(ケイティの視点)槍
春の休暇期間も終わり、今日からはまた女学校が始まる。身支度を調え、食堂に行くとすでにブレンダが朝食を終え、席を立ったところだった。
「おはようございます、ブレンダお姉様。お早いのですね」
「おはよう、ケイティ。学校に行く前に、双鷲の堂舎に寄らないとならないんだ。お先に失礼するよ」
「それは大変ですね。また学校で」
双鷲の堂舎は騎士団の本部だ。学校に行く前に用事があるのだろう。騎士団長代行の役割も担っているブレンダは大変だ。
入れ替わりに私は席に着いて、食事をとり始める。まだ、アグネーゼとターニャは来ていないようだが大丈夫なのだろうかと考えていたら、アグネーゼがコルヴタール、エレノアと現れた。
「おはよう、ケイティ姉上」
「おはようございます、アグネーゼ。今日から学校ですよ」
「ええ、大丈夫大丈夫」
髪がボサボサのアグネーゼがちょっと心配になったけど、彼女が朝弱いことは知っている。アグネーゼの隣の席に着いたコルヴタールもずいぶんと眠そうだ。エレノアが給仕をして、二人も食事を始めた。
「アグネーゼ、今日はコルヴタールはどこかに行くのですか?」
「エレノアとヴィットリーオと、王都見物の続きよ」
「あら? あなたの護衛はどうするのですか?」
「私はターニャと一緒だから、ルフィーナについでに護衛してもらうわ」
本来ならそういうわけにはいかないのだろうが、ことがことだけに仕方のないところだろう。コルヴタールを放置しておくわけにもいかない。
「ほら、コルちゃん。全部こぼれてますよ。目を開いてください」
「……うん……。むにゃむにゃ……」
半分眠ったままのようにコルヴタールがパンを口にしようとしてボロボロと落としている。エレノアがそれを甲斐甲斐しく拾ってあげていた。なかなか微笑ましい光景だ。
食事をとり終え、お茶に口をつける。制服に着替えないといけないし、あまりノンビリしている時間はない。
「では、私はお先に。アグネーゼも遅れないようにね」
「ええ。学校で会いましょう」
私が席を立とうとしたところで、ターニャが目をこすりながら入ってきた。「おはようございます。ケイティ姉様、アグネーゼ姉様」
「おはよう、ターニャ」
「おはようございます、ターニャ。ずいぶんとゆっくりですね。今日から学校ですよ」
「はい、お茶だけいただきます」
席に着いたターニャは今にも目を瞑ってしまいそうだ。あまり眠れなかったのだろうか。
「しっかり寝ていないのですか?」私はターニャに問いかける。
「ええ、また夢の中でちょっと話をしていたもので……」
夢の中ということはベアトリーチェと話をしたのだろう。内容が気掛かりではあるが、コルヴタールのいる前で聞くわけにもいかない。学校での昼食時にでも聞いてみよう。
ルフィーナがお茶をいれた時にはターニャは目を閉じて、こっくりこっくりと船をこいでいた。
「ターニャ様、お茶ですよ。起きてください」とルフィーナがターニャの肩を軽く揺すった。
そこから先の出来事は、まるでスローモーションで見ているかのようだった。
「うーん」と言って顔を上げたかと思うと、ターニャは席を立ち上がった。それとともに、彼女の目の前に突然、金色の魔術陣が展開された。
「え!?」と驚く私やルフィーナを後目に、魔術陣が光を放ち、金色に輝く槍を撃ち出した。槍の先はコルヴタールを狙っている!
「危ない!」アグネーゼとエレノアの声が響く。私は思わず目を覆ってしまった。ガタガタっと椅子やテーブルが倒れる音が食堂に響き、私はゆっくりと目を開いた。床にはアグネーゼとコルヴタールが倒れていた。
「アグネーゼ様!」エレノアがアグネーゼを抱きかかえて呼びかけている。アグネーゼの胸には槍が刺さっている。コルヴタールを庇ったのか。
「……あーちゃん……あーちゃん」コルヴタールは目を見開いてアグネーゼを心配そうに覗き込む。その目には涙が浮かんでいる。「……よくも……、よくもあーちゃんを!」
コルヴタールの体からオーラが吹き出すのが見えた。彼女を取り囲むように周囲にいくつもの魔術陣が浮かび上がる。
いけない! 攻撃するつもり!? 私は咄嗟に防御の魔術陣を立ちすくんでいるターニャの前に展開した。その瞬間、コルヴタールの周囲の魔術陣が攻撃魔術を撃ち出し始めた。
「よくもやったなああ!!」攻撃魔術を撃ち出すコルヴタールは泣いていた。我を失ってしまっているようだ。凄まじい攻撃魔術に私の防御魔術だけではすぐに限界を迎えそうだ。
私の魔術陣ではターニャとロザリア、それに自分を守るだけで精一杯だ。周囲の壁や床にコルヴタールの魔術が当たってボロボロになっていく。
「よせ! コルヴタール!」食堂に飛び込んできたヴィットリーオが私たちの前に防御魔術を展開させ、さらにコルヴタールを止めようという意図か、攻撃魔術を撃った。
「ヴィットリーオ! 攻撃はダメです!」私は叫んだ。
コルヴタールは攻撃を続けながら、ヴィットリーオの魔術も防いだが、「くっ!」とちょっと顔をゆがめた。そして、足元に魔術陣を展開させたかと思うと、コルヴタール、アグネーゼ、エレノアの三人が魔術陣に吸い込まれるように消えていった。
ドサッという音とともに、私の隣に立ちすくんでいたターニャが倒れた。私とルフィーナが咄嗟に体を支えた。どうやら気を失っているようだ。
なぜこんなことに……。ターニャがクラインヴァインに与することに反対なことは昨日の様子で分かったが、コルヴタールを害するほどに嫌だったのだろうか? それにあの槍はいったい何だったのだろう?
私も相当に混乱しているが、今はゴチャゴチャ考えている場合ではない。
「ルフィーナ、ターニャを部屋に運んでください。ロザリアは国王陛下に報告を」私は二人に指示を出して、ヴィットリーオに向き合った。
「ヴィットリーオ、なぜ撃ったのですか?」
「彼女を止めるには仕方ありませんでした」ヴィットリーオは肩をすくめた。「完全に我を失ってしまっていました」
「たしかにそうですが、アグネーゼやエレノアに当たったらどうするつもりだったのです」
「コルヴタールの魔術陣だけを的確に狙いましたのでその心配はありませんでしたが、不安を感じられたなら申し訳ありません」
仕方ないのも分かるし、当てない自信はあったのだろうが、万一があっては困る。釘は刺しておくべきだろう。
「ところで、コルヴタールはどこに向かったのでしょう?」
「転移魔術は自分が行ったことのある場所か、会ったことのある人のもとにしか転移できません。ネーフェかゼーネハイトでしょうか」ヴィットリーオは首を捻った。
アグネーゼはゼーネハイトの王女と話をしたと言っていた。おそらくその場にはコルヴタールもいたはずだ。パーヴェルホルトもいるらしいので、ゼーネハイトの可能性が高そうに思える。しかし、ゼーネハイトでは迂闊に使いも出せない。
「ヴィットリーオ、あなたもターニャに付いていてください。そして、彼女が目を覚ましたらすぐに私に知らせてください。私は王宮へ行きます」
「かしこまりました」
アグネーゼはどこへ?




