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(ターニャの視点)王から出された次期王への課題

 第一王子アンドロスの訃報から一週間が経過した。葬儀後の王都は喪に服しており、女学校もお休みだ。戦争中ということもあって葬儀は密やかに行われる予定だったが、多くの貴族から慕われ、将来を期待されていたアンドロスのために、たくさんの貴族が列席した。


「まさかアンドロス兄様が……。このようなことが起こるとは想像していませんでした」

「戦争ですから……。不幸も起きてしまいますね」

「ねぇ、ルフィーナ。戦争はまだ続くのでしょうか?」


 私は離宮の自室から窓の外の庭を眺めながら、ルフィーナに問いかける。


「貴族の間で攻勢論が強まる可能性はありますね。ですが、ターニャ様が気にすべきことは他にありますよ」

「ゼーネハイトとの戦争の他にですか?」

「はい。国王陛下の跡継ぎと決まっていたアンドロス様が亡くなられたのです。次の跡継ぎをどうするかという動きにターニャ様も巻き込まれるかもしれません」

「それはないでしょう。私の王位継承順は六番目です。それに、第二王子のグレイソン兄様もいらっしゃいますし」

「順位が付いているというのは、ターニャ様に王位を継承する資格があるということなのです。ヴィーシュともども、おかしな動きに巻き込まれて、担ぎ上げられないよう気を付けなくてはなりませんよ」


 私自身には跡継ぎになろうなんて気持ちは全くないけど、私を利用しようという貴族たちに気を付けろと言われれば、たしかにその通りだと思う。

 なにより私の母の父はヴィーシュ侯だ。ヴィーシュは田舎ではあるけれど、フィルネツィアの中ではかなり大きな自治領で、とても豊かな土地でもある。ヴィーシュ侯はとても穏やかな人で、私にとっては大好きなお爺さまなのだけど、王都の貴族たちからすれば与しやすい有力領主に見えるかもしれない。


「お爺さまを後ろ盾に私が次期王を目指すということですか。考えられません」

「ブレンダ様の母君のご実家は隣国エーレンス、グレイソン様とアグネーゼ様の母君のご実家は隣国ネーフェです。次期王というお家事情に表だって口を出すことは不可能です。ケイティ様の母君のご実家は聖堂ですが、王との関係が微妙ですからどう動くか分かりません」

「とりあえず目に見えて一番強い後ろ盾を持っているのが私ということですか……」

「はい。そこを貴族たちに付け入れられぬように気を付けましょう」


 子供たちがみな成人していれば、派閥による次期王争いになるのだろうけど、グレイソン以外の四姉妹はみな未成年で、取り巻きの貴族もいない。ちなみに、優秀なアンドロスがいたため、これまでグレイソンに付く貴族はほとんどいなかったそうだ。有力貴族がこれからどう動くが鍵になるだろうし、ヴィーシュ侯はその有力貴族の一人なのだ、とルフィーナは付け加えた。


 なんにしても面倒ごとは嫌だなぁ……。




 二日後、国王陛下からの呼び出しを受け、私は馬車で王宮へ急ぐ。五人の子供たちがみな集められるらしい。控えの間に入ると、すでにブレンダが待っていて、他の兄姉はまだ到着していないようだ。ブレンダとはアンドロスの葬儀の際に簡単に初対面の挨拶を交わしただけだ。再会の挨拶をして、私も近くの席に着く。


「ブレンダ姉様、国王陛下からのお呼び出しとはなにごとでしょうか?」

「いや、私も聞いていない。おそらく跡継ぎの話であろうが、私は興味がない」


 そういえば、剣に生きているんでしたよね……。


 ブレンダは私の二つ年上で、そのせいか背も私より頭一つ分くらい大きい。私よりもちょっと薄い紺色の髪を後ろで短くまとめ、切れ長の目に、瞳は私たち姉妹同様に深紅だ。スラッとした手脚の長いスタイルで、いかにも鋭い剣を振りそうに見える。


「一刻も早く戦場に戻り、アンドロス兄上の仇であるゼーネハイトを打ち倒したいのだが、なかなか許可が下りない。今日も本題の後に国王陛下に直訴してみるつもりだ」

「……そうですか」


 第一王子を失ったばかりの今、さらに第一王女を戦場へ派遣するのはちょっと躊躇われるだろう。実の兄が殺されたのだから、その気持ちも分からなくはないが、特に今日はなにごとも迂闊な発言はしないよう周りの大人たちから強く言い聞かせられているので、ブレンダの言葉についても貴族スマイルで同意も否定もせずに曖昧に受け流しておく。


