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(アグネーゼの視点)裸の少女

「やったあああああ! 出れたああああ!」


 目の前で全裸の少女が大喜びで飛び跳ねている。よく見れば、少女はふわふわのセミロングの黒髪に、嬉しそうに細められている眼には黒い瞳が光っている。


 あぁ、やっぱり悪魔なのね……。女性がもう一人いると言っていたけど、なんて名前だったかな。……コルヴタールと言ったかしら。


 少女はひとしきり飛び跳ね回ったかと思うと、私たちの存在に気付いたのか、すごい勢いで駆け寄ってきた。


「お前たちが出してくれたのだな! ありがとう!」満面の笑みで少女が私たちの手を取ってブンブンと振った。

「えーと」私は咄嗟に言うことが思い浮かばず、裸に突っ込むしかなかった。「あなた裸だけど、服はないの?」

「あー、裸だった」ニコッと笑って少女が何やら呟くと一瞬で服を着ていた。私たちが着ているのとよく似た服を魔術で出したようだ。「これで良しっと」


 少女はフンフンとなにやら鼻歌を歌いながらグルグルと回り続けている。よっぽどうれしいのだろう。


「ねえ、あなたのお名前は?」見ていても仕方ないので思い切って聞いてみた。

「私はコルヴタール! コルちゃんでいいわ」

「……そう、コルちゃんね。私はアグネーゼ、こちらはエレノアよ」

「あーちゃんとえーたんね」ニッと笑って、コルヴタールはまた回り始めた。


 やっぱりコルヴタールなのね……。いったいどうすべきだろう? 隣でエレノアは「……たん?」と首を捻っている。


「ねぇねぇ、あーちゃんとえーたんはここで何をしてるの?」悩んでいる私を見上げながらコルヴタールが聞いてきた。

「私たちはこの国の首都まで行く途中よ」

「首都?」

「そう、この国で一番大きな町よ」


 といっても、コルヴタールが活動していた頃の国と同じではない。ネーフェの歴史はそれほど長くないし、そもそも二千年も続いている国はない。


 ふーんと言って頷いているコルヴタールを見ながら私は決意した。こうなったら、もう一緒に連れて行く以外にない。私は思い切ってコルヴタールに言う。「ねぇ、コルちゃん。とくに用がないなら、私たちと一緒に行かない? ネーフェの首都ベルタには大きなサーカスがあるらしいのよ」

「サーカスか!」目を輝かせるコルヴタール。「うん! 行く!」


 サーカスを知っていてくれて良かった。そんな昔からあるものなのねと思いながら、とりあえずホッとした。




 三人で祠を出て、村へ戻る。エレノアを先に宿に走らせて、泊まりが三人になったことを告げてもらうことにした。私とコルヴタールはゆっくり宿に戻ろう。


「コルちゃんはあの岩に閉じ込められてたのね」

「うん、でも二人が助けてくれた。二人とも友達だ」笑顔がかわいい。とても悪魔とは思えない。ヴィットリーオはコルヴタールのことを変わっていると言っていたが、たしかに変わっている。

 見た目だけなら私よりもずいぶんと年下に見える。人間で言えば十歳くらいの容姿だ。実際はとんでもなく長生きなのだが、繋いだ手をブンブン振りながら歩いている姿を見ると本当に無邪気な子供にしか見えない。


「私は美味しいものを食べたり、楽しいことが好きなの!」

「へー、ヴィットリーオと似ているのね」

「あら? あーちゃんはヴィットリーオを知ってるのか?」嬉しそうに目を光らせるコルヴタール。「ヴィットリーオはどこにいるの?」

「私の妹と一緒にいるのよ。今度会わせてあげるわ」

「うん! 楽しみだな!」


 ようやく村のメインストリートまで戻ってきた。メインストリートとは言っても小さな村だ。少し歩けば宿に着く。そろそろ夜も深くなってきたので人影は見えないが、簡易な外灯もあるのでそれほど暗くはない。


 間もなく宿も見えてくるかなと思った瞬間、建物の影から一人の子供がスッと私たちの前に出てきた。貴族が着るような、少し派手な服を着た幼女だ。……いや、この幼女には見覚えがある。そう、忘れるはずもない、クラインヴァインだ。


 最悪……。


 理由もなく絶望を感じた。コルヴタールにどう対していくかも明確に定まっていない今、クラインヴァインが出てきてはもうどうなってしまうか分からない。


「あら? あなたはフィルネツィアで会った王女様ね?」幼女のクラインヴァインが私に問いかけた。表情はにこやかだが、よっぽど意外だったのだろう。目までは笑っていない。

「ええ、アグネーゼよ。睡蓮御苑で会って以来ね、クラインヴァイン」

「フフフ、よっぽど縁があるみたいね。ところで」クラインヴァインは言葉を切って、コルヴタールの方を向いた。「久しぶりね、コルヴタール」

「やーやー、くーちゃん。久しぶりだ」コルヴタールは屈託の無さそうな笑顔でクラインヴァインに手を振った。


 クラインヴァインはさらに私たちに近づいてきて、「コルヴタール、また人間と戦おうと思ってるんだけど、一緒にどう?」と尋ねた。

「うーん」コルヴタールはちょっと考える素振りを見せたが、「今回はいいや。前もあんまり面白くなかったし。その上、槍で封じられて散々だったよ」と苦笑気味に返事をした。

「フフフ、そう。あなたを封じてた槍はどうしたの?」クラインヴァインは私を見た。

「触ったら崩れ落ちちゃったわ」嘘をついても仕方がない。「木くずになったのでそのままにしてきたわ」


 クラインヴァインは私の目を見て本当のことを言っているのか探っているようだったが、本当だと分かったのだろう。「そう、じゃあいいわ」とアッサリ納得した。彼女がここに来たのは、槍の所在をたしかめるためだったのかもしれない、とその瞬間私は思った。


 クラインヴァインの表情が少し柔らかくなったように見えた。「コルヴタール。あなたは彼女と行くの?」と私を見ながら問いかけた。

「うん。友達だからな!」

「フフフ、まぁいいわ。どうせどこかでまた会うでしょう」と言って、クラインヴァインは手を振ったかと思うと魔術陣に包まれてこの場から消えていった。

少女は五人の悪魔の一人、コルヴタールでした。

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