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(ブレンダの視点)アグネーゼ帰国

 春の休暇期間も明日一日を残すのみとなったが、アグネーゼがゼーネハイトから帰ってこない。そもそも本当に無事なのかさえ分からないことが、やきもきする気持ちを加速させる。


「お疲れ様でした」自室に戻った私にウェンディがお茶をいれてくれた。私はお茶をひと口飲んで、ソファーに体を沈めた。


 エーレンス王の葬儀から帰ってからも忙しい日々が続いている。国王陛下やガブリエラとは毎日会議を重ねているし、騎士団長代行としての仕事もある。ウェンディがデスクワークを助けてくれるから何とかなっているが、彼女がいなかったらとっくに破綻しているだろう。


「この上、アグネーゼが戻って、さらに女学校が始まったらどうなってしまうのだろう」と、つい愚痴が出てしまう。

「しばらく学校はお休みになってはいかがですか?」

「いや、あと三ヶ月もすれば卒業だ。せっかくここまで頑張って通ったのだから、しっかり卒業したい」


 この後を休んでも卒業はさせてくれるのだろうが、王族だから融通を効かせてもらうようで嫌だ。ちゃんと卒業試験も合格した上で胸を張って卒業したいのだ。


「分かりました。私もこれまで以上にサポートしますので、ご安心ください」ウェンディはにっこり笑った。本当に頼りになる。今もウェンディの結婚話はよく来るけど、今彼女が結婚して辞めてしまうと大変なことになる。もうしばらくは独り身でいてもらいたい。




 翌朝、ケイティ、ターニャと一緒に朝食をとっていると、騎士が食堂に入ってきて報告し始めた。


「朝食中に失礼いたします。アグネーゼ様が王都西門に到着されました」

「きたか!」


 すでに王宮から迎えの馬車を出しているとのことなので、私たちは急いで王宮の玄関に向かった。


「ブレンダ姉様」歩きながらターニャが心配そうに呼びかけてきた。

「どうした?」

「アグネーゼ姉様をあまり叱らないであげてくださいませ。フィルネツィアのことを考えての行動だと思いますので」

「フフ、大丈夫だ。コルヴタールを連れてきただけでも大手柄だしな」私はターニャを安心させるためにちょっと笑った。実際、叱るつもりはないのだ。悪魔と接触して無事ならばそれだけで良かったと言える。


「アグネーゼ姉様!」玄関でアグネーゼを見付けたターニャが駆け寄っていった。アグネーゼの隣にはエレノア、そして背の低い少女が一緒にいる。彼女がコルヴタールだろう。


「アグネーゼ、無事で良かった」私とケイティも彼女たちに駆け寄った。

「みんな、心配掛けてごめんなさい」アグネーゼは軽く頭を下げ、隣に立つ少女を私たちに紹介した。「彼女はコルヴタール。友だちよ」

「コルヴタールだよ。よろしく!」どうやら機嫌は良いようで、満面の笑顔だ。

「フィルネツィアにようこそ、コルヴタール。歓迎するよ」私はちょっと腰を落として、視線を合わせて微笑んだ。


 クラインヴァインと同じ黒髪に黒い瞳だけど、ずいぶんと受ける印象が異なる。コルヴタールは素直で無邪気そうに見える。


「ゼーネハイトからの旅路、疲れたでしょう? お茶と美味しいお菓子を用意させますので、後宮へ行きましょう」ケイティが皆を後宮へ誘った。




「ヴィット!」コルヴタールが後宮の居間にヴィットリーオを見付けて飛び付いた。

「久しぶりだな。コルヴタール」

「なんだ、また人間に紛れて遊んでるのか? 私もやろうかな?」

「遊んでいるわけではありません。私はこちらのターニャ様にお仕えしているのですよ」

「そうか!」


 さっそくコルヴタールはお茶とお菓子にかぶりついている。私たちも席に着くと、さっそくアグネーゼが口を開いた。


「色々と私に聞きたいことはあると思うのだけど、まず、エーレンス王のことを聞かせてもらえる?」こちらから色々聞こうと思っていたのだけど、アグネーゼもこちらに聞きたいことがいくつかあるようだ。

「あぁ、前エーレンス王は、アグネーゼがネーフェに旅立った直後に亡くなった。ネーフェに使いを出したのだけど追い付かなかったな」

「コルちゃんと飛んで移動していたので、馬では追い付かなかったでしょうね。で、葬儀は無事に終わったのかしら?」

「うん。細かくは色々とあったのだけど、国王陛下も私も無事帰ってきたよ」

「クラインヴァインとは接触していないの?」

「葬儀の最中はずいぶんと忙しそうだったからな」ターニャとヴィットリーオがいるこの場ではあの話はできない。アグネーゼには改めて話すことにしよう。


 こんな短い会話の横で、コルヴタールはあっという間にお菓子を食べてしまった。満足そうな顔をしているコルヴタールにアグネーゼが話しかける。「王宮と後宮をちょっと見物してくると良いわ、コルちゃん。エレノアとヴィットリーオに案内させるわ」

