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(ターニャの視点)ウェンディの慧眼

「ターニャお嬢様、ウェンディ殿が参られましたよ」と、ルチアが伝えてくれたので、私とルフィーナ、ヴィットリーオの三人は居間へ急ぐ。


「お時間いただき、ありがとうございます」私たちが居間に入ると、ウェンディが礼をしながら言う。

「魔術のことで話したいことがあると使いから聞きましたが、なんでしょう?」私はウェンディに席を勧めつつ問いかける。エーレンス王との会談から先ほど王都に戻ったばかりだそうで、二日掛けて王都まで戻ってすぐ、しかも夕食前に、わざわざ話したいこととはなんだろう?

「申し訳ありません。その話は嘘なのです」

「……嘘ですか?」私は虚を突かれて唖然となってしまった。

「会談での話なのですが、ヴィットリーオ殿にも話を聞いて欲しいのです」ウェンディは私の後ろに控えているヴィットリーオを見つめる。「話をお許しいただけますか? ターニャ様」

「ええ、どうぞ」断る理由もない。「話しづらいでしょうから、ヴィットもルフィーナも席に座ると良いですよ」


 ヴィットリーオが席に着き、「はて、私に話したいこととはなんでしょう?」とウェンディに向き合う。

「会談でのことなのです――」ウェンディは会談での出来事を話し始める。同盟が強化され、テオドーラの剣がフィルネツィアに進呈されたこと、エーレンスの第一王子の婚姻相手が決まったこと。どれも喜ばしい話ばかりだ。ことさら話したいこととはなんだろう?


「第一王子の婚姻相手は、エーレンスの魔術士団長レナータ様なのですが、彼女から尋常ならざる魔力を感じたのです」

「ほう」ヴィットリーオが興味深そうに話の先を促す。「尋常ではないとはどのような感じですか?」

「ターニャ様からも大きな魔力を感じますが、それとはまったく異なる色の、なんと言いますか、とても嫌な感じでした」ウェンディは思い出しながら話す。

「なるほど。そのレナータの風貌は?」

「背は低い方でした。黒髪に黒い瞳、変わった指輪やネックレスを付けていました」

「――」ヴィットリーオの目つきが変わったように見えた。「……黒い髪と瞳は本来、古の神のものです」

「え? ヴィットリーオの髪色や瞳の色は違うではないですか?」私は思わず問いかける。ヴィットリーオの髪は濃紺、瞳は深い緑だ。

「黒が好きではないので、変えているだけです。私の髪も瞳も本来は黒ですよ」ヴィットリーオは言う。目の前でパチンと指を鳴らすと、ヴィットリーオの髪と瞳が黒に変わった。


 言われてみれば、ヴィーシュでも王都でも黒い髪や瞳の人を見たことがない。神の色なのか、と私が納得している横で、ヴィットリーオは言葉を続ける。「ただ染めているだけ、という可能性も捨てきれませんが、悪魔である可能性はありますね。そして悪魔であれば、クラインヴァインかもしれません」

「女性の悪魔はクラインヴァインだけなのですか?」

「いえ、もう一人、コルヴタールが人間で言う女性型ですが、……なんと言いますか、ちょっと変わっているので、人間を演じるようなタイプではないのです」ヴィットリーオが変わっているというのなら相当に変わっているのだろう。

「国王陛下やガブリエラは何か言っていませんでしたか?」私はウェンディに問う。

「とくにお気づきにはならなかったようです。ブレンダ様も何もおっしゃりませんでした」


 国王陛下やブレンダはともかく、ガブリエラも気付かないものだろうか?


「まだ、他の方には話していないということですね?」

「はい。確証もなくお話しして良いことか分かりませんでしたので……」ウェンディはちょっと俯いた。

「いえ、英断ですよ、ウェンディ殿」ヴィットリーオはウェンディに微笑む。「話しても、いたずらに不安を煽るだけです」

「……はい」

「あまり公にはしないほうが良いでしょう」

 頷くウェンディ。私とルフィーナも顔を見合わせて、了解した。どのみち、エーレンスの魔術士団長で、しかも第一王子の婚約者では、こちらからは手の出しようがない。


「問題は、その魔術士団長がクラインヴァインだとして、いったい何の狙いで人間に化けているのか、ということですね」ヴィットリーオは首を捻った。「何をしようとしているのか、逆に読みにくいですね」

