(ターニャの視点)ルフィーナの決意
「この間の魔術はどうだった?」白いモヤの中から少女が私に問いかける。
あ、これはまた夢だ。
そして、私に問いかけているのはベアトリーチェだ。モヤの中でうっすらと姿が見えてきた。金色の瞳が印象的な少女だ。私も背は小さい方だけど、彼女はもっと小さい。子供がいたというのは本当だろうか?
「はい、役に立ちそうです。一つだけ私には使えない魔術があったのですが、ケイティ姉様が使えそうです」
「あら、そう?」ベアトリーチェはちょっと首を傾げる。「ターニャでは使えなかった?」
「はい。神聖魔術は神に仕える者しか使えないそうです」
「ああ、なるほど。ところで、状況に何か変化あったかしら?」
私はベアトリーチェに現状を話す。といっても、大した動きはない。ヴィットリーオが猫になるのを気に入っているようだと話したら、呆れたように苦笑していた。
「テオドーラの剣はやはり返却してしまうのかしら?」
「そうだと思います。ブレンダ姉様もアグネーゼ姉様はとくに何も言ってませんでしたよ」
「そう」ベアトリーチェは頬に手を当てて少し考え込む。
「あの剣があればクラインヴァインを倒せるのですか?」
「いえ、でも傷を負わせて動きを止められるわ。もっとも、傷もすぐに治っちゃうけどね」
それでも動きを止めるにはかなり有効な手段なのだという。「すぐ治るとはいっても、傷ができれば痛いのは悪魔も変わらないからね」と言ってベアトリーチェは笑った。
「剣がないのであれば、魔術で足を止めるしかないわね。ターニャは練習嫌いみたいだけど、頑張って、この間の魔術を使いこなせるようにしてね」
「うぅ……、分かりました」
あら? 私が起きている間は、彼女は私の中で眠っているはずだが、なんで私が練習嫌いと分かるのだろうか? まさか……
「ベアトリーチェ、もしかして私の記憶とか感情を読めたりするのですか?」
「いいえ」ベアトリーチェは私を安心させるように微笑む。「読めないわよ。とくに、他人に見せたくないと思っている感情や記憶には厳重な鍵が掛かっているから、中にいても読めないわ」
まぁ、私が勉強や練習を嫌いなのは周知の事実なのでどうでもいい。私はクラインヴァイン対策をベアトリーチェに確認することにする。
「クラインヴァインが目の前に現れたとして、私たちで足止めをして、それからどうするのですか?」
「私が封印し直すわ」
「封印のための魔力はあるのですか?」
「それは大丈夫。あなたの中で眠りながら徐々に回復しているし、封印にはヴィットリーオの力も借りられることになっているわ」
「なるほど」
彼女はただ私の中にいるだけでなく、休んで魔力を回復させているのか。とすると、別の疑問も湧いてくる。
「あなたの魔力が回復してくると、クラインヴァインに居場所がバレやすくなるのではないですか?」
「あら、鋭いわね」ベアトリーチェはいたずらっぽく笑う。「そういうことになるわね。だから、いずれ彼女とは出会うことになるわね」
やっぱり釣りの餌なのですね。でも、対策さえ決まれば、逆に早く現れてくれるほうが、来るのか来ないのかと気を揉んでいるより良いだろう。
「封印の魔術は、祈りに時間が掛かるの。あなたたちには、その間の足止めを頼むことになるわ」ベアトリーチェは真面目な顔で私を見つめる。「あなたとケイティが頼りなのでよろしくね。ケイティにもそう伝えておいて」
「分かりました」
話をしているうちに、モヤが濃くなってきた。そろそろ終わりだろうか。私は一番気になっていることを聞いてみることにする。「ところで、ベアトリーチェ。私からはあなたが少女のように見えるのですが、いったいおいくつなんですか?」
「フフフ、それは内緒よ」いたずらっぽく笑うと、ベアトリーチェはモヤの中に消えていった。
「おはようございます、ターニャ様」
「……。おはよう、ルフィーナ」
どうもベアトリーチェと話した後は目覚めが悪いというか、眠ったような気がしないというか、モヤモヤした気分だ。
「眠そうですね」とルフィーナが私の顔を覗き込む。「もしかして、またベアトリーチェと話したのですか?」
「ええ。話しました」私はルフィーナにベアトリーチェとの会話内容を話す。
「なるほど、ベアトリーチェが封印をし直すのですね」
「私たちの役割は足止めですね」
「では、私の役割は、足止めをするターニャ様をお守りすることになりますね」
「ええ、よろしくお願いします」私は伸びをして、ベッドから降り、着替えを始める。「早く準備しないと学校に遅れますね」
ちょっと考え込むような様子を見せていたルフィーナが、意を決したように言う。「ターニャ様。お願いがあります」
「はい? なんですか?」ルフィーナがお願いとは珍しい。
「聖堂に入信して、神に仕えたいのです」
「は?」
一瞬ルフィーナが何を言っているのか理解できなくて固まってしまった。だが、すぐに分かった。「……神聖魔術のためですか?」
「……はい。今のままでは私はターニャ様をお守りできないかもしれません。クラインヴァインが現れるまでに、万全を期したいのです」ルフィーナの目は本気だ。
「でも、それなら神聖魔術じゃなくても良いじゃないですか。防御魔術でも――」と言いかけて私は気付いた。ルフィーナは魔力を持たない、純粋な剣士だ。防御魔術は使えない。
「はい。私は魔術は使えません。でも、神聖魔術は魔力ではなく、神にお仕えすることで、その祈りにより発動するとロザリア殿に聞きました」たしかに、ロザリアもエレノアも魔力はないが、神聖魔術を使えている。
「……分かりました。ケイティ姉様に話してみましょう」
「ありがとうございます」ルフィーナはちょっと微笑んだ。
正直言うとちょっと気が重い。ヴィーシュではたいていの人が、聖堂や教会にあまり良い感情を持っていない。それは、代々の領主があまり信仰心を持っていないからだ。お爺さまを見ていればよく分かるけど、自分のことは自分の力で切り開くことをなにより尊ぶ。領主だけでなく、ヴィーシュに暮らす地方貴族や民も「神にすがるくらいなら自分で頑張る」ことを良しとする土地柄なのだ。そういう意味で、ヴィーシュがちょっと独特な地域だというのは王都に来てから知った。
だから、ルフィーナが聖堂に入信したと知れば、ルフィーナの両親はあまり良い顔をしないだろう。お爺さまも喜ばないと思う。でも、これは私のためにしてくれることなのだ。
私を守ってくれるルフィーナのために、私もルフィーナを守ろう、と今さらながら思った。
クラインヴァイン攻略法が見えてきました。




