(ブレンダの視点)分からないことだらけ
「三人目の悪魔と一緒にゼーネハイトに行ったぁ?」
フィルネツィアに戻り、ケイティとターニャからアグネーゼの手紙の話を聞いた私は呆然とするしかなかった。私の隣では国王陛下も目を丸くして絶句している。手紙を見ても詳しいことは書かれていない。
「アグネーゼ姉様ですから」ターニャが悟ったように肩をすくめた。まったくアグネーゼらしい突飛な行動だが、何か理由はありそうだ。
「戻るのを待つしかないな」ゼーネハイトでは使いも出せない。
「ええ。アグネーゼなら大丈夫ですよ」ケイティは頷いた。「ところで、襲撃はいったい誰の仕業だったのですか?」
「あぁ」その後のクラインヴァインとの話が頭の中を占めていたので、襲撃のことを忘れかけていた。「誰の差し金なのかは分からない。フィルネツィアとゼーネハイトの仲を裂こうとしている者の仕業だと思う」
刺客がゼーネハイトの紋章入りの短刀を持っていたけど、おそらく罠だろうということを話すと、ケイティも同意した。「それは怪しいですね。闇に紛れての刺客がわざわざ紋章入りの武器を持ってくるはずがありません」
そうすると、クラインヴァインが怪しいということになるが、その後の話で、彼女は私たちに協力を求めていた。協力を求める相手を殺そうとするだろうか?
「とにかくご無事でなによりでしたね」
「うん、とくにターニャには心配を掛けてしまったな」
「オロオロするしかできませんでした……。でも、ケイティ姉様がすぐに戻ってくれましたから大丈夫でしたよ」
私とアグネーゼが出国して、ケイティもお祈りのために出張で、ターニャ一人が城で留守番だったのだ。心細かったに違いない。
「しばらくは何もないだろうし、とりあえずはアグネーゼの帰国を待つだけだ。来週には学校も始まるし、準備もしなくてはならないな。ケイティもターニャも部屋はもう片付いたかい?」
「ええ、何とか」とケイティは頷いたが、
「私は……もうちょっとですね」ターニャは頭を掻いた。ターニャは見るからに片付けの苦手なタイプだ。あまり進んでいないに違いない。私も同じだからよく分かる。
「後宮暮らしは不便なところもあるかもしれないけど、しばらくは我慢してほしい」
「早く片付くと良いですね」ターニャは部屋のことではなく、クラインヴァインのことを言っているのだろう。私も同感だが、さらに話が複雑になっていきそうな状況で、気分が沈む。
王宮から後宮の自室に戻ると、腰を下ろすこともなく、ケイティの部屋に行く。ターニャの部屋は離れているから大丈夫とは思うが、ウェンディが静かにノックすると、ロザリアが招き入れてくれた。
部屋に入ると、何か話があると察したのだろう、ケイティが私に席を勧めてくれた。
「あの場では話せなかったことなのですか? ターニャに聞かせたくない話ですか?」
「とりあえずターニャに話すのは後にしようということになっているんだ」私はラインラントでクラインヴァインと話したことを説明した。クラインヴァインはこちらにベアトリーチェがいることを知っていること、ヴィットリーオやベアトリーチェの話とは違う真実がありそうなこと、そして私たちに協力を求めたことも、余すことなく話した。
「なるほど……。たしかに、なぜクラインヴァインが人間を滅ぼそうとしているのかを考えたことはありませんでしたね」
「うん、暇潰しにやっているのだとばかり考えていたからな」
「悪魔という呼び名に先入観を植え付けられていましたね。何か理由があって、それをヴィットリーオが隠しているのではないかということですね」
「だから、ターニャに話すのはちょっと時期を図っているわけだ」
「それが良いでしょうね」
ターニャにはベアトリーチェが宿り、ヴィットリーオが側にいるのだ。情報をこちらで整理しない限りは、あまり話さない方が良いだろうという国王陛下の考えだ。
「三人目の悪魔……、コルヴタールは何を話してくれるんでしょうね?」
「聞いてみなければ分からないが、おそらく二千年前になぜクラインヴァインが人間を滅ぼそうとしたのか、そして今またなぜ同じことをしようとしているのかを、知っているんじゃないかと思う」
「国王陛下はそれを聞いた上で、今後どうするかを考えると仰っているのですね?」
「うん。双方の話を聞かなくては分からないと仰っていた」
「とはいえ、人間を滅ぼそうという者に協力するわけにはいきませんよね」
「もちろんだ」
もちろんだし、クラインヴァインも私たちが人間を滅ぼす手伝いをするわけがないとは分かっているだろう。だとすれば、協力とは何を求めているのか。コルヴタールに聞けば分かるのだろうか?
「私は」ケイティがちょっと言葉を選びながら話始めた。「アレクシウスには何か思惑あるのだろうと考えています」
「アレクシウス……、加護の女神か。私たちに力を貸してくれていることに何か思惑があるということか?」
「ええ。ベアトリーチェはもちろん、ヴィットリーオもその思惑に従って動いているのでしょう」
「それが何か分かれば良いのだが」
「私は何度かヴィットリーオと話をしていますが、これまで彼が嘘を言っていると感じたことはありません。でも、何かを隠していても不思議はありません」
「見方の違い、か」
「ええ。それにヴィットリーオはコルヴタールのことを家族のようなもの、と言っていました。おそらくクラインヴァインのこともそう思っているのではないかと」ケイティはいったん言葉をそこで切って、ひと息入れてまた話し始めた。「だとすれば、私たちがクラインヴァインを封印するのを手伝うのは違和感があります」
「うむ……」
ヴィットリーオが私たちを助けているのも、何か理由がありそうということか。いよいよ複雑になってきた。
「アレクシウス、ベアトリーチェ、ヴィットリーオ、それにクラインヴァインがそれぞれ何を考え、何を目的にしているのかを、私たちは知る必要がありますね」
「……コルヴタールの話に期待するしかないか」
「私もそう思います」
早くアグネーゼがコルヴタールを連れて帰ってきてくれなければ、話が進みそうにない。でも、アグネーゼは本当にコルヴタールを連れてこれるのだろうか?
情報整理回でした。
次回からはちょっと話が動きます。
※誤字を修正しました(1/24)




