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(ターニャの視点)ヴィットリーオと私

 あっという間に次の休日がやってきて、私たちはまたブートリアのダンジョンに向かう。今回は四姉妹とその護衛、ガブリエラと魔術士団、それに騎士団も加えて、総勢四十名近い人数だ。

 入り口で馬車を降り、騎士と魔術士が隊列を組んで進んでいく。私たちはその後を付いていく。


「さすがにこう何度も来ていては、魔物もいないわね」アグネーゼが退屈そうに言う。

「アグネーゼはもう四回目ですものね」とケイティが少し笑う。

「こんなに来ることになるとは思わなかったわ」


 最奥の部屋に入ると、あらかじめ決めておいたのであろう、魔術士と騎士たちが配置につく。牢の前には盾を構えた騎士が並び、その後ろにガブリエラが立ち、私たち姉妹はその後ろだ。ちょっと牢から遠くない?


「ヴィットリーオ、来ましたよ」とガブリエラが声を掛ける。

「あぁ」と言って牢の中でヴィットリーオが身体を起こす。大勢の魔術士や騎士を見て、口の端を少し上げ、「大層なことだな」とつぶやく。


「こんな警戒は意味ないでしょうけど」ガブリエラは肩をすくめる。

「まぁ、そうだな」と言ってヴィットリーオが立ち上がる。そして鉄格子のほうに歩いてきて、その手を鉄格子に触れた。すると、鉄格子が一瞬光を放って、消え失せた。


「え!?」とガブリエラの声が響くとともに、盾を構えた騎士たちに緊張が走る。私たちも息を飲んだ。


「ご覧の通り、牢の結界は消えた。もう警戒は無駄なので、そんなことよりも話をさせてもらおう」ヴィットリーオの目は私とアグネーゼを見つめている。


「そうね、時間が勿体ないわ」アグネーゼが私の手を引いて前に進む。ヴィットリーオが指を弾くと、そこにテーブルと椅子が現れた。そんな魔術があるとは驚きだ。ヴィットリーオは、「立ち話もなんだ。そこに掛けると良い」と言って自分も腰掛けた。


 私とアグネーゼは、ヴィットリーオの向かいの席についた。私たちの後ろにはガブリエラ、ブレンダ、ケイティ、護衛たちも立って、私たちを見守る。ヴィットリーオがアグネーゼに話し掛ける。


「アグネーゼ、ベアトリーチェとは話したか?」

「ええ」と頷くアグネーゼ。「気さくな大魔術士だったわよ」あっけにとられる私たちを横目にアグネーゼは話を続ける。


「でも、時間がなかったらしく、詳しくはあなたに聞けと言ってたわ」

「さもあらん」ヴィットリーオはクククと笑う。「人間とは不便なものだな」


 私はアグネーゼの袖を引き、尋ねる。「アグネーゼ姉様はベアトリーチェに会ったのですか? というか、生きているのですか?」

「ええ。ターニャを転移させたのは、ターニャの身体を借りたベアトリーチェだったのよ。詳しくは分からないけど、ベアトリーチェの魂はまだ生きているの」とアグネーゼは私に言う。

「ええ……?、それは本当なのですか?」

「本当よ。離宮に戻ってから、あなたの身体を借りたベアトリーチェと話したもの。それも含めてこれから話をするわね」


 朝起きたらアグネーゼのベッドに寝ていた時か……、と思いながら、あまりに突飛な話に頭が追い付かない私を置き去りにして、アグネーゼは視線をヴィットリーオに向け、改めて話を始める。


「ベアトリーチェの言う通り、牢の封印が消え、ヴィットリーオ以外の悪魔も解き放たれることになるわ。ベアトリーチェはあなたに何を望んだの?」

「それには我が封じられる前のことから話さねばならないな」長い話になるぞと言って、ヴィットリーオがまた指を弾くと今度はテーブルの上にお茶が現れた。


「あの、ヴィットリーオ、ちょっといいですか?」私は話が始まる前に、気になっていることを言ってみる。「ブレンダ姉様とケイティ姉様にも椅子をお願いできませんか?」


 そんなことを私が言うとは意外だったようで、ヴィットリーオはクククと笑いながら「これは失礼した」と言って、指を弾いて椅子とお茶を二つ追加した。

 ブレンダとケイティが椅子にかけると、ヴィットリーオは話を始める。


「もう気掛かりはないな? では本題に入ろう。遥か昔、まだお前たち人間がこの世界に誕生するよりも前、この世界にはこの世界を作った神々しか存在しなかった。

 暦の概念もなかったゆえ、どれくらい昔のことかは分からぬが、ある時、神々は人間を作った。なんためなのか、どういう意図なのかは知らぬ。その後、人間は猛烈な勢いで繁殖し、この世界を覆うほどに増えた。

