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(アグネーゼの視点)帰国の道

 馬車に揺られ始めて小一時間も経つと、案の定コルヴタールが、退屈を訴えだした。予想通りではあるが、もうちょっと我慢してもらうしかない。


「もう少しでロスヴァイクの町に着くから、そこで昼食にしましょう」

「少しだな? 本当に少しだな?」


 エレノアと二人でなんとかコルヴタールを宥めすかして、ロスヴァイクの町に着いたのは昼前だ。適当なレストランに入り、ちょっと早いけど昼食をとる。食べている間のコルヴタールは大人しい。


「アグネーゼ様、この町なのですね?」

「うん。食べ終わったら町外れの教会に行くわ」エレノアの問いに私は答え、ポケットに入っていた小さな紙を開いて確認する。アルテランタでエルフリーデ王女から手渡された手紙だ。ロスヴァイクの町外れの教会で待つ、とだけ書かれている。


「この町に教会は一つだけらしいからすぐに分かるでしょ」


 日時の指定がないのは少し心配ではあるが、あの時、私たちは翌朝発つと話してあるので、おそらく会えるだろう。


「周りに気取られないように手紙を渡してきたということは、内密でアグネーゼ様と話したいということですよね。どんな話なのでしょう?」エレノアは心配そうだ。

「分からないわね。でも、少し話をした感じでは、なかなか賢そうな王女だったわ」


 それに野心もありそうだ。ゼーネハイトには王子がいるので、このままならエルフリーデが王位を継ぐことはないが、国をなんとかしたいという意思が見て取れた。

 エルフリーデの話がどのような内容かは分からないけど、話が終わればもう飛んでフィルネツィアに帰っても大丈夫だろう。これ以上コルヴタールを馬車に乗せるのは無理だ。




 町外れの教会はすぐに分かる場所にあって、迷わず着いた。この町の人々はあまり信心深くないようで、あたりに人の気配はない。周囲を見渡して、エルフリーデの姿を探していると、コルヴタールが何かに気付いたように、私たちに注意を促した。


「この感じは……。あーちゃん、えーたん、注意して!」コルヴタールがそう言った瞬間、私たちの目の前の空間が歪んで、そこからエルフリーデと大柄な男が現れた。


「パー兄!」男を見たコルヴタールが嬉しそうに飛びついた。

「おいおい、コルヴタール。パー兄は止めてくれと言ったじゃねえか。ガハハハ、久しぶりだな!」


 大柄な男はコルヴタールの頭をわしゃわしゃと撫でながら豪快に笑っている。エルフリーデはその様子をにこやかに眺めている。

 知り合いだろうか? と考えるまでもなく、コルヴタールの親しい知り合いで名にパーが付くのなら、パーヴェルホルトに間違いないだろう。五人の悪魔の一人だ。


「エルフリーデ王女、こちらの方はパーヴェルホルトですね?」

「ええ──」と言うエルフリーデを遮るように、男も返事をした。「おう! 俺がパーヴェルホルトだ!」


 大柄でいかにも強そうに見える。黒い短髪に黒い瞳。間違いなく悪魔、パーヴェルホルトだ。

 二千年前には率先してクラインヴァインとともに人間と戦ったと聞いているので、もっと怖いタイプなのかと思っていたが、体こそ大きいものの人懐っこそうな表情で笑っている。威圧感はない。


「はじめまして、パーヴェルホルト。私は隣国フィルネツィアの王女、アグネーゼよ。こちらは護衛のエレノア」

「うむ、エルフリーデから聞いている。そなたらはなぜコルヴタールと一緒なのだ?」

「二人が助けてくれんたんだよ!」私が答える前にコルヴタールが答えた。「二人とも友だちなんだ!」

「おう! そうか! 俺からも礼を言うぞ、アグネーゼ、エレノア」パーヴェルホルトはニッと笑った。あまり細かいことは気にしないタイプのようだ。


「エルフリーデ王女、やはり、サスカヒル村の消失には彼が関わっているのですね?」私はエルフリーデに向き合って聞いた。

「サスカヒル村については、残念でした……」エルフリーデはポツリポツリと話し始めた。


 サスカヒル村近辺で急激に魔物が増え始めたのは三ヶ月ほど前のことだった。アルテランタからも討伐隊が出たものの、いくら狩っても狩っても、魔物の数が減らない。何かあるに違いないということで調査隊を率いたのがエルフリーデだった。


