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(ターニャの視点)王都への帰還

「ふあああ」

「ターニャ様、大きな口を開けてのあくびはよろしくありません」


 ルフィーナに叱られてしまった。昨晩はお爺さまとお母さまとずいぶん遅くまで話し込んでしまった。そのせいで盛大に寝不足だ。


「馬車で眠ると体が痛くなりますよ」とルフィーナ。隣で丸くなって寝ているヴィットリーオが羨ましい。私も猫になりたい。


「起きてください、ヴィットリーオ」私はヴィットリーオの背中を揺らす。ヴィットリーオは眠そうに目を薄く開くと、前脚を突っ張って背中を伸ばした。

「何かご用ですか?」

「間もなくトーリクの町ですけど、本当に転移できるのですか?」

「おっと、もうそんなに来ましたか」ヴィットリーオは首を伸ばして、馬車の外を眺めた。「大丈夫ですよ」


 本来ならヴィーシュから王都へはどんなに急いでも馬車で四日は掛かる。馬車に揺られるのがあまり好きではないというヴィットリーオから、転移魔術で帰ろうと提案があったのだ。

 しかし、この隊列には私たちだけでなく、護衛の騎士や兵士も付いている。彼らはヴィットリーオを普通の猫だと思っている。フィルネツィア内でもヴィットリーオの存在は極力隠すようにされているからだ。


「ターニャ様が唱えたように見せれば良いのです。実際は私が足もとで唱えますので」


 ケイティと私、ロザリア、ルフィーナは、トーリクの町の手前で急用ができたことにして、転移魔術で王都に帰る。馬車の隊列はゆっくり帰ってくればいい、ということにしようというわけだ。


「さすがに、馬車三輌に二十人あまりを転移させるのは難しいですが、四人転移させるくらいの魔力なら余裕です」とヴィットリーオは言っていたが、四人と猫一匹を転移させるのも大変な魔力が必要なはずだ。


「ヴィットリーオは魔力が豊富なのですね」

「ターニャ様とさほど変わりませんよ」


 まもなく町の入り口というところで馬車を止めさせ、護衛の隊長に私たちだけ転移魔術で帰ると説明すると、たいそう驚いていた。それはそうだろう。


「では、ケイティ姉様とロザリアもこちらにいらしてください」


 私は転移魔術の祈りを唱え始める。でもこれはフェイクだ。足もとで猫のヴィットリーオも小さな声で祈りの言葉を唱えている。こっちが本当の転移魔術の祈りの言葉だが、周りからはにゃあにゃあ言っているようにしか聞こえないらしい。

 私たちの足もとに魔術陣が浮かび上がり、光を帯びていく。まもなく私たちは光に包まれ、この場から消失した。




 目を開くと見慣れた広間だ。桔梗離宮の一番大きな部屋で、転移先として良いだろうと私が提案したのだ。


「着きましたね。お疲れ様、ヴィットリーオ」

「にゃあ」

「……。ケイティ姉様もお疲れ様でした」

「いえ、早く戻れて助かりました」


 人の気配に気付いたのだろう、ルチアが広間に入ってきて、驚きの声を上げた。私は転移魔術で戻った旨を簡単に説明して、竜胆離宮に使いを出してケイティの迎えを寄越すよう頼んでもらうことにした。


「お迎えが来るまで居間で休みましょう、ケイティ姉様。それと、ルフィーナ、王宮に使いを出して、ケイティ姉様と私が戻ったことを伝えてください」


 私とケイティは居間のソファーに腰掛けてひと息ついた。それほどの距離ではないものの、やはり馬車の移動は座っているだけでも疲れる。

 側仕えが出してくれたお茶に口をつけ、ちょっと目を閉じる。あわよくば、一週間くらいヴィーシュに留まろうと思っていたのに、結局予定通りになってしまい、残念ではあるけど、久しぶりのヴィーシュはやはり楽しかった。


「ケイティ姉様、ヴィーシュはいかがでしたか?」

「楽しかったですよ。良い町ですね」ケイティがにこやかに答えた。「珍しいものも見れましたし」


 きっと教会でのことを言っているのだろう。でもあれは別に意図してやったことではないし、私のせいではない。


「ケイティ姉様にはお話しておきますが」私は他の人には内緒ですという意味を込めて声を小さくした。「祈っている最中に、女神にお会いしたのです」


 祈っている最中に頭の中に浮かんできたのだ。フワフワの黒髪に、優しい金色の瞳。右手には変わった装飾の杖を持っていた。


「その杖は、貝殻の装飾が付いていましたか?」私の足もとで丸くなっていた猫のヴィットリーオが尋ねてきた。

「ええ、たしかに。変わった貝殻の装飾でした」

「ではそれはアレクシウスですね。天に上った神々の一人ですよ」

「アレクシウス……。守護を司る女神ですね。会って何か話したのですか?」ケイティが興味深そうに聞いてきた。

「いえ、お祈りしただけですので……。にこやかに微笑んでいました」


 そうか、あれが神様なのか。ならもっと祈っておけば良かった。もっと勉強ができるようになりますようにと。


「女神が現れたことに何か意味はあるのでしょうか?」ケイティが首を傾げる。「聖堂でもそのような話は聞いたことがありません」

「何かを言いたげではありませんでしたね」

「おそらく、ターニャ様を見に降りたのでしょう」とヴィットリーオ。

「見にって……。見せ物ではありませんよ」私はちょっと頬を膨らませた。「それよりヴィットリーオはいつまで猫なのですか?」

「今日は疲れましたので、このまま休ませてください」と言ってソファーに飛び乗り、丸くなって眠ってしまった。




 ケイティは離宮からの迎えが来て帰っていき、王宮からは明日の朝来るようにという連絡が来たので、今日は疲れを取るために休むことにした。というか、それならもう少しヴィーシュでゆっくりすれば良かった。ヴィットリーオも転移ができるならもう少し早く、せめてヴィーシュを出る前に教えてほしかった。


「これからどうなるのでしょうね?、ルフィーナ」

「エーレンス王の葬儀、その後、第一王子の即位と婚姻があると思います」

「では、そのどれかでクラインヴァインを封印することになるのかしら?」私は睡蓮御苑で会った幼女を思い浮かべながら言った。幼女と思うと封印するのは可哀想な気がするけど、あれは化けていただけだと思い直した。

「ターニャ様の中のベアトリーチェ次第だと思いますが、葬儀には間に合わないと思われます」


 休みが始まる前に夢の中でベアトリーチェに聞いたときは、魔力が戻るにはもう少しと言っていたけど、それほど早いタイミングを想定しているわけではなかった。だからこそ、私たちはヴィーシュに行き、アグネーゼもネーフェに向かったのだ。


「では、即位の儀か、婚姻の儀の時ですかね。なんにしても迫ってきましたね」

「はい。準備は整いつつありますが、この後クラインヴァインがどう動くのか、要注意ですね」


 ルフィーナの言葉にちょっと気持ちが引き締まったが、まだ気張るには早いかなとも思ったので、とりあえずは今日はゆっくり休むことにした。

王都に戻ってきました。

第二章はここまでです。次話からは第三章です。


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