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(アグネーゼの視点)借り

 目を覚ますと見知らぬ天井だった。でもここがどこなのかを考えることはできなかった。なぜなら、すぐに大きな声で思考を遮られたからだ。


「あーちゃん!」

「アグネーゼ様!」


 ベッドサイドに目を移すとエレノアとコルヴタールが体を乗り出して私が目を覚ましたことを喜んでいる。二人とも目に涙を浮かべている。私はベッドから体を起こそうとしたが、胸の辺りに痛みが走った。


「いつっ」

「アグネーゼ様! まだ動いてはダメです!」エレノアが私を留めた。

「まだ無理をしてはダメよ」別の声が聞こえたので、そちらに目を移すと意外な人物がいた。クラインヴァインだ。何度か会った幼女の姿ではなく、胸にエーレンスの紋章が入った魔術士団の装束だ。


「アルヴァルドの槍に完全に貫かれていたのよ。あなたが悪魔なら封印されていたところだわ」クラインヴァインはベッドの側まで来ると私を見つめながら言葉を続けた。「私の魔術でも完全には治せなかったわ。しばらくは静養しなさい」


 ターニャがコルヴタールに攻撃魔術を撃ってきたのが見えて、反射的に庇ったところまでは覚えているのだが、その先はまったく記憶にない。


「ここはどこなのかしら?」声を発するのも少し苦しい。

「クラインヴァイン様のお屋敷ですよ」エレノアが答えた。目を覚ました私に少しホッとした表情を浮かべている。ずいぶんと心配かけたようだ。

「クラインヴァインの……。ここはフィルネツィアではないの?」

「ここはエーレンスの首都ラインラントよ」クラインヴァインが少し呆れたようにコルヴタールの頭を撫でながら続けた。「突然目の前に三人が現れたので驚いたわ」


 コルヴタールの転移魔術でラインラントのクラインヴァインのもとに転移したらしい。なぜ転移する必要があったのだろうか?


「どうして転移を?」

「それは……」ちょっと言いづらそうにエレノアが説明してくれた。コルヴタールが我を忘れて暴れてしまったようだ。そして、クラインヴァインのもとに転移したらしい。


「ごめんね、あーちゃん」コルヴタールが泣きそうな顔で私に謝る。「それから、ありがとう」

「いいのよ。コルちゃんが無事で良かったわ」私はコルヴタールの頭を撫でた。

「良くないわよ」横でクラインヴァインが眉をひそめた。「聞けばあなた、以前にはテオドーラの剣にも刺されているらしいじゃないの。いくら治癒魔術があっても無茶すぎるわ」


 クラインヴァインが言うには、テオドーラの剣もアルヴァルドの槍もただの武器ではない。悪魔を封じるための神器だ。一見、人間にはただの武器と同じ効果しかないように見えるが、影響はあるはずだという。


「神器に二度も貫かれた人間を見たことがないからよく分からないけど、影響はあると思う。しばらくゆっくり休んで、何か変わったことがあったら言いなさい」

「ええ、ありがとう、クラインヴァイン」


 クラインヴァインは、エレノアとコルヴタールに屋敷から出ないように念を押すと、部屋を出て行った。


「さて」エレノアとコルヴタールにはもう少し聞いておかなくてはならないことがある。「もう少し詳しく話を聞かないといけないわね。コルちゃんが反撃して、ターニャたちは無事なの?」

「ケイティ様が防御魔術を展開されていましたので、ケイティ様にもターニャ様にもお怪我はなかったと思います」

「ターニャは槍を撃った後、どうなったの?」

「私はアグネーゼ様を見ていましたので……、あまり良くは見ていなかったのですが、呆然と立ちすくんでいるように見えました」

「あれはあーちゃんの妹のターニャじゃなかったよ」コルヴタールが思い出しながら言った。「だって、瞳の色があーちゃんや他の姉妹たちとは違ったよ」

「瞳の色?」私たち姉妹は深紅の瞳だ。「何色だったの?」

「金色だったよ。ベアトリーチェやアレクシウスと同じ色だった」


 あぁ、なるほど。撃ったのはベアトリーチェだったのか。ターニャの中にベアトリーチェがいるのは分かっていたのに、簡単にコルヴタールをターニャの前に出しすぎたか。


「ごめんね、コルちゃん。ターニャの中にはベアトリーチェがいるのは分かっていたのに」

「ううん」コルヴタールは首を振った。「それは私も分かってたし。でも、まさかあの槍があるとは思ってなかったな」


 たしかにそうだ。クラインヴァインはアルヴァルドの槍と言っていたが、コルヴタールを封印していたアルヴァルドの槍は間違いなく崩れ落ちたはずだ。私もエレノアも見た。それがなぜ存在し、しかもターニャが持っていたのか分からない。でも、今考えても答えは出そうにない。


「ところで、どうしてクラインヴァインのところに転移したの?」脱出ならゼーネハイトでもネーフェでも良かったはずだ

「うん。血がいっぱい出てたから……。治せるのはくーちゃんしかいないと思ったんだ」

「そうなのね。ありがとう」


 クラインヴァインが人間を治療するイメージが湧かなかったが、それを察したのかコルヴタールが付け加えた。「昔、ベアトリーチェと戦う前は、くーちゃんは人間をいっぱい治療してたんだよ。それに人間でも使えるように治癒の魔術を作ったのもくーちゃんなんだよ」


 聞くほどにクラインヴァインのことが分からなくなる。だが、私を治療してくれたのはたしかに彼女のようだ。


「クラインヴァインに借りができたわね」

「アグネーゼ様」エレノアがちょっと改まって私に言う。「やはりクラインヴァイン様は、それに、コルちゃんもですが、悪魔に仕立てられているだけなのではないですか?」

「そうね」ホッとしたのか布団に顔を付けてウトウトと眠りそうなコルヴタールを見ながら私も言う。「私もそう思うわ」


 もちろん、私を治療したのもクラインヴァインの計算かもしれない。だが、たいした力もない私を治療しても彼女にメリットはないはずだ。そこまで善意を疑う必要はないと思う。


「帰ったらまずはターニャを何とかしないとね」きっと私を撃ったことで悩んでいるに違いない。

「でも、しばらくは静養しなくてはダメですよ」

「ええ。ところで、あれからどのくらい経っているの? なんだかお腹が空いたわ」一日二日は経ってしまっているのだろうか?

「食事をお願いしてきますね。五日間も眠り続けでしたから、お腹も空きますよね」


 五日間! フィルネツィアはどうなったのだろうか?

アグネーゼはエーレンスにいました。

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