(ブレンダの視点)母と娘
「さっきからあくびばかりだけど、よく寝れなかったのか?」
あまりにターニャがあくび連発なので、私は聞いてみた。昼食もあまり進んでいないように見える。
「いえ、寝てはいたのですけど、眠ったような眠ってないような……ふわあぁ」ターニャはまたあくびだ。
「色々ありすぎて、神経が疲れているのかもしれないな。医師に診てもらってはどうだ?」
「いえ」ターニャはかぶりを振る。「そういうわけではなく、夢にベアトリーチェが出てきて、話をしていたので、それでなのです」
「夢に?」
「夢と言っても、私の中にいるベアトリーチェとの話なので、眠ってはいても起きていたような感じで……」
ベアトリーチェはターニャが寝ている時しか出てこれないと言っていた。それは、ターニャは寝ている間にベアトリーチェと話せるということなのだろうか。
「あら? ベアトリーチェと話せたの? 何か言っていた?」アグネーゼが身を乗り出す。
「いえ、謝罪のために出てきたようでした。あと、古の魔術をいくつか教わりました」
「古の魔術ですか? どのようなものです?」今度はケイティが食いついた。
「緊急避難の魔術や防御魔術の強化版とかですね。机や椅子を出す魔術が欲しかったのですが……」と不満顔のターニャ。
「フフッ、この事態にありがたい話ではないですか。クラインヴァインに備えるための魔術はいくつ知っていても無駄ではないでしょう」
「そういえば、一つ私には使えない魔術があったので、今度ウェンディに見て欲しいのです」
「かしこまりました。いつでもお声掛けください」とウェンディ。
ベアトリーチェの話が一段落したところで、私は気になっていたことをターニャに聞いてみる。
「ヴィットリーオはどうしたのだ? さすがに女学校には入れないか?」
「……いえ、それがですね」ターニャはちょっと目を泳がせる。そして窓の外に目をやる。「あれです」
「あれ、とは?」窓の外は青空だ、と思ったら、窓の外、正確には下階の窓を覆う庇の上に一匹の白い猫が気持ちよさそうに丸まって昼寝している。「まさか……」
「そのまさかです」肩をすくめてターニャが言う。「学校では猫になって私の側にいるそうです」
そんなことまでできるのかと呆気にとられたが、たしかに猫なら学校から追い出されることもなく、ターニャの側にいることは可能だろう。よく考えたものだ。
「……かわいい猫なのが、ちょっとイラッとします」とターニャが言うと、窓の外の猫がチラッとこちらを見て、大きなあくびをしたかと思うとまた丸まってしまった。
「まぁこれで後は、我々がどうクラインヴァインに備えるかを考えるだけだな」
「そうだ、ブレンダ姉上」アグネーゼが思い出したかのように私に声を掛ける。「テオドーラの剣をエーレンスに返さない方法はないかな?」
「……うん」実は私もクラインヴァインの話が出た時に、すぐテオドーラの剣のことを思い出した。あの剣なら、抑えることができるのではないかと。しかし、「残念だけど、借りたものを返さないわけにはいかないな」
「たとえば、ブレンダ姉上がひ孫としてエーレンス王に甘えてもダメかな?」
「無茶を言わないでくれ」私は苦笑しながら言う。そんなキャラではないし、「エーレンス王はたしかに曽祖父だが、会ったこともないよ」
「そうだよねぇ」アグネーゼが残念そうに肩をすくめる。「ベアトリーチェから頼まれたんだけど、返さないで済む方法なんかないわよねぇ」
「うむ……。ベアトリーチェも言っていたのか。……気は進まないが、母上に相談してみよう」もっとも、それにはまず、母との関係を修復しなければならないわけだが……。
後宮に戻ると、さっそく母に面会を申し込む。「お会いになるそうです」とウェンディが返事を持ってきたので、母の部屋に移動する。
「母上、お元気そうですね」我ながら変な挨拶だが、同じ後宮にいるのにあまり顔を合わさない母に何と言って良いか分からず、思わず口から出た。
「元気ですよ。ブレンダは相変わらず忙しそうね」母の言葉にはちょっとトゲがあるように聞こえる。私のほうに目線を向けてくれないし、話しづらいな。
「母上、最近はエーレンスと連絡を取っていますか?」
「いいえ、テオドーラの剣のことで陛下からお叱りを受けましたので、取っていません」
「……そうですか。なんというか、済みません、母上」
「……ブレンダ。あなたの責任ではないことは分かっています」母は窓の外を見ながら言葉を続ける。「ただ、母の気持ちが届かないことが寂しいのです」
母の気持ちは分かっている。私に次期王になって欲しいのだろう。だが、私は次期王にとくにこだわりはない。それを寂しいと言われると、返す言葉が見当たらない。
「母上……。エヴェリーナの時もそうでしたが、今は次期王にこだわっていられる時ではないのです」私は精一杯の言葉を絞り出す。「いったん、次期王争いのことは忘れてもらえませんか?」
母は私のほうを向き、「今何が起きているかは知りません。ですが、ブレンダ。それが片付いたら、次期王を目指すと約束してくれますか?」真剣な目で私に問いかける。
「……分かりました。約束しましょう。ただ、母上。そのためにエーレンスの力は借りません。母上も私を信じて見守ってくれますか?」
「……分かりました」頷く母。これでわだかまりが少しでも晴れてくれると良いのだが。そして、エーレンスの力は借りないと言っておきながら、それに反することをこれから頼まなければならない自分が苦しいが、仕方ない。
「ありがとうございます。そうは言いながらも、母上の協力をお願いしたいことがあるのです」
「あら、なんですか?」ちょっと表情が明るくなったように見える。
「テオドーラの剣が今後また必要になるかもしれないのです。お知恵を借りられませんか?」
「また必要に? あなたが必要なの?」
「はい。そしてみんなのためでもあります」
母はちょっと考え込み、しばらくすると口を開いた。「あなたが必要というのなら、考えましょう。ちょっと時間をください」
「ありがとうございます。母上」
可能性は薄いかもしれないが、これで何か道が開けるかもしれない。母との関係も少し修復できたので、とりあえずは良しとしよう。
ちょっとだけ母と和解したブレンダでした。




