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(ケイティの視点)二人の祈り

 ヴィーシュの町外れにある教会の前に立つと、なんとも言えない気持ちになった。石造りであるところは他のヴィーシュの建物と同じだが、あまり良い普請とは言えない。というか、はっきり言ってボロい。

 扉の前でヴィーシュ教会の神官たちが出迎えてくれた。彼らは王都から派遣された神官たちで、もともとヴィーシュの者ではない。おそらく、この地での活動はかなり厳しいものに違いない。


「よくお越しくださいました、ケイティ王女殿下」神官の出迎えを受け、私たちは教会の中に入った。私とロザリアの他に、ターニャとルフィーナ、それに猫のヴィットリーオも一緒だ。

 礼拝堂には多くの民が座ってこちらを見ている。普段なら教会を訪れることはないのだろうけど、ターニャが祈るということで集まってきたに違いない。

 当のターニャは礼拝堂が珍しいようで、キョロキョロと周りを見渡している。教会に来たのが初めてなことがよく分かる。


「こちらです」神官の案内で、着替えのできる部屋に移った。ここで私は司教の衣装に着替えてお祈りの準備だ。


「ケイティ姉様、私は姉様の後ろでお祈りすれば良いですか?」

「いえ、ターニャは私の横で一緒に祈ってください」ターニャは私と同じ王女だ。妹とはいえ、多くの民の前で、私の後ろに跪かせるのは民の感情を考えると良くないだろう。

「でも私、祈りの言葉を知りませんが……」不安そうに眉をひそめるターニャ。

「大丈夫です。私の祈りの言葉とともに、お祈りの姿勢をとってくれれば良いですよ」


 祭壇に私とターニャが立ち、その後ろにロザリアとルフィーナが控える。さらにその後ろではヴィーシュの神官たちがすでに跪いて私の祈りを待っている。私が跪くとターニャもそれにあわせて跪いた。


「天にまします我らが主たる全ての神々よ。願わくは尽きることのない平和をこの地にもたらしたまえ」


 私に続いて神官たちが祈りの言葉を復唱した。ターニャの声も聞こえた。一緒に復唱してくれたようだ。

 私は祈りのための神器である短刀を捧げ、さらに祈りを続ける。「我らが捧げるは切なる祈り。その深いご慈悲で我らを守りたまえ」


 捧げた短刀が強い光を放ったと思うと、その光が帯となって上へ伸びていった。ここまではいつもと同じだった。だが、不思議なことに、隣で祈るターニャが薄く光を発して輝いている。どういうことだろう?


「ターニャ、大丈夫ですか?」私は思わずターニャに小さく声を掛けた。しかし、ターニャは跪いたままで、返事をしない。


 後ろのロザリアもルフィーナもどうして良いか分からず、ただターニャを見つめている。その後ろの多くの民も一体どうしたことかとターニャに注目している。

 すると、ターニャから発せられれている光が徐々に強くなり、全身が一瞬眩しい光に包まれた。そして、光は帯となって上に伸びていった。


 ターニャ自身が神器のような……、と思ったが、さらに今度は屋根から光の粒が降ってきた。おそらく、天から屋根を抜けて降り注いでいるのだろう。

「ターニャ様からの祝福の光だ!」「守護の光に違いない!」と座っていた民が騒ぎ始めた。


 私が呆気にとられてその光景を眺めていると、ターニャが立ち上がり、周りを見渡して目を輝かせた。「わぁ、綺麗ですねぇ。お祈りってこのようなことなのですね」


 このようなことではありません……。




 驚いたことに、光の粒は教会だけでなく、ヴィーシュの街中に降り注いだらしい。どんなお祈りをしたのですかと尋ねても、「ケイティ姉様の言葉を復唱して、ヴィーシュの皆の無事を祈っただけですよ」とターニャ。


「突然、光が降り注いできたので驚きましたよ。ターニャだったのですね」私たちを城で出迎えてくれたマリアベーラが開口一番言った。

「皆の無事をお祈りしただけなのです。私も驚きました」

「このようなことがよくあるのですか?」マリアベーラが私に尋ねる。

「いえ、私も初めて見ました。ターニャの真剣な祈りが神々に届いたのだと思います」


 マリアベーラも交えて皆で昼食を摂っていると、ヴィーシュ侯が食堂に入ってきた。


「あら、お爺さま。会議はもうよろしいのですか?」ターニャが嬉しそうにヴィーシュ侯に問いかけたが、どうも侯の顔色があまり良くない。

「ケイティ王女、ターニャ。王都からの緊急連絡が入りました。エーレンス王が急死されたそうです」沈痛な面持ちでヴィーシュ侯は言った。「二人にはなるべく早く王都に戻って欲しいと連絡には添えられていました」

