできないだろう。つまり、私たち姉妹がやるしかないのだ。


「お母さま、それにお爺さま。ご心配をかけてしまいますが、もうちょっと待ってください。私たちは大丈夫です。きっとヴィーシュを、フィルネツィアを守ってみせますから」

「強くなりましたね、ターニャ」


 お母さまはそう言うと私を抱きしめてくれた。懐かしい匂いと感触だ。お母さまとお爺さま、それにルフィーナがいれば、私はどんな時でも頑張れるよ。

やっと目を覚ましました。

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