(ケイティの視点)大喜びのターニャ
「天にまします我らが主たる全ての神々よ。願わくは尽きることのない平和をこの地にもたらしたまえ」
ルフィーナが祈りの言葉を唱えると、その手に持っていた宝剣が光を帯び、光が高く点に向かって伸びていった。
「たった一週間で使えるようになるなんて、考えられませんね」ロザリアがちょっと呆れたような顔で呟いた。
「ロザリアは時間が掛かりましたものね」
「うっ、たしかに……」私の指摘にロザリアはちょっと項垂れた。でも、時間が掛かったのは、不真面目だからとか才能がないとかそういう話ではなく、何をするにもエレノアをライバル視して信仰に身が入っていなかったから、ということを私は知っている。
「本当に使えるようになったんですねぇ」ターニャも驚いている。「さすがルフィーナです」
「いえ、ケイティ様とロザリア殿の教え方が素晴らしかったからですよ」謙遜するルフィーナ。
ガブリエラが出陣して数日後の休日。私が暮らす竜胆離宮にターニャとルフィーナの二人が来ている。ヴィットリーオも一緒に来るかと思っていたが、何か用事があるらしい。
「この一週間、ずいぶんと練習したのでしょう?」
「はい。昨日ようやく祈りが届くようになったばかりです」
「加護の祈りもできていますし、もうこれで教えることはありませんよ」
「ありがとうございます、ケイティ様」ルフィーナが深々と頭を下げた。
神聖魔術は他の魔術と異なり、祈り無しに素早く展開することはできない。そもそも戦いのための魔術ではないので仕方ないことではあるけど、実戦で使いこなすのは難しい。神聖魔術をルフィーナがどう使いこなしていくのかちょっと楽しみでもある。
「お茶をいれましたので、皆さんどうぞ」ロザリアが皆をテーブルに誘う。
「何かお礼をさせてください、ケイティ姉様」お茶をひと口飲んでターニャが言った。「拙いですが、よければ普通の魔術をお教えしましょうか?」
「いえ、他の魔術を使うことは禁じられているのです」
正確には、攻撃や防御、補助魔術など、戦闘に関する魔術を使うことを聖堂では禁じている。基本的には戦いはダメというスタンスだ。
「それよりも一つターニャにお願いがあるのです」ちょうど良いので一つお願いすることにした。
「なんでしょう?」
「春の休暇期間中にヴィーシュの教会に行くつもりなのですが、もしよければ一緒に行ってもらえませんか?」
国王陛下からの課題の教会巡りだ。ヴィーシュは遠いため、長い休みの時でなければ行けない。そこで、間もなく来る、春の休暇期間中に行ってしまおうと考えたのだ。
「ええ!? もちろん行きますよ!」ターニャは椅子から立ち上がって大喜びだ。「任せてくださいませ、ケイティ姉様。責任もってご案内しますから!」
「ありがとう、ターニャ」
信仰心の薄いヴィーシュでは、私が行ってもあまり歓迎されないだろう。だが、ターニャが一緒なら安心だ。
「私の課題に利用するような形になってしまいますが、本当に良いですか?」
「もちろんですよ! 私も一緒にお祈りしますから!」飛び跳ねないばかりに喜ぶターニャ。「みんなへのお土産も急いで考えなければいけませんね」
もうターニャの頭の中はヴィーシュのことでいっぱいなのだろう。お茶を飲んでいる間もソワソワしていた。そして夕刻前、飛び跳ねるように軽快なステップで馬車に乗り込んで帰っていった。
「良かったですね、ケイティお嬢様」
ターニャとルフィーナを見送って部屋に戻ると、そう言ってロザリアは微笑んだ。「逆にずいぶんと喜んでもらえたみたいですね」
「そうですね。ターニャはいつでもヴィーシュに帰りたいのでしょう。でも、理由がなければ帰れませんので、私の申し出は渡りに船ということだと思いますよ」
「国王陛下に転移魔術使用のお願いをしなくてはいけませんね」とロザリア。あまり長い期間、ターニャを王都から離れさせるわけにもいかない。
「ええ、明日にでも王宮に行きましょう」
多くの魔術士がエーレンスの援軍で遠征中だが、残った魔術士でも転移魔術を使えることは確認済みだ。国王陛下からすでに内諾も得ているので、すんなり了承されるだろう。帰りは馬車ということになるけど、行きの期間を短縮できるのは大きい。
「それでも一週間ほどは留守にすることになりますね」
「ええ、ただエーレンスは戦争の最中ですから、クラインヴァインもそう簡単には動けないでしょう。王都にはブレンダお姉様がいますから大丈夫ですよ」
ターニャは里帰りできることに大喜びです。
 




