(ブレンダの視点)エーレンス王との会談 その2
アルテルスの城に無事到着して、ホッとしたのもつかの間、明日の会談に向けて会場を確認したり、騎士団に命令を与えたりと休む暇もない。
会談の準備は事前に入っていた文官たちにより整えられていたが、実際に警備をする私たちも色々と確認しておかなくてはならない。
「こちらに国王陛下が座って、こっちがエーレンス王の席ね」私は設営を仕切る文官に尋ねる。
「はい、護衛の方々はその後ろに控えていただきます」
万一、エーレンス王の護衛がおかしな動きを見せても、私とガブリエラが対応できるくらいの距離は席間が開いている。これなら問題はないだろう。
「エーレンス王は予定通りこちらに向かっているのね?」
「はい。今夜はエーレンス側の国境の町クレングに宿泊され、明日の朝国境を越えてアルテルスに入られます。すでにクレングに入ったとの連絡がありましたので、予定通りです」
「分かった。引き続きよろしく頼む」
明日の朝は国王陛下が国境でエーレンス王を迎える予定になっている。当然私も同行する。国王陛下をお守りすることが第一だが、エーレンス王にもフィルネツィア国内で何かあってはならない。明日からは気苦労も二倍になることを思うとちょっと気が重いけど、そんなことを言っている場合ではない。
翌朝。私たちは国境でエーレンス王一行の到着を待った。フィルネツィアとエーレンスの国境は川が流れていて、両国からの街道を結ぶように橋が架かっている。向こう側から一台の馬車を中心とした隊列が橋を渡ってくきた。エーレンス王だ。
「エーレンス王がいらっしゃっいました」と騎士が告げると、待機していた国王陛下が出迎えのために馬車から降りてくた。
エーレンスの馬車がフィルネツィア側に着き、馬車からエーレンス王が降りてくる。
「久方ぶりです、フィルネツィア王」
「よくいらっしゃいました、エーレンス王」
二人の王が握手を交わして、再会を喜び合う。私の母がフィルネツィアに輿入れしてきた時以来の再会だそうなので、二十年近くのご無沙汰らしい。
「ここは寒いので、早くアルテルスの城まで参りましょう」
王都はかなり暖かくなってきたけど、このあたりはまだ肌寒い。八十を越えているエーレンス王にこの寒さは良くないだろう。もっとも、北に位置するエーレンスはもっと寒いだろうから大丈夫かもしれないけど。
アルテルスの城に入り、昼食を摂った後、さっそく会談が始まった。フィルネツィア側は国王陛下の護衛に私とガブリエラが付いていて、エーレンス王の側にも二人の護衛が付いている。
エーレンス側の護衛には山吹御苑で会ったエートールが来るのかと思っていたけど、違ったようだ。一人は男性の騎士、もう一人は魔術士の女性だ。私とあまり変わらぬ年齢のように見えるが、魔術大国のエーレンスで、この若さでもし魔術士団長だとすると、かなりの使い手なのだろう。
会談は両国の状況など、軽い話題から始まる。エーレンス王は老齢にも関わらず、かなりしっかりと話をする。体調が思わしくないのではという話だったが、とくにそういう様子も見えない。徐々に核心に近づいていく。
「我が娘ミアリーを通じて、内々に打診をしていた話なのですが」エーレンス王が切り出した。縁談の話だ。
「はい、聞きしました」心なしか父上にも緊張が走ったように見える。
「大変申し訳ないが、なかったことにしていただきたい」エーレンス王が軽く頭を下げた。
「え? なかったことにですか?」さすがに父上も驚きに目を丸くしている。
「うむ、打診をしておいて大変申し訳ない」
「いえ、こちらもまだ次期王が決まらぬ状況で、すぐにはお返事できないものと悩んでおりました。正式なお申し入れでもありませんし、問題はございません」
「そうでしたか。実は、第一王子タルナートには、ここにいる魔術士団長のレナータを娶らせることになったのです」エーレンス王が後ろに控える女性魔術士を指すと、
「エーレンス魔術士団のレナータです。お見知りおきを」とレナータがこちらを向き、挨拶をした。
パッと見た感じは若く見えたけど、レナータはフィルネツィアではほとんど見かけたことのない黒髪に黒い瞳で、落ち着いた雰囲気を纏っている。もしかすると私より年上かもしれないと思った。
それにしても、内々とはいえ打診までしておいて、話をひっくり返すのだから、相当な理由がありそうだ。もちろんこの場ではそこまで話されないが、魔術士団長を第一王子の妻にしなければならない理由とは何だろう? などと考えている内に王同士の話はさらに進んでいた。
「この春にはぜひ援軍をいただきたいのです」エーレンス王が頭を下げ、依頼する。隣国アルントとの戦争はかなり激化しているようだ。エーレンスにとってこの話題こそが今日の会談の本題なのだろう。
「分かりました。ですが、我々もゼーネハイトとの戦争の傷が癒えておりませんし、恥ずかしながら内輪でも色々とありましたので、あまりご期待には添えないかもしれません」
「事情は理解しています。それでもフィルネツィアから援軍が来ることが大切なのです」エーレンス王はさらに言葉を続ける。「そこで、と言ってはなんですが、我らの同盟強化の証として、そこにあるテオドーラの剣を正式に貴国に進呈したい」エーレンス王が横のテーブルに置かれた剣を指差した。
意外な展開に思わず声が出そうになった。これほどの剣を手放さなくてはならないほど状況が悪化しているのだろうか?