 神々は世界を手狭に感じでもしたのか、人間で溢れる地上を捨て、天に上った。その時、神々との繋がりを持たせるために人間に与えたのが魔術だ。

 一方で、天に上らない神々もいた。彼らは人間との共存を選び、地上に留まった。そして、地上に残った神々の中には、人間と交わることで堕落し、闇に落ちる者も現れた。それがお前たちが悪魔と呼ぶ存在だ。

 誤解があるかもしれぬが、悪魔といっても、常に傍若無人、悪逆非道に暴れ続けているわけではない。悪魔はそれぞれ勝手気ままに地上で生き続けているだけだ。長い時を経た今、この世界に残っている悪魔は五柱だけだ。我もその中の一柱である。

 そしてある時、お前たちの歴史で言えば二千年ほど前ということになるが、クラインヴァインという悪魔が我らにこう言った。人間を滅ぼすので手を貸せ、と。退屈に倦んでいたパーヴェルホルトがすぐさま話に乗ったため、我らも手を貸すことになった」


「ちょっと待って」とアグネーゼがヴィットリーオの話を遮る。「ということは、世界を滅ぼそうとしたのは、クラインヴァインとパーヴェルホルトなの?」

「パーヴェルホルトは退屈だったので話に乗っただけだな。何も考えてない奴だからな。滅ぼそうとしたのはクラインヴァインだけだ」

「あなたはなぜ止めなかったの?」

「止める理由がないからな」と言って、ヴィットリーオはまた話を続ける。


「話を続けるぞ。人間を滅ぼすといっても、言うほど簡単ではない。数が多いし、抵抗もする。神々から与えられた魔術もある。我らはいつしか戦いにのめり込んでいた。

 そして、世界の大半を制圧した時に現れたのが、ベアトリーチェだ。信じられぬほど強力な魔術で我らを撃退し、一柱一柱封印していった。我もあっさりここに封印されたというわけだ。

 ベアトリーチェは牢に強力な封印を施し、さらにダンジョン自体も封印して、世の中に現れぬようにした。それから人間の世界がどうなったのか、我は一切知らぬ。

 二千年の時を経た今、どちらの封印も消え、こうして我は自由を得たというわけだ。同じように、他の四柱の悪魔も自由となったであろう。

 なぜベアトリーチェの封印が消えたのかは知らぬ。それはベアトリーチェに聞いてみるが良い。その娘、ターニャの魔力の中で眠っているのだから」


「は!?」と思わず声が出てしまった。二度、身体を借りられただけでなく、私の中にベアトリーチェがいるということ?


「魔導書を失った以上、その辺を漂っているわけにもいくまい。お前の魔力は宿るのに都合が良いらしいからな」ヴィットリーオはクククと笑う。

「……都合って言われましても……」

「お前が寝ているときにしか目覚められないらしい。一つの身体に異なる意識が同時に存在するのは良くないらしいのでな」


 それで私が寝ている時に、ここに転移したり、アグネーゼと話したりしていたのか。


「さて、ここからが本題だ。人間が気になるのは、解き放たれた悪魔がどう動くかということだろう。我は別に人間を害するつもりはないが、クラインヴァインはおそらく違うだろう。

