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(ターニャの視点)魔術女子会

「ヴィット」

「にゃあ」

「……なんで離宮でまで猫なんですか?」


「おっと」と言ってヴィットリーオが猫から人間に戻る。「あんまり楽なもので戻るのを忘れていました」


 夕食までにはまだ時間があるので、ちょっと宿題に手を付けてみたものの、すぐに飽きてしまった。また後でやろう。


「良いですね。だんだん暖かくなってきたので、昼寝にも良い季節になってきましたし。私にも猫になれる魔術を教えてください」

「それはダメです」ヴィットリーオはニヤっと笑って言う。「これはかなり難しい魔術なので、もっともっと勉強が必要です」

「……いつか、学べると良いですね」


 どうもヴィットリーオが使っている珍しい魔術は、かなり高度なものらしい。いくつもの魔術陣を組み合わせて、使う魔力の性質などにも細かい決まりがあるらしい。昔の魔術士は大変だったね。


「魔術は時を経るに従って、簡略化され、効果もシンプルになっていくものです。使いやすいものが残り、複雑なものは廃れてしまいます。防御魔術一つ取っても、昔は複数属性に効果のある防御魔術がありましたが、今は単一属性のものしか残っていないようですね」

「生まれたのがこの時代で本当に良かったです」


 そういえば、ヴィットリーオの側近ぶりもかなり板に付いてきた。猫の時はともかく、側近の時の言葉遣いや振る舞いはもう完璧だ。他の側近たちとも上手くやっている。


「側近生活はどうですか?」

「実に楽しく、興味深いです」

「それは良かったです」


 ヴィットリーオはスッと私の後ろに立ち、すでに手慣れた手つきでお茶を入れてくれる。側近魔術士の役なのだから、そこまでは求めていないのだけど、本人はいたって楽しそうだし、まぁ良しとしよう。


「ヴィット、一つお願いがあるのです」

「なんでしょう? ターニャ様」

「次の休みに、ケイティ姉様とロザリア、それとウェンディ、ガブリエラがここに来ます。私がベアトリーチェから教わった魔術や、ケイティ姉様の新しい神聖魔術などの話をする予定です」

「存じています。女子会なので口を挟まないように、ですか?」とヴィットリーオ。女子会なんて言葉をどこで仕入れたのだろう。

「いいえ、逆です。ヴィットにもその話に加わって欲しいのです」

「よろしいのですか? 古い魔術しか知りませんが、それでよろしければ」

「お願いします。何かアドバイスなどがあれば、ぜひ教えて欲しいのです」

「かしこまりました」


 クラインヴァインと戦うことになった場合、おそらく物理攻撃は効果がないだろう。テオドーラの剣があれば話は別だが、エーレンスが返却を待ってくれるかは分からない。

 そうなると、鍵はやはり魔術ということになる。エヴェリーナの時に効果があった神聖魔術がクラインヴァインにも同じように効果があるかは分からないが、私たちが魔術でできることを整理しておく必要がある。そして、足りない部分が分かれば、ベアトリーチェやヴィットリーオを頼れば良い。




 次の休日。ケイティとロザリア、ウェンディ、ガブリエラが離宮にやってきて、魔術の話し合いが始まった。本当はアグネーゼとエレノアにも出席して欲しかったのだけど、出掛ける用事があるそうで、二人には後で話を伝えることになっている。ちなみにブレンダは「魔術の話はサッパリだから遠慮する」と言っていた。


「では最初に、ターニャがベアトリーチェから教わったという魔術の話を聞かせてもらいましょうか」ガブリエラが興味深げに私に話を振る。

「そうですね。いくつか教わりました。一番役に立ちそうなのは、緊急脱出の魔術ですね」私はテーブルに用意されていた紙に魔術陣を描いた。「光と風属性の魔術を組み合わせたもののようです」

「ふーん、転移魔術の簡易版みたいなものなのね」ガブリエラが魔術陣を見ながら言う。「脱出先はあらかじめ魔術陣に組み込んでおくのね?」

「はい、そうです。どのくらい距離があっても大丈夫なのかは試してみる必要がありそうです。あと、同時に何人移動させられるかは、魔術陣の大きさによるところだと思います」

「なるほど、これは良い魔術ですね」ケイティも感心顔だ。


 緊急脱出の魔術というのはすぐに分かったんだけど、これが光と風の組み合わせだというのは実はヴィットリーオから聞いたのだ。ちらっとヴィットリーオの方を見ると、ニヤッとしたので気付かぬ振りで黙殺だ。


「次は防御魔術の強化版ですね」私はまた紙に魔術陣を描く。「これまでの魔術陣より少し構成が複雑なのですが、魔力の消費量が少なく済み、効果も高まるようです」

「それはすごいですね」とウェンディが目を見張る。

「もともとはこちらの魔術陣がよく使われていたそうですが、いつの間にかシンプルなものが主流になったようです」

「これはぜひ使えるようにしなくてはなりませんね」と言うウェンディに、祈りの言葉も教える。ウェンディならすぐに使いこなせるだろう。


「次は光の攻撃魔術の強化版のようです」私はいくつかの魔術陣を紙に描く。「まだ試せていないのですが、魔術陣の複雑さから結構強力なものばかりのようです」

「それは悪魔にも効くのかしら?」とガブリエラはヴィットリーオを見ながら尋ねる。

「足止めくらいにはなるかと」ヴィットリーオが肩をすくめる。「傷を与えるほどではありませんね」


 光属性は、闇属性に対して大きな効果を持つが、悪魔は別に闇属性ではないし、闇属性の魔術しか使わないわけでもない。そもそも耐性の高い悪魔に致命傷レベルの効果を持つ魔術はない、とヴィットリーオは付け加えた。


