(ブレンダの視点)一人の後宮
大変なことが起きた、と双鷲の堂舎にちょうど着いたところで知らせを受け、私は急いで王宮に戻った。国王陛下は頭を抱え、ガブリエラの顔色も何やらよろしくない。ケイティから説明を受けた私は、あまりのことにただただ呆然とするばかりだった。
ターニャがコルヴタールを攻撃して、アグネーゼにその攻撃が当たり、コルヴタールが盛大に反撃して食堂は崩れ落ちる寸前。その上、コルヴタールはアグネーゼとエレノアを連れてどこかに転移してしまったという。私が食堂を出た後にまさかそんな大変な事態が起こっていようとは夢にも思っていなかった。
それから五日が経った今、アグネーゼたちの行方は分からないままだし、ターニャも目を覚まさない。正確にはちょっと違うのだが……。
「我が孫娘をこんな危険にさらすとはどういうことだ!」とヴィーシュ侯が王宮に怒鳴り込んできたのは三日前のことだ。折り悪く、定例の領主会議のためにヴィーシュ侯が王都にやってきて、当然そのついでにターニャに会おうとしたところ、攻撃を受けて目を覚まさないターニャとのご対面となってしまった。
会議を中止にすれば良かったと国王陛下は悔いていたが、目を覚まさなければいずれは分かってしまうことだ。
ヴィーシュ侯はこれまでに起きたことをルフィーナから詳しく聞いたようで、ターニャを後宮には置いておけないと桔梗離宮に連れ帰り、さらにヴィーシュから騎士を呼び寄せて、離宮に厳重な警備を敷いてしまった。その後は私たち王族であっても誰も面会できていない状況だ。なので、今も目を覚ましていないとすれば、目を覚まさないまま五日たったということになる。
「目を覚ませばルフィーナが知らせてくれるでしょう」とケイティは言うが、ルフィーナはあくまでもヴィーシュの人間、そしてターニャの護衛だ。ヴィーシュ侯の命令に逆らうようなことはしないだろうし、ターニャの安全のためならその他のことは気にしないタイプだ。
こんなことがあってもとりあえずは学校に行かねばならず、臨時に食堂とした部屋で朝食をとっているとケイティがやってきた。
「おはようございます、ブレンダお姉様」
「おはよう、ケイティ」
「今朝も桔梗離宮から連絡はないですか?」
「あぁ、何もないな」
ケイティも食事をとり始めた。どうもあの場に一緒にいたケイティは、ターニャを止められなかったことを悔やんでいるようだ。だが、誰がいても止められなかっただろう。
食事をとっていると、ケイティが突然、とんでもないことを言い出した。
「ブレンダお姉様、私、ゼーネハイトに行ってこようと思うのです」
「えっ!?」思わず腰が浮いてしまった。「ゼーネハイトに?」
「はい。アグネーゼたちがいる可能性は高いですし、もしいないとしてもパーヴェルホルトと話ができるでしょう」
「しかしだな……」
「ターニャの目覚めを待っていたり、アグネーゼからの連絡を待っていたりと、待っているだけではどうにもなりません」
たしかに待っているだけは苦しいが、私だけの考えで否応を答えることはできない。
「国王陛下に相談しなくてはならないだろう?」
「いえ、国王陛下に相談すればダメと言われるに決まっていますので、私の独断で参ります。ブレンダお姉様には余計なご心配をお掛けしたくないのでご報告したまでです」何を言おうとも行くという決意の目だ。止めても無駄だろう。
「しかし、ゼーネハイトは危険かもしれない。ロザリアだけで大丈夫か?」
「ロザリアがいれば大丈夫ですが、暇そうにしているヴィットリーオをお借りします」
ヴィットリーオは桔梗離宮に入ることをヴィーシュ侯に許されなかった。なので、後宮に留まっている。
「そうか、ヴィットリーオがいれば転移も容易だな」
「ええ。パーヴェルホルトのもとには転移できると言っていましたので、それほど王都を留守にしなくて済むと思います」
すでにヴィットリーオとも話が付いているのか。ならばもはやウダウダ言うまい。
「分かった。留守は私が守ろう。それと、パーヴェルホルトと話すつもりなら一つ聞いてほしいことがあるんだ」
「なんでしょう?」
「ヴィットリーオがいる場では聞けないと思うので、上手くヴィットリーオが離れたところで聞いて欲しいのだが、ベアトリーチェを魔導書に封じ込める魔術があるのかどうかを聞いて欲しい」
「ベアトリーチェを……ですか」
「うん」
コルヴタールを撃ったのはターニャではなく、間違いなくターニャの中にいるベアトリーチェだろう。ターニャはそんな短絡的なことをする子ではない。ベアトリーチェが攻撃した真意は分からないが、次第によってはベアトリーチェを封印した方が良いかもしれないと思っている。
「なるほど。隣に座っていたので良く見えませんでしたが、私もあの魔術を撃ったのはベアトリーチェだろうと思っています。ですが、ベアトリーチェを封印してしまうと、クラインヴァインを封印する手段が失われませんか?」
「もちろん、最後の手段としてだ。封印せずに済むならそれに越したことはない。だが、ターニャを危険に巻き込んでまで事を進めようという考えなら、放置はできない」
「分かりました。聞いてみましょう」
朝食後、ケイティはロザリア、ヴィットリーオとともにゼーネハイトのパーヴェルホルトのもとへ転移していった。これで四姉妹は完全にバラバラになってしまったことになる。
「もともと後宮に住んでいたのは私だけだったのに、今こうして三人がいないのはちょっと寂しいな」
「大丈夫です。必ず皆さま戻ってきますよ」ウェンディが慰めてくれた。私もその日が来るのを心待ちにしながら、できることをやっていくしかないと心に誓った。
ケイティはゼーネハイトに向かいました。
 