 そんなやり取りをしている間に、他の兄姉も集まってきた。お互い挨拶を交わして、しばらくケイティやアグネーゼと学校の話など、当たり障りのない話をしていると、騎士団員とおぼしき人が迎えに来て、私たちは立派な会議室のようなところに通される。円卓の周囲を囲むように私たちは席に着き、正面の椅子には国王陛下が座るのだろう。


 部屋に入ってきた国王陛下は着席するなり、「次期王と定めていた、第一王子アンドロスは不運な死を遂げた」と、沈痛な面持ちで話し始めた。「継承順位で言えば、第二王子であるグレイソンを次期王と定めるべきだが、グレイソンにはまだまだ力も人望も、なにもかも足りぬ」


 当のグレイソンはちょっと俯いて、国王陛下の厳しい言葉を聞いている。隣の席のアグネーゼが「さもありなん」という表情で頷いていて、こちらがハラハラする。王はさらに言葉を続ける。


「そこで一旦、王位継承順は白紙として、その方ら五人に平等に機会を与える。それぞれが与えられた課題に取り組み、その結果を見て、一年後に次期王を定めるものとする」


 ……え? 白紙? 課題?


 何やらおかしな話になってきている気がする。私は王位に興味はない。見回せば、グレイソンは俯いたまま、ブレンダは大して興味なさそう、ケイティは薄く微笑んだまま、アグネーゼはなにやら考え込んでいるような表情だ。


「まずグレイソンはこれよりイェーリングに赴き、戦争を一日も早く終わらせるよう努めよ。ただし、戦場では司令官としてではなく、騎士団長のもと、その指示に従いながら、自らが何をできるか常に考えよ」


 俯いていたグレイソンがちょっと頷いたように見えた。挨拶を交わしたくらいの面識しかないが、それにしても覇気のない兄だ。戦場で戦う姿が想像できない。アグネーゼと同じ金色の髪に隠れた目も見えないので、この課題をどう思っているのかは分からない。


「次にブレンダ。その方は来年の女学校卒業時に首席を取るように」

「えっ……!?」


 首席を取れと言われたブレンダが明らかに動揺して、目を見開いて国王陛下を見つめている。剣にしか興味がないという彼女だ、おそらく学業は惨憺たる成績なのだろう。今年度もすでに一週間ほど学校を休んでいるはずで、これでは戦場に戻るなど夢物語だろう。


「ケイティはこれまで通り学業を努力しつつ、フィルネツィア国内の教会を回り、各地の豊作や安寧を祈る儀式を執り行え。オーフェルヴェーク大司教とよく話し合い進めよ」


 国王陛下からの課題にケイティは微笑んだまま少し頷いた。グレイソンもブレンダも課題に顔色を失っているようなので、微笑んではいるけれど、もしかしてケイティは母方の実家である聖堂との折り合いが良くないのかもしれないと思った。


「アグネーゼも学業に取り組みつつ、王宮執政所での執務を命ずる。学業を優先しつつ、上官の指示に従うように」

「かしこまりました」


 アグネーゼも少し微笑んでいるように見えるが、目は笑っていないので内心穏やかではないのだろう。「興味のないことはしない」と言っていただけに、執務に興味があるとは思えない。やはり、皆の苦手なことを課題としているようだ。私への課題は何だろうと考える間もなく、国王の目がこちらを向く。


「ターニャ、その方は魔術を学ぶよう。師も付けるゆえ、修業に努めよ」

「……かしこまりました」


 思いも寄らない課題で少し動揺したため、上手く微笑めたか自信はないけれど、ここはかしこまる以外にない。


「これら課題の達成度だけでなく、その過程も含め吟味した上で次期王を選ぶ。なお、やる気のない者、あまりに結果が酷かった者は王族の資格を取り消すなどの処分も考える」


 つまり、王位に興味がないからといって手を抜くことは許さないということか。そもそも王命に手を抜くなんて考えられないけど。




 会議は王からの命令だけで終わり、それぞれに考え込みながら控えの間に戻る。グレイソンは足早に帰っていったが、四人の姉妹は自然とテーブルを囲んだ。なんとも言えない雰囲気の中、口火を切ったのはケイティだ。


「的確に私たちの苦手なところを課題にされましたね。ターニャは知らないかもしれませんが、私、母の実家とあまり良い関係ではありませんのよ」

「私もまさか文官の真似事をさせられるとは思ってもいなかったわ。ターニャは魔術が苦手なのかしら?」

「私は……その、魔術にあまり良い思い出がないというだけです」


 ブレンダも目を伏せて嘆く。


「兄上の仇を討ちたいのに真面目に勉強しろとは厳しい課題だ。とはいえ、次期王の話はともかく、王命をないがしろにはできないな」

王から課題が出されました。

ここから物語が動いていきます。

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