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(アグネーゼの視点)ネーフェへの道

 王都から南へ向かい、ネーフェとの国境までは馬車で一日半ほどの道のりだ。途中の村で一泊して、ようやく国境の町までたどり着く。ここまでは桔梗離宮の馬車で来たけど、フィルネツィアの馬車はネーフェには入れないので、ここから先はネーフェの乗り合い馬車で首都を目指すことになる。


「乗り合い馬車に乗るのは初めてね」

「私も初めてです」


 乗り合い馬車の中は意外に広くて八人は乗れそうだが、今乗っているのは私とエレノアの他に、行商人のような恰好をした中年の男と、老夫妻だけだ。

 馬車は国境から南西に向かって走っている。今日はダヌシェという村まで行って泊まる予定だ。さらにその先の町でもう一泊して移動しないとネーフェの首都には着かない。結構遠い道のりである。


「風景はフィルネツィアとそれほど変わらないのね」


 馬車の窓から見える外の景色はフィルネツィアとあまり変わらない。もっと南に行くと変わるのだろうか。


「ベルタはもう暑いらしいですよ、お嬢さん」と老夫妻のお婆さんの方がにこやかな表情で私に話しかけてきた。ベルタはネーフェの首都の名前だ。

「へー、もう暑いのね。フィルネツィアはまだ春になったばかりなのに」

「ベルタあたりはそろそろ雨が多い季節に入っているので、蒸していると思いますよ」お爺さんの方も穏やかな笑顔だ。

「そんな季節があるのね」


 私は自分の服装を見直してちょっと不安になる。春物ではあるが、ちょっと厚めの生地だ。これでは暑いかもしれない。平民に見えるようにと、ルチアが用意してくれた服だ。


「ネーフェは初めてですか? お嬢さん方」どうやらお婆さんは私を知らないようだ。お爺さんも知らないのだろう。

「ええ、初めてよ。お爺さまが首都に住んでいるので、会いに行くところよ」本当はネーフェ王に会いに行くのだけど、お爺さまであるのは嘘ではない。

「なるほど。途中で雨が降らないと良いですね」

「そうね。ところでお二人はどちらへ?」

「はい、私たちは国境の町からダヌシェへ帰る途中ですよ」お婆さんは膝に抱えていた籠を私に見せる。中には果物がたくさん詰まっていた。「国境の町でしか買えない果物なんですよ」

「あぁ、ダヌシェにお住まいなのね。ダヌシェには宿はあるかしら?」

「ええ、ありますよ」


 それは良かった。小さな村と聞いていたので、泊まるところがあるのかエレノアが心配していた。隣でエレノアが胸を撫で下ろしているのが分かった。


 ネーフェのことを色々と聞いたりしているうちに馬車はダヌシェ村に到着した。もう夕方だ。老夫妻と別れ、村を散策しつつ、教えてもらった宿を探す。さして大きな村ではないので、宿はすぐに見付かり、部屋も取れた。


「ふう」エレノアが部屋に入るなり息を吐いた。

「馬車での移動しかしていないのけど、やっぱり疲れるわね」私はベッドに腰を下ろした。

「はい、移動は疲れますね。明日も一日移動と思うとちょっと気が重いですね」

「そうね。でもノンビリもしてられないので仕方ないわ」


 ベルタで一泊はするであろうことを考えると、少なくとも八日は王都を空けることになる。春期の休暇期間は十日しかないので、道草を食ったり、ベルタに何泊もすると、学校の始まりに間に合わないかもしれない。


 宿の食堂で夕食をいただく。身分を隠しての道中なので、エレノアと一緒の食事だ。フィルネツィアではあまり平民用の食事を摂ることはないけど、素朴でなかなか美味しかった。

