(ケイティの視点)エルフリーデとパーヴェルホルト
「なんだ、また来たのか、ヴィットリーオ。その娘は?」
転移した先はちょっと広い石造りの部屋だった。テーブルやソファー、ベッドもあるが、飾り気のあまりないフィルネツィアの様式とずいぶん違い、装飾も派手めだ。部屋の中央に立っているこの大男、つまりパーヴェルホルトが暮らしている部屋なのだろう。
「はじめまして、パーヴェルホルト。私はフィルネツィアの王女、ケイティ・フィルネツィア。こちらは私の護衛のロザリアです」私は礼を執りつつ、後ろのロザリアも紹介した。
「おぅ、俺がパーヴェルホルトだ」
黒い髪と瞳はヴィットリーオと同じだが、ずいぶんと違うタイプだ。短髪で大柄な体躯。ヴィットリーオが魔術士とすれば、パーヴェルホルトは騎士に見える。
「この間来たアグネーゼの姉妹か? 俺に何か用かな?」
「ええ。その後、というか最近またコルヴタールは来ていないかしら?」
「うん? 来ていないぞ。アグネーゼからはまた連絡すると言われているが、その後はまだ連絡はないな」
ここではなかったか……。ちょっと落胆はしたが、用事は他にもある。
「エルフリーデ王女を交えてあなたと話をしたいのですが、取り次いでいただけるかしら?」
「おう、ちょっと待ちな」パーヴェルホルトはサラサラっと紙に何かメモすると、魔術陣を展開してそこに紙を置いた。紙が魔術陣に吸い込まれる。メモをエルフリーデのもとに転移させたのだろう。
「ゼーネハイトでの暮らしはどうだ? パーヴェルホルト」ヴィットリーオが椅子に腰掛けながら問いかけた。私も手近なソファーに腰掛けた。
「気配を消しているのでな。あまり快適とは言えぬな」
「クク、窮屈でも仕方あるまい。気配を消さねばアレクシウスに見付かるぞ」
「うむ、分かっている」
おや? ヴィットリーオはアレクシウス側ではないのだろうか? なぜパーヴェルホルトを隠すのか、よく分からない。
「だが、エルフリーデがよくしてくれるので、暮らしに不便はない。久しぶりの人間の食事も美味いしな」
「そうか。フィルネツィアの食事もなかなか美味いぞ。食の進化はかなりのものだな」
しばらくは他愛もない話をしていると、扉がノックとともに開き、一人の女性が入ってきた。供も護衛も連れていないし、平民が着るような衣装を身に着けているが、雰囲気までは隠せない。エルフリーデ王女だろう。
「ケイティ王女殿下ですね。私はゼーネハイト王の娘、エルフリーデです」
「ケイティ・フィルネツィアです。エルフリーデ王女殿下、初めてお目にかかります」私は席を立ち、礼を返す。「突然の来訪で申し訳ありません」
「フフ、そう言えば、アグネーゼ王女も突然でしたね」金色の巻髪を揺らしてエルフリーデが笑った。年の頃は私たち姉妹と同じくらいに見えるが、いかにも王女という感じで、私たち姉妹にはいないタイプに見えた。
「立ち話もなんですから、座ってください。お茶を用意いたしますわ」
「エルフリーデ王女、お待ちください。そのようなことをしていただいては困ります。ロザリア、お願いします」お茶の準備はロザリアに頼んだ。
「では、お言葉に甘えますわ」エルフリーデが席に付き、その隣にはパーヴェルホルトが座った。テーブルを挟んでこちら側は私とヴィットリーオだ。
「転移魔術で来ましたもので、外をまったく見ていないのですが、ここは何の建物なのでしょう?」ロザリアがお茶を入れている間は世間話だ。
「ここはロスヴァイクの町外れにある教会の建物なのです。お恥ずかしい話ですが、この教会には神官もおりませんので、パーヴェルホルトを隠すにはちょうどよいのです」
その口ぶりだと、どうやら私が大司教の孫であることも知っているようだ。油断ならないかもしれない。
ロザリアが皆にお茶を入れ、私の後ろに立った。ここからが本題だ。
「今日突然参りましたのは、アグネーゼが来ていないかを確認するためだったのですが、どうやら空振りだったようです」
「アグネーゼ王女が? もしかして何かあったのですか?」
アグネーゼがエルフリーデにどこまで話をしているのか分からないが、パーヴェルホルトもいるのであれば相当な事情は知っているだろう。私は五日前に起きたことを簡単に説明した。
「アグネーゼ王女が……。残念ですが、転移先はここではありませんね」
「であれば、クラインヴァインのところであろう」パーヴェルホルトが断言した。
「クラインヴァインの?」私は首をひねる。
