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(アグネーゼの視点)ゼーネハイトの王女

 グララーノの町では何の情報も得られそうにないのでフィルネツィアに帰ろうと思ったのだけど、アルテランタに行けば情報が得られるかもしれないというエレノアの意見を採用して、アルテランタの町までやってきた。アルテランタはゼーネハイトの首都だ。

 昨夜遅くに到着して宿に入り、今は朝食を終えたところだ。


「私が情報を収集して参ります」


 エレノアが聞き込みにでている間、私とコルヴタールは宿で留守番だ。本当は町を見物したかったけど、「護衛無しではダメです。午後には戻りますので、それから出掛けましょう」とエレノアに念を押された。


「早く帰ってきてね! えーたん」


 どこか行きたいとゴネられるかと心配したけど、コルヴタールは素直に留守番を承知してくれた。朝食の直後にも関わらず、宿の受付で売っていたお菓子をおいしそうに食べている。ゼーネハイト名物らしいのだけど、見るからに甘そうで私は手を出す気になれない。


「ねぇ、コルちゃん。アレクシウスってどんな神様なの?」フィルネツィアに戻る前にある程度の情報を把握しておきたい私はできるだけコルヴタールに聞いておこうと思った。

「うーん」コルヴタールはお菓子を頬張りながらちょっと考えた。「アレクシウスはもともと私たちを束ねていたんだ。人間を作ったのも彼女だよ」


 人間を作った!? 驚くべき話だが、そこに引っかかっている場合ではない。話を進めないと。


「一番偉いってこと?」

「偉い……ていうか、色々仕切ってたね。もっとも私たちはあんまり従わなかったけど」と言ってコルヴタールはニッと笑った。

「ふーん、秩序正しい神様なのね」


 私がそう言うと、コルヴタールは首を捻って言葉を続けた。「秩序と言えばそうなのかもね。私たちに秩序を持ち込んだのは彼女だね。そもそも私たちは皆、勝手気ままに暮らしていただけだからね」

「持ち込んだ? アレクシウスは最初からいたのではないの?」

「うん。彼女は突然どこからか現れたんだよ。その証拠に、私たちは皆、黒髪と黒い瞳なんだけど、彼女の瞳は金色なんだ」コルヴタールは私の目をジッと見つめて言った。


 コルヴタールやヴィットリーオ、クラインヴァインたちとは違う種の神様なのかな? よく分からないけど、対立の原因もその辺にあるのだろうか?


「なるほど、それであなたたちと対立したってわけね?」

「対立してたのは主にくーちゃんだね。私たちもくーちゃんに賛成だったけど」だから地上に残ったんだとコルヴタールは付け加えた。


「別れて暮らすことになったのなら、もうあなたたちを気にする必要もないでしょうに、アレクシウスは何が気に食わないのかしらね?」

「その辺はよく分からないなぁ。でも、とにかくお互い気に入らなくて、アレクシウスはくーちゃんをいつまでも封印しようとして、くーちゃんはアレクシウスが作った人間を滅ぼそうとしているんだと思う」