 食後のお茶を飲んでいると、宿の主人らしい中年の女性が話しかけてきた。


「お食事はいかがでしたか?」

「美味しかったわ。この辺りの料理なのかしら?」

「ネーフェの伝統料理なんですよ」女主人は嬉しそうだ。「フィルネツィアからご旅行にいらしたお客様にはとくに評判もよろしいのですよ」

「へー。たしかにフィルネツィアでは見たことがない料理ね」

「隣国とは言っても、採れる作物などが随分と違いますからね」


 女主人はネーフェの特産物や名物料理などを色々と教えてくれた。ベルタには料理屋も多いらしいので、ぜひ味わってくださいと勧められた。


「そう言えば、お客様。この後は村を出歩かれたりされますか?」

「ええ、ちょっと散歩くらいはしようと思っているわ」

「そうですか」女主人は少し表情を引き締めて言葉を続ける。「最近は村の外れに魔物が出ますので、あまり村はずれには行かないようにお気を付けくださいませ」

「あら、怖いのね。危ない魔物が出るのかしら?」

「いえ、それほど危険な魔物ではないようですが……。なにせ三ヶ月前くらい前から急に魔物が出るようになったもので、自警団が夜警をしていますが、何かあっては困りますので」

「なるほど」私はエレノアと目を合わせた。「分かったわ。ありがとう」




 部屋に戻って準備をして、私たちは宿を出た。もうすっかり日は落ちている。宿のある表通りはそれなりに人も出ているが、少し歩くと建物も人気も少なくなってきた。


「アグネーゼ様、充分にご注意ください」

「うん、頼むわね、エレノア」


 女主人は大して強い魔物はいないと言っていたが、注意するに越したことはないだろう。私は弓を持ってくるわけにもいかないので丸腰だし、エレノアは短剣を忍ばせているだけだ。


「ムルムーがいますね。ここでお待ちを」


 村はずれの森まで来ると、前方にムルムーの群れが見えた。エレノアが素早く飛び出し、短剣で群れを一閃した。


「大丈夫です。進みましょう」


 月明かりを頼りに、けもの道のような細い道を進んでいく。森が深くなるにつれて魔物の数も増えてきたが、ほとんどがムルムーやモゴルゴのような弱い魔物で、エレノアが瞬殺しながら進んでいく。


「祠が見えますね」エレノアがちょっと道から外れたところを指差した。木々に隠れて見えづらいが、古びた小さな祠があった。


 三ヶ月ほど前から魔物が出始めたというのであれば、ちょうどベアトリーチェの封印が消えた時期と一致する。確かめておかなくてはならない。


「ここに悪魔が封印されていたのだとしても、さすがにもういるとは思えませんが、ご注意ください」エレノアの顔にも緊張が見える。

「ええ、気を付けて行きましょう」


 エレノアが祠の周りにいた魔物を一掃した後、私たちは扉を開けて中に入った。天窓から月明かりが入っているが、中は暗い。エレノアが祭壇らしきところに置かれていた燭台に火を灯すと、ぼんやりと中の様子が見えてきた。簡単な祭壇と、壁際には石像が並んでいる。


「地下への入り口ですね」エレノアが石像の横を指差した。階段が見える。


「行きましょう」


 燭台は私が持ち、エレノアが前を進んで階段を降りていく。階段を降りると通路がまっすぐ続いている。魔物はいないようだ。通路の先には扉が見える。


「女学校にあった祠の地下に似ていますね」

「そうね」


 たしかに、ベアトリーチェの魔導書が隠されていた祠に造りが似ている。あの時は最奥にドラゴンがいたわけだが、そこまでは似ていないことを祈るしかない。


「開けます。お気を付けを」と言ってエレノアが扉をを開くと、そこは部屋ではなく、自然の洞窟のような広い空間だった。魔物の姿もなく、目に入るのは岩ばかりだ。


「何もないわね」周りを見渡しても特に何かが隠されているような不自然なところは無い。


「アグネーゼ様! こちらに!」岩陰を見回っていたエレノアが私を呼んだ。私は急いで駆けつける。

 少し奥まった岩陰で、一本の槍が岩に突き刺さっている。古びた木の槍だ。


「もしかして……」私は言葉を飲み込んだ。頭に浮かんだのはアルヴァルドの槍だが、こんな簡単に見つかるとは思っていないし、何よりこんなただの木の槍が伝説の槍とは思えない。


「引き抜いてみますね」と言ってエレノアが槍に触れた瞬間、槍はボロボロと崩れ落ちた。「えっ!」とエレノアが驚きの声を上げる。

 槍が崩れ落ちると、それまで槍が刺さっていた岩が音もなく真っ二つに割れた。すると、呆然としている私たち二人の前に、裸の少女が現れた。

第三章の始まりです。

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