(ケイティの視点)アレクシウスの加護
夕食後に部屋で本を読んでいると、窓をコンコンと叩く音が聞こえた。ロザリアが窓を開けると、猫のヴィットリーオが部屋に入ってきた。
「お呼びですか? この格好のままでよろしいですか?」
「ええ、そのままで結構よ」
午前中の後宮での打ち合わせが終わった時に、ロザリアから密かにメモを渡してもらったのだ。ターニャには内緒で夜、離宮に来てほしいと。
「午前中の話のことで、確認しておきたいことがあるのです」
ソファーにちょこんと座った猫のヴィットリーオは、私の方を向いて先を促す。「なんでしょう?」
「アレクシウスの件です。ブレンダお姉様やターニャは誤魔化せても、私は誤魔化されませんよ」
「そうでしょうね」ヴィットリーオはニヤッと笑った。「ケイティ様を誤魔化せるとは思っていません。あの場はターニャ様さえ納得してもらえれば良かったのです」
たしかに、エヴェリーナの件が女神のシナリオだったとすると、ターニャがどんなに感情を爆発させるか分からない。この先にも影響が出るかもしれない。
「女神の加護がなければエヴェリーナに勝てなかった、と言いながら、あの件は偶然だったというのはちょっと無理があるでしょう?」
「口が過ぎました。ターニャ様の目の色が変わったので言い繕いましたが、納得していただけて良かったです」
「本当に納得したのなら良いのですが」
「大丈夫です。ターニャ様はほとんど人を疑いません。騙すような形になってしまい残念ですが、知らなくて良いこともあります」
猫のヴィットリーオがちょっと肩をすくめたように見えた。
「それで、本当のところはどうなのです? 私たちはいつアレクシウスの加護を受け、いつから彼女のシナリオ通りに進んでいるのですか?」
ヴィットリーオはちょっと間を置いて、語り始めた。「詳しくは分かりませんが、少なくとも初めてお会いした時には、四姉妹方はすでに加護を受けていました。魔導書の件は後からルフィーナ殿に聞いたのですが、どうやらエヴェリーナとの戦いの際にはすでに加護を受けていたかと思われます」
「どうしてそう思うのです?」
「戦いの際、ケイティ様が神聖魔術を展開し、エヴェリーナの魔術陣を消したと聞きました。皆さんが神聖魔術と呼んでいる魔術には、本来そうした効果はないはずです」
それは私も疑問に思っていたことだ。神聖魔術はもともと戦いのための魔術ではない。闇属性の魔術陣を消すような効果はないはずだ。
「ケイティ様が祈り、その祈りが天に届いた時、アレクシウスが加護を与えたと考えれば説明が付きます。いや、そうでなければ説明が付きません」
「なるほど……。たしかに打ち消せたので、そういう効果があるのだろうと考えていましたが、アレクシウスの力なのですね」
では、私ではなく、ロザリアやエレノアが使う神聖魔術はどうなのだろう?と考えていると、ヴィットリーオが言葉を続ける。
「ですから、ケイティ様以外が使う神聖魔術に、おそらくそうした効果は望めません。それなりの加護はあるのでしょうが、闇属性の効果を打ち消してしまうようなものではないのです。ロザリア殿もお気を付けを」とヴィットリーオが言うと、私の後ろに控えていたロザリアが軽く頷いた。
「ルフィーナも同じなのかしら?」私はルフィーナに神聖魔術を教えたことを思い出していた。
「はい、ルフィーナ殿にはそれとなく話しました。ですが、もともとルフィーナ殿は魔術に頼るつもりはないようですよ」
せっかく学んだのに、意味がないのは残念だが、ルフィーナはターニャを守るためにすることを無駄とは考えないだろう。
「では、少くともそれ以降はアレクシウスの思惑通りに進んでいるということなのでしょうか。回りくどいことですね」
「フフ」ヴィットリーオは苦笑した。「神々はあまり人間に干渉しないことを旨としています。回りくどいのも仕方ありません」
私が女神の回りくどさについて考えていると、ヴィットリーオが居住まいを正して、私に尋ねた。「ところでケイティ様は、エヴェリーナの件が女神の思惑だったとしても思うところはないのですか?」
「私は」ちょっと言葉を選んで続ける。「もしそうだとしても、別にエヴェリーナやアグネーゼが可哀想とは思いません」
母を失ったアグネーゼを可哀想とは思うが、それが女神の思惑だったとしても、エヴェリーナに野心があったことは間違いない。倒したことも悔いはない。
「ターニャ様とは違うのですね」
「おそらく、ブレンダお姉様も私と同じだと思います。アグネーゼも自分の母のことでなければ何とも思わないでしょう」ちょっと冷たく聞こえるかもしれないと思いながらも、ヴィットリーオに取り繕っても仕方ない。
「それは、育った環境の違いということですか?」
「ええ、私たち貴族、とくに王族は、感情を抑えるように教育を受けます。周囲の環境や事情にいちいち心を動かしていては政務に支障が出るからです」
「そうでしょうね」
「でも、ターニャはそうした教育を受けていないようです」私はヴィーシュでのターニャを思い出しながら言った。「マリアベーラ様はターニャを普通の娘として育てたのでしょう」
以前はアグネーゼのことを落ち着きがない子だと思っていたけど、ターニャを見るとアグネーゼはかなり落ち着いたほうなのだと分かった。いや、平民も含めて考えればターニャが普通で、私たちが落ち着き過ぎているのだろう。
「でも、それがターニャの良さなのだと思います。姉として彼女を守りたいと思っていますよ」と私は付け加えた。これも本心だ。
「なるほど。興味深いですね」ヴィットリーオは、封印される前、平民に混じって暮らすことはあったそうだが、貴族や王族とこうして話をすることはなかったそうだ。
「それはともかく、このままアレクシウスの思惑通りに進んで、クラインヴァインを封印できそうですか?」
「クラインヴァインの動き次第、という面はありますが、上手く対応していければ大丈夫でしょう」
三日後には、エーレンス王の葬儀のために国王陛下とブレンダがエーレンスの首都ラインラントへ行く。当然、クラインヴァインとも顔を合わせることになるし、もしかすると向こうから何か仕掛けてくるかもしれない。
「国王陛下とブレンダお姉様なら大丈夫ですよ。ガブリエラも一緒ですし」
考え得るケースをすべて想定して、対策は練られている。大丈夫だとは思うが、クラインヴァインはそこを簡単に飛び越えてきそうな予感もする。これからはアレクシウスにも十分に祈ることにしよう。
ケイティは誤魔化されませんでした。
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