「エーレンス王が……」私は真っ先にクラインヴァインの仕業ではないかと思ったが、それをここで口に出すことはできない。

「なるべく早くと言われましても、明日の朝出発して、どんなに急いでも四日は掛かりますよ」早く帰れと言われてターニャは不満そうだ。すぐ出発する気はさらさら無さそうだ。

「まぁ、ターニャったら。それならばすぐに出発した方が良いのではなくて?」マリアベーラがターニャをたしなめるように言った。

 するとターニャは間髪入れずに、「出発は予定通り明日の朝です。これは譲れません」と口を結んだ。譲る気はないようだ。せっかくヴィーシュに帰ってきたのだから、せめて明日の朝までは留まりたいのだろう。私はターニャに助け船を出すことにした。


「出発は明日の朝にしましょう。その代わり、途中の道を急ぐということになりますよ」

「はい、ケイティ姉様」嬉しそうに目を輝かせるターニャ。「多少馬車が揺れても文句は言いません」

「まぁ、馬車に文句を言っていたのですか?」とマリアベーラが聞きとがめる。

「え、いえ……、これは言葉の綾ですわ。ホホホ……」と誤魔化す姿はいつも通りのターニャだった。




「今日はまた、色々ありましたね、ケイティお嬢様」夕食後、割り当てられた部屋に戻ると、ロザリアはそう言ってちょっと息を吐いた。

「そうですね。ターニャのお祈りのことはともかく、エーレンス王が亡くなるとは思いもしませんでした」


 年齢だけ考えれば、エーレンス王は非常に高齢だ。亡くなってもおかしくはないのかもしれないが、タイミング的にはどうしてもクラインヴァインの関与を疑わざるを得ない。


「やはり、クラインヴァインでしょうか……」不安そうにロザリアが呟く。

「それはなんとも言えませんね。ですが、これで第一王子が即位し、クラインヴァインは王妃ということになります」


 王妃と魔術士団長ではできることも権力も段違いだろう。なにを仕掛けてくるつもりかは分からないが、さらなる警戒が必要になる。


「それに、王妃になってしまうと、私たちもそうそう対面できなくなります。封印できる機会はもうあまり無いのかもしれません」

「考えられる機会は、エーレンス王の葬儀か、第一王子の即位の儀、もしくは婚姻の儀、ということなりそうですね」ロザリアが指を折って数えた。

「内外の目を気にしている場合ではないでしょうね。どうにか、封印作戦を展開できる機会を作らねばなりません」


 ブレンダが言っていたように、国王陛下と私たち姉妹全員がそれらの式典に出席すれば、周囲の目には不自然に映るだろう。しかし、もうそんなことを言っている場合ではないと思う。


「そう言えば、ケイティお嬢様。アグネーゼ様とエレノアには、このことは伝わるのでしょうか?」ロザリアが首を傾げる。二人はネーフェに向かっていて、もう国境を越えてしまったかもしれない。

「そうですね。ただ、ネーフェならエーレンス王の死の情報は早く手にしているでしょうから、そう遅れずにアグネーゼも知ることはできると思いますよ」


 そう言いながら私はちょっと不安も感じていた。アグネーゼは魔術や剣術を得意としているわけではないので、今回のクラインヴァイン封印作戦では主に援護の役割だ。一見、軽い役割のように思えるが、成功の鍵はアグネーゼにあるのではないかという気がしている。なぜかは分からないけど。


「アグネーゼが戻らないのは困りますね。念のため、王都に帰ったらネーフェに使いを出すよう進言しましょう」

「そうですね。それからターニャ様のことなのですが……」ちょっと言いにくそうな顔をしてロザリアは言った。「あのお祈りはなんだったのでしょう?」


 やはり聖堂出身のロザリアには、あの祈りが気になったようだ。


「ターニャは神への祈りが届きやすい体質だと聞いたことがあります。おそらく真剣に祈ったのは初めてなのでしょうね」

「届きやすい……、でもそれだけであのような現象が起きるのでしょうか?」

「これは推測ですけど」私はいったんそこで言葉を切って、お茶に口を付けた。「ターニャはとくに魔力が多いので、祈りとともに魔力が漏れたのではないかと思います」

「加護の魔術のようなものになったということですか?」

「ええ」


 私が祈って生み出している光の帯も、元を辿れば私や神官たちの魔力だ。それほど多くの魔力を持たない私が祈っても、あのように光の帯ができる。でもそれは神器の力を借りているからだ。豊富な魔力を持つターニャが祈れば、もっとすごいことになるかもしれないとは思っていたけど、ヴィーシュの街中に加護を撒くほどとは思っていなかった。


「ターニャの魔力がすごいのでしょう。私には、いえ、おそらく聖堂の誰であっても真似はできないでしょうね」

「なるほど。魔力がほとんどない私には想像もできませんね」とロザリアは肩をすくめた。

派手に祈りました。

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