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(ブレンダの視点)刺客

「やはり、国全体がなんとなく沈んだ雰囲気ですね」

「うむ。亡くなったエーレンス王は統治期間も長く、臣下にも民にも慕われていたからな」


 転移魔術でエーレンスの首都ラインラントに来た私たちは、王宮の敷地内にある建物に案内された。迎賓館的な役割の建物らしい。

 エーレンス王の葬儀のためにラインラント入りしているのは私たちフィルネツィアだけでなく、もちろん他国の王族や首脳もやってきている。ただ、私たちに割り当てられた建物が一番立派な迎賓施設らしいので、エーレンスが外交上フィルネツィアをいかに重視しているかがよく分かる。もっとも、分かると言っても、私がそう考えたのではなくて、ウェンディがそうだろうと教えてくれたわけだが。


「第一王子もずいぶんと憔悴していましたね」私は出迎えの場で挨拶を交わした第一王子を思い出しながら言った。

「第一王子に就いて間もなくのことだからな。まだ若いし、さぞ大変であろう」国王陛下はそっと目を閉じた。


 第一王子は昨年成人したばかりだ。線の細い神経質そうなタイプで、あまり寝ていないのだろう、目は真っ赤に充血していた。隣には魔術士団長のレナータ、つまりクラインヴァインが常に寄り添っていた。


「お茶をどうぞ」ウェンディがお茶を淹れてくれた。ちなみに今回、エーレンスで出される食事や飲み物には一切口を付けないことにしている。二泊三日と短い滞在で、しかも会食なども予定されていないので、食事や飲料はすべてフィルネツィアから持ち込んでいる。


「建物内の検査を完了しました。異常はありません」騎士団の副団長が報告に来た。

「分かった。引き続き警戒を怠るな」


 建物に何か仕掛けがあっては困るので、連れてきた騎士と魔術士総出で調べさせたのだ。怪しいところはなかったようだが、引き続き警戒は必要だ。


「今日はとりあえず何もすることはありませんね。ガブリエラ、遠征の話を聞かせてくれないか?」私はお茶を飲んでいるガブリエラを見て言った。

「話と言っても、あまり話すようなこともないのです」ガブリエラはかぶりを振った。「すぐに戻ることになってしまいましたので」


 すでに昨日王宮でひと通りの報告は聞いている。アルントと本格的な戦闘に入る前にエーレンス王死去の報が届き、急いでラインラントまで退却してきたということだ。


「クラインヴァインは遠征軍には同行していたのだろう? 何か話はしなかったのか?」

「戦の話だけですね。おかしなところもありませんでした。強いて言えば、魔術士団長が騎士団まで統括しているようで、差配はクラインヴァインがすべて行っていました」

「騎士団まで掌握しているということか」


 目を閉じて私たちの会話を聞いていた国王陛下は、目を開いてお茶に口を付けると呟いた。「とはいえ、クラインヴァインが手を下した可能性は捨てきれぬな」


 たしかにその可能性はゼロではない。だが、事ここに至ってはもうどちらでも今後の展開に変わりはないだろう。


「差配についてはどうだのだ? アルントとの戦いは長引かせるつもりだったのだろうか?」

「今となっては分かりかねますが、我々が先陣を切ることについてもとくに反対はありませんでしたね」


 フィルネツィアとしては、エーレンスとアルントの紛争をすぐに終わらせるべく、要望された以上の大規模な援軍を編成して派遣したのだ。援軍ということで後方支援に配されるかと思っていたが、前に出て戦うことに反対はしなかったようだ。


「では、エーレンス王が倒れることがなければ、フィルネツィア軍があっという間に紛争を終わらせていたのだろうけど、クラインヴァインとしてはそれでも良かったのだろうか?」戦乱を長引かせ、他国を巻き込んでいくことがクラインヴァインの狙いと思っていたのだが、違うのだろうか?

「あるいは、エーレンス王が亡くなることがあらかじめわかっていたのか、だな」国王陛下が言った。たしかにそうであれば、今回の紛争はすぐに作戦凍結となることが分かっていたことになる。


「その可能性はありますね」ガブリエラが頷いた。「なんにせよ、エーレンスとアルントの紛争は片付いていませんが、さすがにアルントもしばらくは手を出してこないでしょう。しばらくは様子見ですね」


 様子見しなければならないことが多すぎて嫌になってくるけど、慎重にことを運ばなければならない。私はケイティから貰ったアレクシウスの紋章が入った首飾りにそっと手を当てて、心の中でこの先の幸運を祈った。




 夕食を摂り、明日は一日中葬儀に出席しなければならないので、早めに休むことにした。ベッドに入り、しばらくウトウトしたかというところで揺り起こされた。ウェンディが小声で私に耳打ちする。「ブレンダ様、敵の気配です」