「ベアトリーチェでも倒すまではいかなかったわけですから、そこまでの効果は期待しなくても良いでしょう。魔術で動きを止めたり、自由を奪ったりすることで、その先の作戦に繋げれば良いのです」とケイティは言う。もっとも、その先の作戦はまだ決まっていないわけだが、そもそも魔術でどこまでできるかを仮定しなくては作戦も立てられない。


「あと、効果が分からないのが、この魔術なのです」私は一つの魔術陣を描き、祈りの言葉もそこに添える。「ウェンディに聞きたいと言っていたのはこれです」と言ってウェンディの方に差し出す。

「失礼します」と、ウェンディが紙を手に取りじっくり眺めて言う。「なんでしょう? 見たことのない構成ですね。祈っても発動しないのですか?」

「ええ、魔術陣を展開して祈りの言葉を唱えても発動しないのです」

「ヴィットリーオは知らないの?」ガブリエラが尋ねると、

「私も知りません。ベアトリーチェのオリジナル魔術かもしれません」とヴィットリーオは答えた。


 テーブルに戻された紙をケイティが手に取り、ちょっと目を細めたかと思うと、隣の席に座っているロザリアに見せる。「ロザリア、これは……」と小さな声で言う。

「……はい、ケイティお嬢様の考えている通りかと」

「なんですか?」と私がケイティに尋ねると、ケイティはいったん目を閉じて話し始める。


「これは神聖魔術ですね。しかも秘伝書レベルのものです。聖堂の最高機密なのですが、まさかここで目にするとは思いませんでした」

「神聖魔術ですか。それで私には使えなかったのですか?」

「ええ。神聖魔術は神に仕えなければ使えないのです。ターニャには使えません」


 なるほど、使えなかった理由が分かった。それにしても、ベアトリーチェは神聖魔術まで使えたとは驚きだ。そういえば、あの『魔術の奇蹟』にはベアトリーチェが「神の使い」と呼ばれていたと書いてあった。たしかにその呼び名に相応しい魔術士だ。


「ベアトリーチェの時代には神聖魔術と呼ばれていたわけではないでしょう。この手の魔術が整備されたのはもっと後の時代だと思います。もしかすると、神聖魔術の源はベアトリーチェなのかもしれませんね」

「なるほど。二千年前には聖堂や教会はあったのかしら?」と私が尋ねると、

「教会のようなものはありました」とヴィットリーオ。「ですが、教会の者が魔術を使っていたという記憶はありませんね」


 とすれば、やはり後の時代になって聖堂や教会が勢力を増してから、神に仕える者が使える魔術を神聖魔術として体系付けて整備したのだろう。


「では、ケイティ姉様ならこの魔術は使えますか?」

「使えると思います。ただ、どのような効果か分かりませんので、改めて調べてみますね」とケイティは、私が魔術陣を描いた紙を受け取った。


「さて、これでターニャが知った新しい魔術は全部かしら?」とガブリエラが私に尋ねる。

「はい、これで全部です」

「攻撃と防御に脱出まで、結構なパワーアップになったんじゃないの?」

「そうですね。ただ魔力の消費も増えそうですから、その辺は気を付けないといけないと思います」

「ケイティ様はどうかしら? 神聖魔術関連で何かある?」ガブリエラはケイティに話を振る。


「お爺さまから神聖魔術の秘伝書を見せてもらいました。防御のための結界を張ったり、相手の強化魔術を打ち消したり、使えそうな魔術もあったのですが、どれも触媒が必要な魔術でして……」とケイティはちょっと悩んでいる表情だ。

「珍しい触媒が必要なの?」

「ええ、フィルネツィアでは採れないものも結構ありますね」

「なるほど」とガブリエラは頷くと、「魔術士団には色々な触媒が備えてあるので、もしかすると必要とする触媒もあるかもしれない。必要な触媒のリストをいただければ調べて、もしあればお分けするわ」と言った。

「ありがとうございます。では、リストはすぐにお渡ししますね」


 これでクラインヴァインを倒したり、封印することはできなくても、足止めくらいはできるのではないだろうかと思い、ヴィットリーオに感想を聞いてみることにした。


「どうですか? ヴィットリーオ。これなら多少の戦力にはなりそうですか?」

「いや、驚きました」ヴィットリーオはいったんそこで言葉を切り、私たちを見渡して続ける。「私が思っていた以上に、魔術が使えるのですね」

「そうなのですか?」

「私が封印される前に見ていた人間たちは、ベアトリーチェを除いて、大した魔術を使うことはできませんでした」

「魔術をしっかり勉強する環境もなかったのでしょうね」とガブリエラが相づちを打つ。

「精度と威力を高めていけば、防御や足止めは十分可能でしょう」とヴィットリーオは言って、ケイティのほうを向く。「ケイティ様の神聖魔術が鍵になりそうですね。ぜひ使いこなせるようになっていただきたい」

 ケイティは頷き、「努力します」と言って、微笑んだ。


 これでひとまず女子会は終わりかなと思ったら、ヴィットリーオが私に「もちろん、ターニャ様も練習とお勉強が必要ですよ」と言うので、返事はせず、ケイティの真似をしてニッコリ微笑んでおいた。

色気のない女子会でした。

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