 奴はまた人間を滅ぼそうとするかもしれんし、封印された恨みからベアトリーチェを消しに来るかもしれぬ。とにかく危険な奴なのだ。

 そこで、ベアトリーチェが我に協力を依頼したのが、クラインヴァインと接触し、奴の意向を知り、世界を滅ぼそうというのなら止めることだ。

 もっとも我の制止など聞くような奴ではないが、悪魔同士で争えば共倒れなことも奴は知っている。我の思惑を完全に無視することもできまい」


 アグネーゼが言葉を挟む。「クラインヴァインがどこにいるかは分かるの?」

「いや、分からぬ。残念だが、ベアトリーチェも覚えていないそうだ。あの頃とはかなり地形も変わってしまっているらしいからな。だが、ベアトリーチェがここにいる以上、奴はいずれ現れるだろう」


 ヴィットリーオがそう言ったのを聞いて、私は思わず言う。「まさか、私は釣りの餌ですか?」


「ククク、お前というか、ベアトリーチェがな」

「私に宿っている以上、同じことじゃないですか……。そんな危険な役は遠慮したいのですが」

「残念だが、ベアトリーチェが宿れる人間は限られている。お前以外にいないと言っても良い」


 ヴィットリーオは、魔力の量、質、神への祈りの届きやすさなどさまざまな条件が揃わなければ、ベアトリーチェは宿れないと言った。


「なぜ、私が……」

「分からぬのか、お前はおそらくベアトリーチェの遠い子孫なのだ」

「ええ?」


 私がベアトリーチェの子孫とは驚きだ。他の姉妹がそうではないなら、母方にベアトリーチェの血が流れているのかもしれない。


「でも、そんなことは聞いたことがありませんよ。それにベアトリーチェが自ら命を絶ったのは少女の頃のことじゃないのですか?」それに魔導書が消滅する時に見えたのは、ベアトリーチェらしき少女だったはずだ。子供がいるようには見えなかった。


 ヴィットリーオは首を傾げる。「少女? 我はたしかに小娘とは言ったが、人間で言えば十分に成人した年齢だったはずだ。それにベアトリーチェが自ら命を絶つわけがない。そんなことをすれば、封印が消えてしまうではないか」

「昔の伝承が集められていた本で読んだだけなので、その辺は知りませんが、ではベアトリーチェに子供がいたとしてもおかしくないのですね」

「子供がいたのは間違いないであろう。我は一度会ったことがある。ベアトリーチェを魔導書に封じたのは、彼女の子供たちだったはずだ」

「……魔導書に封じた?」

「そうだ。ベアトリーチェが死んだらダンジョンを封印しておけないであろう。ベアトリーチェの子供に、これで永遠に封印は解けないからなと念押しされたわ」と言ってクククとヴィットリーオは笑った。


 残念ながら、あの『魔術の奇蹟』に書かれていたことは、真実とずいぶん異なるようだ。


「それで、具体的にはどうするつもり? 私たちにできる協力はある?」アグネーゼが話を先に進める。

「ある。先ほども言った通り、クラインヴァインはいずれベアトリーチェの前に現れるであろう」

「ターニャのところにね」

「そこでだ。我をターニャの側近にしてくれ」

「そ、側近!?」思わず声が裏返る。「どういうことですか!?」

「常に側にいれば、クラインヴァインが来ればすぐに分かるし、対応もできる。そしてお前たち姉妹には、情報収集などで色々と協力を頼む」

「なるほど……」と考え込むアグネーゼ。


 嫌です、と即答しかけたが、何とか踏みとどまった。たしかに理屈は分かるし、それしかないのだろうけど、悪魔が常に側にいるなんて、どうなのだろう?


 後ろからガブリエラが声を掛ける。「国王陛下に相談しなくては返答ができない話だわ――」

「いえ」とアグネーゼが遮る。「そんな余裕はないわ。クラインヴァインはすぐにも来るかもしれない。残念だけど、ヴィットリーオがいなければターニャを守れない」

「それもそうね……」とガブリエラは俯く。

「私たち四姉妹の総意として、その申し出を受けるわ。良いわね? みんな?」とアグネーゼは私たちを見回す。頷くブレンダとターニャ。私も嫌々ながら頷いた。


「では、これよりよろしくお願いいたします、ターニャ様」とヴィットリーオは立ち上がり、主への礼を表する。ふざけているようにしか見えないが、受けるしかない。

「……うっ、分かりました。よろしくお願いします、ヴィットリーオ」

分割するか悩みましたが、まとめて。

なぜかヴィットリーオが側近になりました。

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