(ターニャの視点)女学校生活の始まりと昼食
フィルネツィア王立女学校に入学して一週間。学校生活にも慣れてきたけど、なかなか慣れないのがこの制服だ。夏服らしいので、手脚の露出が多いのは仕方ない。でもこんなにスカートが短い必要があるのだろうか?
「この制服だけはなんとかならないのかしら?」
「かわいらしいと評判らしいですよ」
馬車の向かいの席に座るルフィーナが教えてくれる。どうせ卒業後は貴族として脚を出した衣装は着られないから、せめて学生の間くらいはかわいい制服を、という多くの女生徒からの願いを受けて数年前からこうなったらしい。
「それにしても膝上のスカートなんて……」
たしかにかわいらしいのかもしれないけど、田舎育ちの私にはなかなか受け入れにくい。
「それにそろそろ肌寒くなる季節ではありませんか」
「ターニャ様、王都はヴィーシュと違って、まだしばらくは暑い日が続くそうですよ」
「……そうでしたね。冬服はもうちょっと落ち着いたデザインであることを祈りますわ」
そんな話をしていると馬車はフィルネツィア王立女学校の門前に停まる。朝の通学時間は多くの馬車が停まるため、ノロノロしていては迷惑だ。
「参りましょう、ルフィーナ」
今日も学校生活が始まる。
私とルフィーナが教室に着くと、クラスメイトたちがそれまでのおしゃべりを止め、パッとこちらを向き、口々に挨拶をしてくる。私も笑顔で挨拶を返しながら、一番後ろの自分の席に座る。ルフィーナは隣の席だ。一番後ろの席というのは安全上の配慮らしい。ちなみに逆側の隣席にはアグネーゼとその護衛のエレノアが座っている。
「おはようございます、アグネーゼ姉様」
「おはよう、ターニャ」
私たちを含めて同級生は二十名ほど。フィルネツィア王国貴族の女子は十五歳の秋にこのフィルネツィア王立女学校へ入学することが義務づけられている。年によって入学者数は異なるが、私たちの代は例年より少ないらしい。
鐘の音とともに担任の先生が入ってきて、生徒たちがあわただしく席に着き挨拶を交わすと、先生が今日の予定を話し始める。
私たちは女学校で、さまざまな講義や実習、実技などを学ぶ。歴史や数学などといった一般的な科目の講義から、貴族に求められる礼儀や、覚えるべき儀式などの実習もある。
はやく実習や実技が始まってくれないかな……。
まだしばらくは各科目で基礎的な講義が続く。席に着いて授業を聞いているのは苦手なんだよね。
昼食は教室ではなく別の部屋で摂る。他の生徒はクラスメイトと仲良く一緒に食べるのだけれど、王族はそうした食事はしないのだそうだ。つまり、ケイティとアグネーゼ、それに私の三人だけで食事を摂ることになる。本当はブレンダも一緒のはずだが、イェーリングに行っているため、学校には来ていない。ヴィーシュではクラスメイトと一緒に食べていたのでちょっと寂しい。私たちの後ろにそれぞれの護衛が立っているのも、何か落ち着かない。
席に着くと、専属の料理人が作った料理がテーブルに並べられる。しっかり毒味もされているのだそうだが、私に毒を盛っても何の意味も無いと思う。
「アグネーゼ、ターニャ、学校には慣れましたか?」
食事を摂りながらケイティが私たちに話しかけてくる。ケイティは十六歳、二年生だ。綺麗な銀色の髪で、パッと見た目は近づきがたいけど、目がとても優しい。そのうえ性格もおっとりとしていて、柔らかな話し方も好感が持てる。アグネーゼの思わせぶりな紹介はなんだったのか。
「授業が本格的に始まりましたので、予習や復習が大変ですが、だんだん慣れてきました。ケイティ姉様にお聞きしていましたとおり、女学校の勉強は難しいのですね」
「ええ、ある程度は十五歳までに学んで来ていることを前提に授業が進みますからね。最初は大変かもしれませんが、慣れれば大丈夫ですよ」
一般的な貴族は幼い頃から家庭教師を付けたり、初等学校に通ったりして、学問の基礎や礼儀などを学ぶのだそうだ。私もヴィーシュでは初等学校に通っていたし、家庭教師も付けられていたけれど、あまり真面目に勉強していたとは言えない。今になって悔やんでも遅いし、別に後悔はしていない。
「ターニャはあまり勉強が好きではないのね?」
「ええ、アグネーゼ姉様。ヴィーシュの学校ではクラスメイトと遊んでばかりでしたので……」
「フフ、健康的で良いと思うわ」
体の弱い母とは違って、私は極めて健康だ。クラスメイトとヴィーシュの野山を駆けずり回っていたため、さらに丈夫になったと思う。
「アグネーゼ姉様も幼い頃からたくさん勉強されてきたのですか?」
「まさか。私は興味のあることしか勉強したくないの」
「……興味のあることとは?」
「フフ、まだ内緒よ」
そういえば、アグネーゼは授業に出たり出なかったりで、なぜなのだろうとは思っていたけど、興味がない授業をサボっているだけなのかな。大丈夫なのか心配になるけど、ケイティの前でこれ以上突っ込むのもどうかと思うので話題を変えてみる。
「ケイティ姉様の髪色はお父様と同じですね。美しい銀髪でとてもお綺麗ですね」
「母方は深緑の髪が多いのですけどね、エレノア?」
なぜか突然話がアグネーゼの護衛として後ろに立っているエレノアに飛んで、私は目を瞬きつつエレノアを見る。
「はい、ケイティ様。オーフェルヴェーク家の者は、たいてい私と同じように深緑の髪ですね」
「ターニャは知らなかったかしら? エレノアと私はお爺さまが同じなのよ」
ケイティの母は、フィルネツィア大聖堂のオーフェルヴェーク大司教の娘だ。エレノアの父は、ケイティの母の弟で、二人は祖父母を同じにする従姉妹に当たるのだそうだ。実に複雑な人間関係である。
「フフフ、そうした人間関係もおいおい覚えていく必要があるわよ、ターニャ」
「……はい、アグネーゼ姉様」
そろそろ昼食を終えようと時間にさしかかったところで、ケイティとアグネーゼのもとに側近らしき人からなにやらメモが差し込まれてきた。ちなみに私にはない。二人がそれぞれメモを一読すると、ケイティは少し目元に沈痛な雰囲気を浮かべたように見えたが、アグネーゼにはとくに表情の変化は見えない。
「ターニャ」
「はい、ケイティ姉様?」
「貴女は王都に来たばかりで情報が遅いようですが、私たちに届いたこの情報を貴女に話すことは問題ないでしょう」
「どのような話ですか?」
「イェーリングでゼーネハイトと交戦中だったアンドロス兄上が討たれたようです」
ようやく女学校が始まりました。