(ブレンダの視点)早すぎる結婚の話
国王陛下に呼ばれ、私は会議室に急ぐ。王女として呼ばれているわけではなく、騎士団長代行として呼ばれていて、護衛のウェンディだけでなく、副団長ら騎士団の幹部も一緒だ。会議室に着くと、すでにガブリエラが魔術士団の幹部たちと着席していた。
「やあ、ガブリエラ。お待たせしてしまったかな?」
「いえ、我々も今来たところですよ」ガブリエラは微笑む。騎士団と魔術士団はあまり仲が良くないと聞いていたけど、私が騎士団長代行になってからは、そんなこともなく、幹部同士もにこやかに挨拶している。団長同士の交流も大事なのだと思った。
「国王陛下がお越しです」奥の扉から国王陛下が入ってくる。私たちは起立して、敬礼しつつ陛下をお迎えする。陛下が席に着き、我々も着席する。
「エーレンス王との会談の日取りが決まった」と陛下が話し始める。陛下の側近が私たちに日程などが書かれた紙を配る。会談は二十日ほど後だ。思っていたより早い。
「エーレンスとの国境の町アルテルスで会談は行われることになった。会談には騎士団長代行、魔術士団長も出席するように」
会談に加わるというより、私とガブリエラは会談の席での護衛ということになる。当然、道中や滞在先での護衛も必要となるので、大勢の騎士、魔術士も連れて行くことになる。とくに、アルテルスへの道中はエイナル地方を通過する必要があるため、厳重な警戒が必要だと国王陛下は付け加えた。
「会談の席で、テオドールの剣を返却する。それまでの管理はガブリエラに頼む」
「かしこまりました」
母には頼んでみたものの、やはり剣を返さないわけにはいかないか、とちょっと残念な気持ちにはなったが、返すのが当然なのでこればかりは仕方がない。
「騎士団、魔術士団は準備を整えるよう」と国王陛下は言って、席を立つ。会議は終わりだ。私たちも起立して敬礼する。
退出する国王陛下を見送っていると、陛下が振り返り、私に呼びかけた。「ブレンダ、話があるので部屋に来るように」
「はい」と私は言って陛下の後に続く。剣のことを母に頼んだことで叱られるかも、と思いながら、ちょっと暗い気持ちで付いて行く。
「ふぅ」自室の椅子に座ると国王陛下は一つため息を吐いた。これは確実に叱られると思った私に、国王陛下は意外なことを言い出した。「ブレンダに一つ聞きたいことがあるのだ」
「はい? なんでしょう?」
ちょっと言いにくそうに国王陛下が言葉を詰まらせる。こんな姿を見るのは珍しい。「その、ケイティとターニャのことなのだが……」
「はい、二人がなんですか?」
「その……、好きな男がいるとか、そういう話を聞いたことがあるか?」
「はい?」
まさか国王陛下から恋バナをされるとは思ってみなかった。だが、すぐに気付いた。これは別に、浮かれた話をしようというわけではない。
「国王陛下、いえ、父上。もしかして二人に縁談ですか?」
「うむ……。次の会談でエーレンスから申し入れがあるだろう」
「エーレンスからですか?」
「うむ」
エーレンスからはすでに母上が嫁いできているのだし、これ以上、婚姻関係を深める必要があるのだろうか?
「ミアリー経由で内々に打診が来たのだ。会談で話をしたいと」
「母上経由でしたか。でも、なぜ縁談を?」
「エーレンスは我が国とさらに親交を深めたいのだそうだ。あちらも周辺国との関係が良くない。同盟を強めておきたいのだろう」
エーレンスは周辺の国と常に領土争いを繰り広げていて、最近はさらに激化しているらしい。だが、同盟国であるフィルネツィアはゼーネハイトと戦争をしていたので、まったく援軍を送らなかった。ゼーネハイトとの戦争が終わった今、援助を求めるためにさらに関係を強化したいのではないか、ということのようだ。
「今年成人した第一王子に、ケイティかターニャを迎えたいということだ」
エーレンス王の血を引く私は最初から除外として、ひと揉めあったアグネーゼは王妃に迎えづらい。結果残るのはケイティとターニャの二人だ。
ちなみに、エーレンスの王位継承は他の国と異なり、独特な決め方をする。まず王の子供世代で年齢順に継承順が決まる。だが、王が存命のうちに、子供世代に子供(つまり孫)ができ、孫世代に成人者が出ると、継承権は孫世代に移る。子供世代は全員継承権を失う。そしてさらに孫世代に子供(ひ孫)ができ、ひ孫世代が成人すると、継承権はひ孫世代に移り、孫世代は継承権を失う。
ちょっと分かりにくいが、今のエーレンス王はすでに齢八十を超えている。ひ孫世代が今年成人を迎えたので、その世代の嫡男が第一王子となったのだ。その第一王子にケイティかターニャを次期王妃として迎えたいということだ。
「ですが、フィルネツィアはまだ次期王が決まっていません。二人も次期王になる可能性があるのに、婚姻を決定するわけにはいかないのではないですか?」
「そうだ。だからこそ、どちらかと言ってきているようだ。次期王にならなかった方で、ということだろう」
「次期王選定を理由に引っ張れませんか? いくらなんでも、二人はまだ学生で、嫁ぐには早すぎます」
「うむ……」
だが、そうもいかない理由があるらしい。母の見立てでは、エーレンス王は健康状態が思わしくないのだろうということだ。つまり、一日も早く王子に王位を譲りたいのだ。だが、現王が退位するとフィルネツィアとの関係が薄くなる。第一王子にとってミアリーは叔母に当たるが、会ったこともない親戚だ。そこで、関係を強化しておきたいのではないかという推測だ。
「おそらくミアリーの推測は正しいと思う。思えば、今回の会談もずいぶんと急いでいた。もっと暖かくなってからこちらがエーレンスまで伺うと申し入れていたのに、アルテルスまで出ていくので早く行いたいと言ってきたのだ」
「なるほど……。しかし、ケイティをエーレンスに出すと言えば、聖堂が大反対するでしょう。ターニャは絶対に嫌がるでしょうし、ヴィーシュ侯も黙っていないと思います」
「うむ、どちらも後ろ盾が大きすぎるな……。だが、断る理由も見当たらぬ」
それに、望まぬ婚姻を強いたくないのだと国王陛下はつぶやく。これが父としての本心だろう。
「済まぬが、ブレンダ。二人にそれとなく、結婚についての将来像を聞いてみてくれぬか?」と苦悩に満ちた目で私に頼む。
「……分かりました。それとなく聞いてみましょう」
また国王陛下の父としての一面を見たような気がするが、そんな呑気なことを言っている場合ではなさそうだ。ウェンディへの結婚話だけでも一杯いっぱいなのに、その上妹たちの結婚のことまで考えなくてはならないとは。
父親らしい表情も見せる国王陛下でした。




