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(ブレンダの視点)重苦しい不安

 ケイティとターニャがヴィーシュに、アグネーゼがネーフェに旅立ったので、四姉妹で王都に残っているのは私だけだ。いっそ私もどちらかに付いていきたかったけど、騎士団長代行の仕事もあり、春の休暇期間とはいっても休んでいられない。


「私もどこかに行きたかったよ」思わず溜め息が出る。

「あら、アルテルスに行ったばかりではありませんか」ウェンディが私の愚痴を宥めた。だが、あれは国王陛下の護衛で、楽しめるような旅ではなかった。


「それに、しばらくすれば、エーレンスへ行かれることになると思いますが……、これも楽しい旅にはなりませんね……」


 夏前にはエーレンスの第一王子と魔術士団長レナータの婚姻の儀があるはずで、私も国王陛下とともにエーレンスに行くことになるだろう。だが、レナータがクラインヴァインと分かった以上、ウェンディの言う通り、楽しい旅ではない。


「うん。楽しんでいる余裕はないだろう。もっとも、なによりまずエーレンスとアルントの紛争がひと段落しなければ、何も始まらないけどな」

「そうですね。さすがに、王子との婚姻を前にして、クラインヴァインが派手に動くとは思えませんが、こちらの思惑通りに進むと良いですね」

「ガブリエラなら上手くやってくれると思うよ」


 ガブリエラは今回の援軍にかなり気合を入れていた。昨年のエヴェリーナの件でほとんど活躍できなかったことを随分と気に掛けていたようで、フィルネツィアの大魔女としての矜持を取り戻すために頑張るに違いない。


「アルントとの争いをすぐに終わらせられれば、その他の国が付け入る隙もないだろう。ちょっかい出してくる国はフィルネツィアが相手だと示せると良いな」


 エーレンスが火種を抱えているのはアルントだけではない。他のいくつかの隣国も、機と見ればエーレンスに攻め入ってくるに違いない。「エーレンスは、魔術大国だけあって気位が高く、他国と揉めやすい」とエーレンス出身のウェンディも言っていたが、外交下手な国なのだ。


「そうですね。今はガブリエラ様の成功をお祈りするしかありませんね。さぁ、そろそろ国王陛下とのご面談の時間です」とウェンディに促され、私は国王陛下の部屋に向かった。




「アグネーゼは昨日無事、ネーフェに向けて旅立ちました」私は国王陛下に報告した。

「うむ。心配であるが、彼女なら上手くやってくれるであろう」


 娘が護衛一人だけで他国へ向かったのだ。心配には決まっているが、アグネーゼならやれると国王陛下は考えているようだ。

 私が国王陛下の向かいの席に着くと、陛下の側近がお茶を入れてくれた。私はお茶をひと口飲み、机に置かれている剣に目をやった。


「ブレンダよ、この剣はその方に預ける」国王陛下は机に置かれた剣を指差した。テオドーラの剣だ。エーレンス王から正式に譲られたこの剣は、クラインヴァインとの対決に備えて私が預かることになっている。「この剣を使うようなことがないと良いのだが、そうも言ってはいられないな」

「……はい。お預かりします」私は剣を受け取り、後ろに控えているウェンディに渡した。


「戦う準備は整いつつあるな」

「はい」


 ケイティ、ターニャ、ウェンディ、ガブリエラによる足止め魔術、テオドーラの剣を持つ私と神聖魔術を覚えたルフィーナの攻撃による足止め。そして、アグネーゼとエレノア、ロザリアは魔術を唱える四人の援護。

 四姉妹と四人の護衛、それにガブリエラの計九人で足を止めて、ターニャの中にいるベアトリーチェをヴィットリーオが呼び出し、封印の魔術を掛ける。これが作戦だ。


「練習を繰り返しましたので、連携もかなりスムーズになっています。うまく足止めさえできれば、封印できるでしょう」


 もっとも、これは全てが思い通りに進んだ場合のことで、実際にはクラインヴァインがどう動くか分からない以上、必ず上手くいくという保証はない。


「ところで、ベアトリーチェは順調に回復しているのか?」

「はい。そう聞いています。まもなく封印の魔術が使えるようになるそうです」

「そうか。では、ターニャの周囲は充分に警戒したほうが良いな」

「はい。ヴィーシュから戻った後は、また後宮に移ってもらう予定です」


 ターニャの暮らす桔梗離宮は王都の外れで、何か起きた時に集まりづらい。万一に備えて、町の中心である後宮にいてもらった方が良い。


「アルントとの戦争に、婚姻の儀も控えているのだ。クラインヴァインもそう自由には動けないと思うが、ベアトリーチェのことを嗅ぎ付けられると面倒だ。警戒は充分にな」


 幼女の姿かは分からないが、またクラインヴァインがフィルネツィアにやってくる可能性はある。その時にベアトリーチェの気配を悟られぬように、そして、万一悟られた際には、皆が素早く集まれるようにしておく必要はある。


「はい。ヴィットリーオが常に付いていますが、警戒は怠りません」王宮や後宮はもちろん、貴族街に不審な人物が現れたらすぐに分かるよう、警備も増員している。幼女に化けたクラインヴァインが来れば、すぐに分かるはずだ。


「ところで、ガブリエラからは何か連絡はございましたか?」

「エーレンス到着の一報はあった。そのままアルントとの紛争地に向かうとあったので、予定通りだろう」

「クラインヴァインも前線に出るのでしょうか?」

「そこまでは書かれていなかった」国王陛下は頭を振った。「連絡はどのような手段をとったとしても、クラインヴァインに傍受される可能性がある。緊急時以外は型通りの報告のみだ」


 とりあえずは順調にいっているようだ、と胸を撫で下ろしたところで、部屋の扉がノックされたかと思うと、一人の騎士が血相を変えて飛び込んできた。


「何ごとか!」私は国王陛下の席の前に立ち、騎士に問い掛けた。

「ご報告いたします! エーレンス王が死去されたとの報がありました!」

「なんだと!」思わず立ち上がる国王陛下。私は絶句してしまった。「どこからの報告か!」

「エーレンス首都ラインラントに駐在している公使からの緊急連絡です!」

「うむ、分かった。すぐに政務官たちを広間に集めよ。我もすぐに行く」

「はっ!」


 駆けていく騎士を見送りつつ、私はまだ二の句を告げずに立ちすくんでいた。国王陛下が私に言う。「ブレンダ、その方は騎士団長代行だ。我とともに来い。これからのことを皆と話し合わねばならぬ」

「は、はい。かしこまりました」


 事は考えていた通りには進まないのではないか、という重苦しい不安を抱きつつ、私は国王陛下に続いて部屋を出た。

エーレンス王が亡くなりました。

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