「パーヴェルホルトよ、転移魔術は会ったことのある者のもとへも転移できるが、封印が解けた後にコルヴタールはクラインヴァインと会っているのか?」ヴィットリーオが口を挟んだ。封印前に会っているというだけでは転移はできなかったと付け加えた。
「ネーフェで会ったと仰ってましたよ。間違いありません」エルフリーデが答えた。
なるほど、クラインヴァインとネーフェで会っていたのか。その話はアグネーゼから聞いていなかった。
「そうですか。治癒魔術ならクラインヴァインが一番ですからね。もし彼女のもとに転移したのであれば、コルヴタールは良い判断をしたと言えますね」ヴィットリーオが頷きながら言った。
クラインヴァインが治癒魔術? 私のイメージにはないし、ヴィットリーオからそうした話を聞いた記憶もない。
「ヴィットリーオ、クラインヴァインは治癒魔術が得意なのですか?」
「ええ。今の時代に伝わっている治癒魔術のほとんどは彼女が作ったものです」
「……どうやら、私がクラインヴァインに抱いていたイメージはあまり正しくないようですね?」
「おや、そうですか」
どうもヴィットリーオとベアトリーチェからの情報に惑わされているようだ。その上、もはやそのことを隠そうとしないヴィットリーオ。どうにも信用ならない。
「パーヴェルホルト、あなたは二千年前、クラインヴァインとともに世界を滅ぼそうとしたのでしょう? クラインヴァインの真意はどこにあったのかしら?」アグネーゼから話は聞いているが、改めてパーヴェルホルトに尋ねてみた。
「その話か。アグネーゼにも話したが、もとはアレクシウスとの対立が原因だ。巻き込まれる人間からすればクラインヴァインはとんでもない悪魔ということになるだろうが、そもそも人間を巻き込んだのはアレクシウスだ」
「……人間の創造主なのですよね?」
「あぁ。アレクシウスからすれば人間は道具だろう」
私は思わず天を仰いだ。人間が苦しんでもなぜ神は助けてくれないのか? 私が長年悩んでいたことに、悪い意味で答えが出たような気がする。気持ちが沈むが、今は神について考えている場合ではない。
「パーヴェルホルト、ヴィットリーオ。このまま進めば、私たちはクラインヴァインと戦うことになります。私たちが勝てばクラインヴァインは再び封印されることになり、私たちが負ければ人間の世界はそう遠くない将来に終わるでしょう。これが正しい道でしょうか?」
「ふむ。もしお前たちがクラインヴァインと戦うというなら、俺はクラインヴァインに味方をするしかない。お前はどうするのだ、ヴィットリーオ?」
「私はこの世界に滅んで欲しくありません」ヴィットリーオはちょっと間をとって、再び話し始めた。「そして私たちは人間に過度な干渉をするべきではありません」
「どういうことだ?」パーヴェルホルトが分からんといった顔で首を捻る。
「私たち五柱は天に上るべきです」
「む?」
「あの時、アレクシウスが気に喰わなくとも、私たちも天に上るべきでした。その上で対立したいならクラインヴァインとアレクシウスの二柱でやれば良かったのです」
「うーむ。できなくはないのだろうが、感情的には受け入れられんな。クラインヴァインもそうだろう」
「それは本当に本音なの? ヴィットリーオ?」私は思わず聞いた。ヴィットリーオはこの混乱を早く収束させて楽しく暮らしたいと言っていた。天に上ってしまってはそういうわけにもいかないのではないか?
「ええ、私はどこにいても自由ですから」ヴィットリーオはニッと笑った。
五人が天に上って勝手に対立してということなら、アグネーゼが言っていたアレクシウスとクラインヴァインを一対一で戦わせるという方向性と似ているように思う。だが、実現できるのだろうか?
「ヴィットリーオよ。それならまだ別の世界にアレクシウスをおびき寄せてクラインヴァインと戦わせる方がまだ現実的だと思うが」
「アレクシウスは罠には掛からない」ヴィットリーオは断言した。「それどころか、逆手にとられる可能性さえあるだろう」
「ふむ……」
しばらくの沈黙の後、エルフリーデがお茶をひと口飲んで、ヴィットリーオに向かって話し始めた。
「よく分かりました。ですが、私たちはアグネーゼ王女の連絡をお待ちすると約束しました。彼女がどのような結論を出すのか、それを待ちたいと思います」
「なるほど。アグネーゼ様が鍵になるとお考えなのですね」ヴィットリーオは微笑んだ。「かしこまりました。私もそれをお待ちしましょう」
なんとなくヴィットリーオの考えも見えてきたようです。
※誤字脱字を訂正しました(2018/2/18)
 