 迷惑な話だ。「いっそ、直接戦えばいいのにね」と思わず言ってしまった。


 その時、ドアがノックとともに開き、数人の騎士が部屋に入ってきた。「失礼いたします」

「どなたかしら?」尋ねながらも分かっている。ここまで顔を隠すわけでもなく、昼間も堂々と行動しているのだ。いずれは入国したことがバレるだろうと思っていた。

「我々はゼーネハイト騎士団です。アグネーゼ王女殿下、城までお越しいただけますか?」


 質問にはなっているが、来いということだ。隣でコルヴタールが「やっちゃう?」という目で私を見ているけど、ここで騒ぎを起すつもりはない。


「大丈夫よ、コルちゃん。コルちゃんはここでエレノアが帰ってくるのを待って、それから城に迎えに来てくれる?」

「うん、分かった。えーたんを待つよ」




 城で私を出迎えたのは、私と同じくらいの年頃の姫だった。「はじめまして、アグネーゼ王女殿下。私はゼーネハイト王の娘、エルフリーデです」

「はじめまして、エルフリーデ王女」


 エルフリーデはゼーネハイトの第一王女と聞いた記憶がある。長い金髪が先の方でクルクルと巻かれていて、いかにも姫様な雰囲気を纏っている。


「本来なら国王がお出迎えすべきですが、父と兄はエーレンスに行っておりますので、城を預かる私でご容赦ください」と言ってエルフリーデは微笑んだ。


 豪華に飾られた部屋に通され、お茶を勧められた。外交ルートも使わず勝手に入国したことを怒られるのかと思ったが、そうでもないようだ。でも、一応謝っておこう。


「エルフリーデ王女、勝手にやって来て、お騒がせしてしまいましたでしょうか? 申し訳ありません」

「いえ、少し驚いただけですのよ」エルフリーデはあくまでにこやかだ。「ですが、目的をお聞きしてもよろしいですか?」


 サスカヒル村が消えたのは悪魔が原因ではないかと思って調べに来た、と言うわけにはいかない。ゼーネハイトがどこまで悪魔関係の情報を得ているのかも分からないし、ベアトリーチェの魔導書を求めてフィルネツィアに攻め込んできた国だ。悪魔関係の話を漏らすわけにはいかない。


「村が消えたという噂話を聞いて、興味を抑えきれなかったのです。でもただの噂だったようですね」

「まぁ」と言ってエルフリーデは口を抑えて少し笑った。「アグネーゼ王女は好奇心がお強いのですね」


 好奇心で来たわけではないのだけど、否定する必要もない。

 エルフリーデはお茶に口をつけると、ちょっと表情を引き締めて私の目を見つめた。


「アグネーゼ王女、我が国は今、とても悩んでいます」

「悩んで? 何をですか?」

「フィルネツィアとのこれからの付き合い方を、です」


 昨年の戦争を仕掛けたのはゼーネハイトの方だ。それは負い目になっているが、遠征軍は壊滅させられて甚大な被害が出た。そもそも攻め込んだ自分たちが悪いとは分かっていても、感情的には割り切れない者が多いとエルフリーデは語った。


「すでに和睦は成っていますが、フィルネツィアに良い感情を持たぬ民も多いのです。情けない話です」そう言ってエルフリーデはカップを見つめる。きっとこの王女は戦争に反対だったのだろうと思った。

「感情はどうにもできません。きっと時間が解決するのを待つしかないと思います」私の言葉は慰めにはならないだろうけど、とりあえずそう言うしかなかった。


 ゼーネハイトの被害も大きかったのだろうが、フィルネツィアも第一王子のアンドロスを討たれた。アンドロスを惜しむ声はまだまだ絶えないし、ゼーネハイトに良い感情を持たぬ者も多い。何も言わないが、きっとブレンダもそうだろう。


「戦争は憎しみしか生みません。私は必ずゼーネハイトを平和で、幸せな国にしてみせますわ」エルフリーデは決意の籠もった目で宣言した。

「それは素晴らしいことですね」


 しばらくゼーネハイトやフィルネツィアの話をしていると、エレノアとコルヴタールが迎えに来たとの知らせがあり、私たちは立ち上がった。


「アグネーゼ王女、これからも仲良くしてくださいませ。いずれフィルネツィアにもお伺いしたいですわ」エルフリーデが私の手を取りながら言った。

「ええ、お待ちしています。歓迎しますわ」




「大丈夫ですか? アグネーゼ様。何もされませんでしたか?」

「心配ないわ、エレノア。王女とお話をしただけよ」


 宿に戻り、私たちは帰国の準備をする。さすがにこの後飛んで帰るわけにはいかないので、馬車の準備をしてもらっている。


「エルフリーデ王女殿下はどのような方でしたか?」

「優しい方だったわよ」


 でも、ただ優しいだけではない。慎重に付き合わなければならない相手だろう。王女が私の手を取ったときに握らせた、小さく折りたたまれた紙をポケットに確認しながら、私は改めてそう思った。

エルフリーデ王女はアグネーゼに伝えたいことがあるようです。


※ちょっと間違いを修正しました(1/22)

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