「うん! 行こう、えーたん、ヴィット」


 これでこの場には、私たち四姉妹、ウェンディ、ロザリア、ルフィーナの七人だけになった。


「変わった子ですね」ケイティがしみじみと言った。私も同感だ。

「ヴィットリーオを無邪気にした感じでしょ。楽しいことが好きな子なのよ」アグネーゼが微笑む。

「コルヴタールはネーフェに封印されていたのか?」

「ええ、アルヴァルドの槍に封じられていたわ。槍は崩れて消えてしまったけど」


 私の横でターニャがちょっと胸を押さえたのが見えた。お菓子が喉に詰まったのだろうか。すぐにお茶に口を付けていたので大丈夫だろう。


「結果的に私たちが助けた形になったので、友だちになってくれたわ」

「……それで、えーたん、ですか」ケイティがちょっと微妙な顔で聞いた。「アグネーゼのことはあぐたん、ですか?」

「フフ、あーちゃん、よ。たん、じゃなくて良かったわ」


 どちらもあまり違いはないように思えるが、そんなことは良い。私は話を続ける。「で、なぜゼーネハイトに?」

「ゼーネハイトで村が一つ消えたというニュースを聞いたのよ。これも悪魔が関わってるんじゃないかと思って」

「それで、飛んで行ったのか」

「ええ、結果的には当たりだったわ。パーヴェルホルトにも会ったわ」

「え!?」それは驚きだ。ケイティもターニャも驚いている。「パーヴェルホルトはどこに?」

「今はゼーネハイトのエルフリーデ王女のもとにいるわ。大丈夫、動くのは待ってもらっているから」

「……待ってくれているのか?」

「ええ。話の分かる奴だったわ」


 これは相当腰を入れて話を聞いていかないとならないぞ、と私が思ったところで、ターニャが意を決したように、話に入ってきた。


「コルヴタールもパーヴェルホルトも、クラインヴァインの仲間なのでしょう? アグネーゼ姉様は大丈夫だったのですか?」

「ええ、この通り大丈夫よ」ニッと笑って話を続ける。「それに単純に仲間というわけでもないわね」


 アグネーゼは二人から聞いた話を私たちに説明した。アレクシウスとクラインヴァインの対立、他の悪魔も人間もそれに巻き込まれているだけに過ぎない、と。


「どちらが善でどちらが悪という話ではなくて、人間はとばっちりを受けているようなものね。私はどちらかと言えば、対立に人間を使うアレクシウスに問題があると思うわ」

「では、アグネーゼ姉様はクラインヴァインの味方をするというのですか?」ターニャが胸の前でギュッと手を握った。

「いえ、私は人間の味方よ」アグネーゼは私たちの顔を見回して言葉を続けた。「だからクラインヴァインの封印計画はちょっと待って欲しいのよ」

「そんな……」ターニャが言葉を詰まらせたので、私が話を引き取る。

「とはいえ、アグネーゼ。私たちはすでにアレクシウスの加護を受けているのだ」


 私はアグネーゼが旅立った後に分かったことを説明した。アレクシウスの加護を受けていることは知っていたようだ。


「アレクシウスは人間の創造主よ。クラインヴァインを封印するために私たちを利用しているだけ。そんなのおかしいでしょ?」アグネーゼはちょっと肩をすくめた。

「……創造主なのか?」それは驚きだ。

「でも、それはクラインヴァインが人間を滅ぼそうするからではないですか?」

「ターニャ、それは順序が違うのよ。アレクシウスが人間を使って封印しようとするから、クラインヴァインは人間を滅ぼすしかないのよ」

「でも……」

「だから、その構図を変えたいの。コルヴタールもパーヴェルホルトも協力してくれるわ。ヴィットリーオは分からないけど」


 ターニャは俯いて言葉を失っている。彼女はヴィーシュで祈った時にアレクシウスと直接会ったそうだし、ベアトリーチェも宿している。心情的にアレクシウスの味方なのだろう。だからこそ、私もエーレンスでのクラインヴァインとの話をターニャにしていないわけだが。


「いずれにせよ、国全体、いや、人間の存亡に関わる話だ。私たちだけでは決められない。国王陛下も交えて相談しなくてはならないな」

ようやく帰ってきました。

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