「感知系の魔術が使えるもので、お父さまから命じられたのです」


 エルフリーデ隊が村の周辺を調査すると、どうも魔物は村の側の深い森から湧いているようだった。なんとか位置を突き止め、魔物が湧いていると考えられるところまで辿り着くと、そこには小さな祠があった。


「祠を見付けた私たちは、そこが魔物発生の源だと考え、封印しようとしたのです。ですが、その時突然、祠が崩れ落ち、中から巨大な魔物が現れたのです」


 ドラゴンのように見えたが、胴体から何本もの首が生え、頭は蛇だった。見上げるほどに大きく、とても手に負えないと考えたエルフリーデはとりあえずサスカヒル村まで戻り、王に使いを出して、援軍を要請した。

 しかし、援軍が来る前に、巨大な魔物はサスカヒル村にやってきた。ある頭からは火を噴き、また別の頭からは冷気を、さらに別の頭からは稲妻を吐き出し、村を襲い始めた。


「隊の者たちと村人を逃がそうとしましたが、魔物の力が強すぎて、隊の者も村人たちも次々と倒れていきました。私もここまでかと思ったところで、現れたのがパーヴェルホルトだったのです」


 パーヴェルホルトは魔物の首を次々と落としたかと思うと、胴体を真っ二つにして、あっという間に倒してしまった。助かったところで見回すと、調査隊は半数以上が倒れ、村人もかなりの死傷者が出ていた。


「そして、怪我人をグララーノに運び、口止めをしたのです」

「なぜ口止めを? 村がなかったことにまでする必要があったのですか?」

「お父さまの判断です。そのような危険な魔物がいることがおおっぴらになれば、人心は揺れるでしょう。ただでさえ、ゼーネハイトは不安定な時期なのです。あと、村は被害が大きすぎて、復興するよりも更地にする方が簡単でした」


 フィルネツィアとの戦争に負けて、多くの犠牲者もでた。まだその傷も癒えぬうちに今度は恐ろしい魔物とあっては、民の不安は王への不満に変わってしまう。


「でも、魔物はパーヴェルホルトが倒したのでしょう? それならばもう危険はないのでは?」

「パーヴェルホルトの存在は父にも隠しています。魔物はどこかへ飛び去ったことにしているのです」

「……なるほど」


 聞くまでもない。ゼーネハイト王がパーヴェルホルトの存在を知れば、利用したがるに違いない。エルフリーデはそれを止めたのだ。


「パーヴェルホルトには気配を消して隠れてもらうことにしました。父や兄に見付かれば、ゼーネハイトが再び戦争への道を歩みかねませんので」


 パーヴェルホルトもよく従ったものだ。というか、そもそも魔物からよく助けてくれたなと感心していると、パーヴェルホルトが頭を掻きながら言った。


「いや、あの魔物はベアトリーチェが祠の中に配置したものなのだ。万一誰かが祠に侵入しても、その先に進めぬようにな。で、祠の結界が消えたもので、外に飛び出したのだ。間接的に俺の責任とも言えなくないからな」

「なるほど、それで王女と村を救ったわけね。でも、その後はよく大人しくしてたわね。クラインヴァインは来てないの?」

「すぐに気配を消したから、俺がここにいるとは知るまい。だが一度、ヴィットリーオは来たぞ」

「え?」ヴィットリーオはもうその頃はフィルネツィアにいたはずだ。「ヴィットリーオが何をしに来たの?」

「俺が前に使っていた剣を届けてくれたのだ」パーヴェルホルトはそう言って、背負っていた大剣を指差した。「それだけですぐに帰っていったがな。何をしてるのかと聞いたら、楽しくやってると言っていたぞ」


 ヴィットリーオがちょいちょいターニャの側から離れる時があるとは思っていたが、何か裏で色々と動いていそうだ。フィルネツィアに戻ったら調べてみる必要がありそうだ。


「アグネーゼ王女、パーヴェルホルトから多少の事情は聞いているのですが、また神々の争いが始まるのでしょう? 少しお話しを聞かせていただけませんか?」




 私たちは教会の中に入り、礼拝堂の椅子に腰掛けた。私たちの他には誰もいないようなので、話をするには好都合だ。


「エルフリーデ王女がどこまで話を聞かれているのか分かりませんが、私たちの国の認識では」私はいったん言葉を切って、パーヴェルホルトが聞いていることを確認して続けた。「クラインヴァインが人間を滅ぼそうとしている、ということになっています」

