(ケイティの視点)神聖魔術のアップデート
「大聖堂にお願いします」私は馬車に乗ると御者にそう告げた。ロザリアがちょっと驚いたように目を丸くしている。
「ケイティお嬢様? 大聖堂ですか?」
「ええ」
馬車がゆっくりと動き出す。学校帰りに大聖堂に寄ることはあまりなかったけど、今日は用事があるのだ。
「お爺さまに話があるのです」
「大司教様にですか? いったい何の御用ですか?」不安そうなロザリア。
「着いたら話します。別に悪い話ではありませんので、心配しないでください」
馬車が大聖堂に着き、私たちは大司教の部屋に向かう。あらかじめ伝えていたわけではないが、孫である私は別に止められることもなく大司教の私室までたどり着く。「失礼いたします」と、扉をノックして部屋に入ると、お爺さまは少し驚いたようにこちらを見た。
「ケイティ、学校帰りに珍しいではないか。何か用か? さぁそこに座ると良い」と言ってお爺さまは私に席を勧める。
「ありがとうございます。お爺さま、人払いをお願いしても良いですか?」
「ん? あぁ、分かった。その方らは下がれ」とお爺さまが言うと、控えていた神官たちが下がっていく。これで部屋にはお爺さまと私、ロザリアの三人だけだ。
「お爺さま、ブートリア近郊のダンジョンのことはご存じですよね?」私はすぐに本題に入る。
お爺さまはちょっと面食らったように「あぁ、最近見付かったというダンジョンか。何かあったのか?」と尋ねる。
「ダンジョンの最奥で古の悪魔が見付かったのです」
「悪魔とな? そんなものがいるのか?」お爺さまは明らかに信じていない口ぶりで聞き返す。
「いるのです。本物のようです」
私はいったん言葉を切って、ここまで起きたことの次第をお爺さまに説明した。「……ご理解いただけましたか?」
「にわかには信じられぬ……、が、その話通りなら、たしかに悪魔なのかもしれぬな」と言って、お爺さまは眉をひそめる。「それで、国王はどうするつもりなのか?」
「とりあえずは牢の封印が解けていませんので、すぐにどうこうということはなさそうです」
「……ふむ。では、封印のし直しを考えるべきではないのか?」
「本当に世界を滅ぼしかけた悪魔であれば、再封印は難しいようです。かなり強力な魔術が必要のようですので」
「なるほど……」
考え込むお爺さまに私は言葉を続ける。
「次の休みに私たちがまたヴィットリーオに会いに行きます。そこである程度は、今後のことも含めて話し合われることになるでしょう」
「なに! またケイティも行くのか? 危険ではないか?」
「封印が解けるようなことがあれば、どこにいても同じです。私たち姉妹が見つけてしまったのですから、最後まで見守るつもりです」
「うむ……」と唸るお爺さまに、私は姿勢を正して、今日の用件を告げる。
「お爺さま、聖堂に伝わる神聖魔術の本を貸していただけませんか?」
「――! まさか秘伝書のことか? あれは代々、大司教以外が手にすることは禁じられておる」
「それは存じています。しかし、そのようなことを言っている場合ではないかもしれません。備えておくことが必要なのです」
「うむ……、しかしだな……」
「神聖魔術が闇の属性を無効にできることは、昨年のエヴェリーナの一件で分かりました。ですが、今度の相手は悪魔です。これまで以上に強力な神聖魔術が必要です」
お爺さまは私の言葉に頷きつつも返事ができない。私はお爺さまを見つめ続ける。お爺さまはしばらく唸り続け、とうとう覚悟したように「……分かった」とつぶやいた。「ただし、持ち出しはならぬ。ここで読むことは許可しよう」
「ありがとうございます、お爺さま。では、さっそく」と私が立ち上がろうとすると、
「いや、そのままで良い。ちょっと待っておれ」とお爺さまは私を制して立ち上がり、壁際の本棚から一冊の本を取り出し、机の上に置いた。普通の宗教本にしか見えない。
お爺さまはその本に手をかざし、何やら祈りの言葉を唱える。聞いたことのない言葉だ。すると、その本はまったく違う、表紙も重厚な本に変わった。これが秘伝書だろうか?
「お爺さま、今の祈りは何ですか?」
「詳しくは教えられぬが、秘伝書はこうして隠されているのだ」
「なるほど、これなら他者に見られることもありませんね」私が欲しているのは神聖魔術についてで、秘伝書そのものではないので、それ以上深くは聞かない。「ありがとうございます。拝見します」
本をめくると、神聖魔術についての記述が並んでいる。必要なのは、強力な闇を抑えられる神聖魔術だ。私は本を読み進めていく。
最悪の事態を想定して、せめて一瞬でも悪魔を抑え、皆を逃がす時間を稼げると良いのですが……。
秘伝書にはお爺さまも良く知らないという祈りなどもあったりして、とりあえず役に立ちそうないくつかの祈りをメモして、後は離宮で試してみることにする。
「ありがとうございました。お爺さま」
「うむ。……ケイティよ、十分に気を付けてな。ロザリアもケイティを頼むぞ」珍しくお爺さまが私を見る目が孫を見る優しい目のような気がした。
「はい」
「かしこまりました。ケイティお嬢様は私が必ずお守りします」
孫には甘い大司教でした。
今日は夜もう一本上げる予定です。
 




