(ブレンダの視点)クラインヴァインの提案
エーレンス王の葬儀当日、また何か起こるかもしれないと身構えていたけど、何ごともなく式は進み、無事葬儀は終わった。
昨夜の襲撃についてはエーレンスの騎士団が捜査しているが、ゼーネハイトの紋章入り短剣はこちらで処分したので、犯人は特定できないだろう。ちなみに、葬儀では国王陛下がゼーネハイト王とも顔を合わせたが、ゼーネハイト王は襲撃についてはまったく知らなかったようで、とぼけているのでなければ大変な役者だ。だが、おそらく本当に知らなかったのだと思う。
クラインヴァインは葬儀の最中、常に第一王子に寄り添っていて、私たちは彼女と言葉を交わすこともなかった。さらに顔色の悪い王子が心配ではあるが、喪が明ける夏には即位の儀が執り行われることも発表された。
「無事終わりましたね」迎賓館に戻った私たちは、居間でお茶を飲みつつ、息を吐いた。
「うむ。だが、フィルネツィアに戻るまで油断は禁物だ」
国王陛下の言う通りだ。本当ならすぐに帰りたいのだが、明朝第一王子と食事をする予定がすでに組まれている。さすがに、その予定を取り消してまで帰るわけにはいかない。
「第一王子がこの葬儀期間中に食事を共にするのはフィルネツィアだけだそうですので、そこまで言われては断れません」ガブリエラが肩をすくめた。エーレンスとして最大限に友好を示してくれているだけに断われない。
「とりあえず今夜も警戒を怠らぬようにしなくてはなりません」私は今夜の警備体制表を見ながら言った。隙のない警備になっていると思う。
夕食後、国王陛下と居間でお茶を飲みつつこれからの話などをしていると、騎士が客人の来訪を告げた。
「国王陛下、エーレンス魔術士団長レナータ様がお越しです」
「えっ!?」私は思わず立ち上がってしまった。まさか、クラインヴァインがこのタイミングで私たちの前に出てくるとは思っていなかった。
「うむ。お通ししてくれ」
さすがに国王陛下は落ち着いている。騎士に案内されレナータが入ってきて、葬儀参加の礼を述べた。国王陛下はレナータに席を勧め、部屋の人払いをした。これで部屋には国王陛下と私、それにレナータ、つまりクラインヴァインの三人だけだ。
「今回はヴィットリーオは連れていないのね」クラインヴァインは部屋を見回しながら言った。
「ええ、妹の護衛についているので、ここには来ていない」
「それは良かったわ」クラインヴァインはちょっと微笑んで、視線を国王陛下に向けた。「フィルネツィア王と話がしたかったのよ」
「聞こう」
私は息を呑んだ。どんな話、要求をしてくるつもりだろうか?
「あなたの娘、アグネーゼがコルヴタールと出会ったわ」
「コルヴタール? アグネーゼが?」
「あなた方が悪魔と呼ぶ一人よ。ネーフェで封印されていたの」
「ネーフェで……。その知らせはまだ受けていないな」
「フィルネツィアに帰れば分かるわ。そして、あなた方は新しい真実を知ることになるわ」
「新しい真実?」
「そう。あなた方はこれまで、ヴィットリーオとベアトリーチェの話しか聞いていない。でもコルヴタールはそれとは違う話をするでしょう」
アグネーゼがコルヴタールと出会っていたとは。でもそれ以上に驚きなのは、ベアトリーチェと私たちが接触していることをクラインヴァインが知っていることだ。
「違う話か。我々がこれまでに聞いたことは間違いというのか?」
「間違いとは言えないわね。見方の違いよ。ヴィットリーオやベアトリーチェに都合の良い真実があるように、私たちにも真実がある」
なんだか難しい話になってきた。人間を滅ぼす理由に足る真実があるというのだろうか?
「ふむ。物事は常に二面から見なくてはならぬ。そのコルヴタールからの話も聞いてみなくては何とも言えぬな」
「そうね。ぜひ聞いてみてほしいわ」クラインヴァインはそう言うと、少し微笑んだ。「そして、聞いた上でそれが真実だと思うなら、私に協力して欲しいのよ」
「協力だと!」私は思わず立ち上がり、聞き返した。「人間を滅ぼす手伝いをしろというのか?」
「落ち着け、ブレンダよ」国王陛下は私を制して、クラインヴァインに向き直った。「一つ聞かせて欲しい、クラインヴァインよ。ヴィットリーオはその方の仲間ではないのか?」
「彼は彼の思惑で動いているわ。それが何かは詳しくは分からないけど、大方ベアトリーチェと何か話をしたんでしょう」
「なるほど、分かった。ではまずコルヴタールの話を聞いてみることにしよう」
私には何が分かったのか分からないが、とにかく国王陛下は納得したようだ。
クラインヴァインは話が終わると帰っていった。私はすぐにでも国王陛下と話をしたかったのだが、「今日は疲れたので早く休むことにする」と言われてしまったので、私も自分の部屋に戻った。
「ウェンディ、クラインヴァインとの話は聞いていただろう?」
「はい、隣の部屋でガブリエラ様と聞いていました」
「私にはよく分からないことばかりだ。どう思った?」
よく分からない──、これが正直な気持ちだ。クラインヴァインは何が言いたかったのだろうか。ただ私たちを混乱させるために来たのではないかとさえ思える。
「クラインヴァインには、ヴィットリーオやベアトリーチェが言っていることと違う真実がありそうですね」ウェンディは言葉を選んで言った。
「見方の違い、というわけか」
「はい。私たちが二人から聞いたのは、クラインヴァインが人間を滅ぼすために、世界を戦争に巻き込もうとしている、ということです」
「でも、それは本人が言っていたことではないか」アグネーゼとターニャが本人から聞いたのだ。状況を楽しみながら世界を滅ぼす、と。
「それはそうなのですが」ウェンディはちょっと考えて言葉を続けた。「なぜ滅ぼすのかは聞いていないはずです」
それは確かに聞いていない。楽しむためではないかと勝手に思っていた。
「何か理由があるのかもしれません。そして、少なくともヴィットリーオはそれを知っていて隠しているのではないかと思います」
「なぜ隠す必要があるのだ?」
「それは分かりません。何を、なぜ隠しているのか、コルヴタールの話を聞けば分かるのかもしれません」
だが、コルヴタールの話が真実とも限らないのではないか、と疑問が浮かんだところで、ウェンディが話を続けてきた。
「コルヴタールに話を聞いて、情報を整理する必要がありそうですね」
「そうだな……」
クラインヴァインだけでなく、ヴィットリーオもベアトリーチェも何かを隠していそうだ。アレクシウスの思惑も考えなければならない。私は考えることが苦手だが、そうも言ってはいられない。
話が複雑になってきて頭が痛いブレンダです。