 私は静かに起き上がり、辺りの気配を窺う。物音はしないが、たしかに嫌な雰囲気を感じる。「刺客か?」


「おそらく。建物を囲まれています」ウェンディが窓際に移動し、少し開いたカーテンの隙間から外を窺う。


 私は素早く平服に着替え、剣を用意し、念のため持ってきているテオドーラの剣も腰に差した。


「騎士たちにも知らせなければならんな。ウェンディ──」と私が言った刹那、「来ます!」とウェンディが小さく言って剣を構えた。

 すると、建物のあちこちの窓が破られる音が響いたと思うと、私の部屋にも黒ずくめの何者かが窓を破って飛び込んできた。


「──!」ウェンディが素早く剣を振ると黒ずくめの男は何もできずに倒れた。あっという間の早業だ。「ブレンダ様! 早く国王陛下のお部屋に!」


 言われるまでもなく私はすでに扉のノブに手を掛けて廊下に出るところだった。国王陛下の部屋は隣だ。同時に向こう隣の部屋からガブリエラも飛び出してきているのが目に入った。


「急げ! ガブリエラ!」と言いながら私は国王陛下の部屋に飛び込む。窓から入る月明かりだけで薄暗いが、黒ずくめの刺客と護衛の騎士が剣を合わせているのが目に入った。国王陛下は壁を背に別の騎士に守られている。無事だ。


「はっ!」私は素早く刺客との距離を詰めると、剣を合わせていた騎士を押し退けて刺客へ剣を浴びせる。同時にガブリエラから魔術が撃ち出されるのも見えた。私の剣が刺客をとらえ、ガブリエラの魔術も直撃した。「──!?」黒ずくめの刺客は声もなく倒れた。


「ご無事ですか? 父上?」私は国王陛下に駆け寄った。

「うむ、大丈夫だ」怪我一つ無いようだ。


 私は部屋にいた騎士に他の部屋を確認し、敵を一掃するよう命じ、私とガブリエラ、それにウェンディで国王陛下の護衛をすることとした。他の部屋でも戦いが行われている喧騒が聞こえてくる。


「こんな時に刺客とは……」思わず私は呟いた。前日とはいえ葬儀の席だ。このような時に争いを持ち込むことは私の常識にない。


 ウェンディが斃れている刺客の黒ずくめの衣装を取り、何者かを確認している。「身元が分かりそうなものはありませんね」


 しばらくすると副団長が来て、敵を全滅させたと報告した。刺客は全部で十名で、すべて倒した。外を見回っていた騎士二名が怪我をしたが、命に別状はないとのことだ。


「それから、刺客の一人がこれを」と言って、紋章の入った短剣を差し出した。この紋章には見覚えがある。


「これはゼーネハイトの紋章です!」私は頭に血が上るのを感じた。和睦はしたが、兄の仇であることは忘れていない。ゼーネハイト王も葬儀のためここラインラントに来ているはずだ。私はすぐに反撃を上申しようと国王陛下の方を向くと、陛下は穏やかに首を振って私に言い聞かせるように語りかけた。


「落ち着くのだ、ブレンダ。ゼーネハイトの紋章があったからといって、ゼーネハイトからの刺客とは限らぬ。いや、それどころか我が国とゼーネハイトを争わせるための刺客にさえ思える」

「そうですね。今さらゼーネハイトが国王陛下を暗殺しようとするとは思えません。罠を疑うべきですね」ガブリエラも国王陛下に同意する。


 私は気勢を削がれたが、一度血が上った頭はなかなか冷めない。でもたしかに二人の言う通り、罠も疑わなければならない。


「そうですね。曲者をよく調べましょう」私はそう言って、騎士に詳しく調べるように命じ、いったん椅子に腰掛けた。側仕えが割れたガラスを掃除しているのを眺めながら、考えをまとめるために頭を働かせる。

 たしかに刺客が身元を示すような物を身に付けているのはわざとらしいし、たった十名ほどで三十人からの騎士、魔術士が守る建物に奇襲を掛けても成功の可能性が低いのは明白だ。手練れの刺客ならともかく、たいした腕でもなかった。


「たしかに怪しいですね。ゼーネハイトとの亀裂を深めるためにクラインヴァインが仕掛けた罠に思えます」私はようやく冷めてきた頭でそう言った。

「うむ。だが早計はならぬ。警戒を怠らぬようにな」


 国王陛下が言うまでもなく、さらなる警戒が必要だ。見回り、夜番も増やし、何ごともないようにしなくてはならない。

どこからの刺客でしょう?

不穏な葬儀になりそうです。

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