「エーレンス王家に伝わる宝剣ですが、そこの我がひ孫でもあるブレンダがずいぶんと剣を気に入っていると聞いています」エーレンス王が私に微笑みかけた。きっと母からそんな話がいっているのだろう。気に入っているわけではないけど、必要なことは間違いない。私もエーレンス王に微笑みながら同意のお辞儀をした。
「それはありがたい話ですね。ブレンダは剣技に熱心で頼もしい娘です。同盟のさらなる強化については承知いたしました。援軍についての具体的な話をしましょう」と父上は承諾し、その後は援軍についてのかなり細かい話が進められた。
夜は晩餐会が行われ、私は初めて曾祖父であるエーレンス王と話をすることができた。会談が上々の結果で終わったこともあって曾祖父はとても明るく、楽しく話ができた。
翌朝、エーレンス王一行を国境まで見送り、私たちは王都への帰途に着く。帰りもエイナルは通過して、ベーアシュミーデの城で一泊することになっている。馬車は行きと同じく、国王陛下と私、ウェンディ、ガブリエラの四人だ。
「思いがけない展開になりましたが、テオドーラの剣が手に入って良かったですね」とガブリエラ。
「うむ。代わりに結構な軍を出すことになったがな」と言いながらも国王陛下は笑顔だ。
「それにしても、まさか剣をいただけるとは、よほどエーレンスは困っているということでしょうか?」私は疑問を口にした。
「うむ。困っているのは間違いないだろうが、あの剣の性質にもよるのだろうな」
「性質ですか?」
「あの剣は邪を払うと言われているだけあって、人間同士の戦いではただの宝剣なのだ。エーレンスで今必要なのは、テオドーラの剣よりも援軍ということだ」
「それに」ガブリエラが補足する。「ブレンダ様が欲しがっているという前情報が大きかったのではないですか? ミアリー様のお手柄ですね」
たしかに、エヴェリーナの件があったので私たちはあの剣が持つ真の価値を知っている。だが、知らなければただの噂付き宝剣だ。もしかすると、母上はエヴェリーナの件も詳細はエーレンスに報告しなかったのかもしれない。帰ったら母上にはお礼を言わなくてはならないな。
「それに縁談の話も白紙になって、これほど思った通りの結果になるとは、逆にちょっと怖いな」国王陛下は昨日のお酒が少し残っているのか、いつもより饒舌だ。
「我が国への打診を白紙にしてまで、あの魔術士団長と結婚する必要があったということですよね?」私は疑問を口にする。「どのような事情なのでしょう?」
「事情ならいくらでも考えられる。第一王子との婚姻ともなれば、さまざまな思惑が交錯することになる。たとえば、同盟強化ではなく、エーレンス国内をまとめるためにあのレナータという魔術士団長を嫁がせることもあるだろう」
「レナータ殿はエーレンスの有力領主の娘なのかもしれませんね」とガブリエラ。「第一王子の妃となるわけですから、こちらでも背景などは調べた方がよろしいでしょう」
「うむ。どのみち婚姻の儀には出席することになるであろうし、調べさせておこう」
同盟国の次期王子が結婚するわけだから、儀式には国王陛下も出席することになる。贈り物などを用意するためにも、色々調べることは必要だ。
「とにかく、現段階では最良の結果を得たな。これで悪魔対策をさらに進められるであろう」
「はい。お任せください」ガブリエラが頷いた。
馬車内がなんとなく明るい雰囲気の中、どうもウェンディの顔色が悪いように見えた。馬車に酔いでもしたのだろうか?
「ウェンディ、気分でも悪いのか?」私はウェンディに尋ねる。
「いえ、大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」とウェンディ。大丈夫そうには見えないが、ウェンディもここまで気を張っていたのだろう。
「エイナルも越えたし、間もなくベーアシュミーデに着く。もう問題はないだろうから、ウェンディもあまり気を張らなくていいぞ」
「ありがとうございます」
ベーアシュミーデで一泊して、私たちは王都に無事帰り着いた。
ちょっと出来すぎな結果の会談でした。