「ベアトリーチェも彼女は短気だと言ました。人に仕えるなんてできるタイプなのですか?」私はベアトリーチェとの会話を思い出しながらヴィットリーオに尋ねた。

「クラインヴァインもそういうタイプではありませんが、何かを企んでいるのであれば、やってもおかしくはありません。とにかく、一度ベアトリーチェと話をしてみましょう。ウェンディ殿、もう少しお付き合いいただけますか?」

「はい、分かりました」




 ということで、ベアトリーチェと話すために、ちょっと仮眠することになった。私が寝ないとベアトリーチェが起きて来られないから仕方ないのだけど、ヴィットリーオとルフィーナ、それにウェンディも私の寝室にいて、とても寝づらいのですが……。


「落ち着かなくて、寝づらいのですけど……」と私が言うと、

「では、これでどうでしょう」とヴィットリーオが猫になった。癒やしのつもりなんだろうか。悪魔らしくない悪魔だな、などと考えてるうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。


 眠ったターニャがパッと目を開く。そして、猫のヴィットリーオを見ると、クスクスと笑い出した。「なんで猫なのよ」

「ターニャ様に落ち着いて眠っていただくためだ」と言って、猫から人の形に戻った。「時間が惜しい。話を始めよう、ベアトリーチェ」


 ヴィットリーオがウェンディから聞いた会談での出来事をざっと話す。ウェンディもところどころで話を補足した。


「なるほど。それはクラインヴァインくさいわね。コルヴタールがそんなことをするとは考えられないし。ウェンディさん、ちょっと記憶を覗かせてもらってもいいかしら?」

「えっ? いいですが、そのようなことができるのですか?」驚くウェンディ。

「ええ」と言って、ベアトリーチェが祈りの言葉とともに魔術陣を展開した。魔術陣の光がウェンディを包み込んだ。


「……ふむ、なるほど。これはクラインヴァインだわ。一体なんのために……」ベアトリーチェは魔術陣を消すと、ウェンディに礼を言って、言葉を続けた。「どうやら、彼女は魔力を隠す魔術を使っていたみたいね。よく感じられましたね」

「ウェンディ殿は大変優秀な魔術士だとターニャ様も常々お褒めです」とルフィーナ。

「ええ、クラインヴァインもまさか気取られるとは思っていないでしょう。お手柄です」とベアトリーチェは褒めたが、ウェンディはちょっと首を振った。

「いえ、もしかすると、私が訝しんだことを気付かれたかもしれません。表情を動かさないように気を付けたつもりですが……」

「察しがよい奴だからな。それに勘も鋭い。気付かれた可能性はあるでしょうが、それ以上に奴の居場所が掴めたことの方が大きいですよ。さて」と言ってヴィットリーオが話を進める。「クラインヴァインであることは分かったが、狙いが読めぬ以上はこちらからは動きにくいな」

「ええ、封印が解けたらすぐに暴れだすと思っていたのだけど」ベアトリーチェも悩み顔だ。

「ただ、想像はできる。人間を滅ぼすのは容易ではない。故に、エーレンスを乗っ取ろうとしているのではないかと思う」

「……あり得るわね。まず世界中を戦争の混乱に陥れようとしているってわけね」

「数も減らせるからな」とヴィットリーオ。二千年前と比べれば人間の数はものすごく増えているし、技術も向上している。単独で暴れたところで苦戦することは目に見えている。それならば世界を混乱させてからの方が簡単だ。それくらいのことは考える奴だと付け加えた。


「エーレンスでの彼女の動きを知るような手はあるかしら?」とベアトリーチェがウェンディに尋ねた。

「私の兄がエーレンスにいます。王宮勤めなので、探ってもらいましょうか?」

「いえ、探っていることを気付かれると、その人が危ないわ。知っていることを教えてもらうくらいで良いと思います」

「分かりました。では、ブレンダ様がレナータ様に婚姻のお祝いをお贈りするのに、何が良いか悩んでいるので、どういう方か教えて欲しい、ということにしておきます」

「ええ、そのくらいでも貴重な情報なのでお願いします」ずいぶんとベアトリーチェの目の輝きが薄れてきている。

「では、しばらくは情報収集を中心にということで」とヴィットリーオが言った瞬間、ベアトリーチェはベッドに倒れ込んで眠りについてしまった。

クラインヴァインの狙いはなんでしょう?

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