「あー」案の上、パーヴェルホルトが声を上げた。「そこだけ切り取ればたしかにその通りだが、それは正しくないぞ」

「私もそう思うわ。私は、いや、私たちはクラインヴァインが非道な悪魔という先入観のもとで動いていたわ。でも、コルちゃんの話を聞く限り、そうとも言えないわね」

「おぉ、コルヴタールから聞いたのか。ならば話が早い」パーヴェルホルトはコルヴタールの頭を撫でて、話を続けた。「もとを正せば、アレクシウスとクラインヴァインの対立が引き金だ。アレクシウスはこの世界から去った後も、クラインヴァインを封じようとしている」

「ずいぶんと長い遺恨なのね」

「どちらも人間のように死ぬことがないからな。永久に続くであろう」


 その対立に巻き込まれているのが私たち人間なのだ。まったく迷惑な話である。私はここまで分かっている情報について、エルフリーデに簡単に説明した。パーヴェルホルトにある程度聞いているのであればもう隠す必要もない。エルフリーデは驚きっぱなしだったが、クラインヴァインがエーレンス第一王子の婚約者というのはことさら驚いたようだ。


「そんなことになっていたとは……。お父さまやお兄さまは大丈夫なのかしら?」ゼーネハイトからは王と王子がエーレンス王の葬儀に行っている。

「さすがに葬儀の最中までは仕掛けてこないだろうと、フィルネツィアでは予想しています」


 ここからが大事な話だ。パーヴェルホルトがどうするつもりなのかを聞かなくてはならない。そして、できれば人間に有利なように動かしたい。


「私たち人間としては、滅ぼされるわけにはいかないわ。何か手はないのかしら?」


 パーヴェルホルトはちょっと頭を捻って考え込み、ようやく口を開いた。「アレクシウスが人間を使ってクラインヴァインを封じようとする限り、クラインヴァインは止まらないだろう」

「直接やり合うわけにはいかないの?」

「直接? 天に上ってか……。たしかにそれができれば人間には被害は及ばないな。だが、あちらで戦うのはクラインヴァインに分が悪い。それを選択するとは思えん」

「でも、上手くいけばアレクシウスを永遠に封印することができるのだし、クラインヴァインにとっても悪い話じゃないでしょう? あなたたちが協力すればできないことではないのではなくて?」

「ふむ。だがそれには綿密な作戦が必要だろう。正直、俺たちはそういうことに向いていないのだ」コルヴタールの頭をポンポンと軽く撫でながらパーヴェルホルトは続ける。「クラインヴァインとヴィットリーオなら、そういう作戦も立てられるのかもしれぬが」


 ヴィットリーオはどうも怪しいところがある。そうすると、作戦を考えられるのはクラインヴァインだけだ。これでは心許ない。綿密な作戦には二面、三面から物事を見る必要がある。


「私たちが協力すれば話は変わってこない?」

「なに? アレクシウスはそなたたち人間の創造主なのだぞ? 創造主を封印する手伝いをするというのか?」

「相談は必要だけど、私はコルちゃんの友だちだしね」私が手を伸ばすとコルヴタールがその手を取った。「コルちゃんはクラインヴァインを助けたいでしょう?」

「うん」コルヴタールはニッと笑った。


 すぐにフィルネツィアに戻るはずだったのだが、もうちょっとパーヴェルホルトから話を聞いておかないと、戻ってからの相談もできないので、二日ほどロスヴァイクの町に逗留することになった。アレクシウスのこと、クラインヴァインのこと、天とはどのようなところなのかなど、パーヴェルホルト側の視点ではあるが、色々と知ることができた。


「では、エルフリーデ王女、パーヴェルホルト。私たちはフィルネツィアに帰ります。またこちらから連絡しますので、とくにパーヴェルホルトは大人しくしていてね」

「うむ。分かった」


 パーヴェルホルトもフィルネツィアに連れて行こうと思ったのだが、エルフリーデの護衛がしたいというので諦めた。もしかすると、パーヴェルホルトもエルフリーデもお互い好きなんじゃないかと思ったりしている。人間と悪魔の恋なんてちょっと素敵じゃない?

ちょっと長くなってしまいましたが、分割するほどでもないかなと。

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