(アグネーゼの視点)ベアトリーチェのお願い
奇異な運命の女神に魅入られている――。
夕食を終え、部屋でお茶を飲んでいる今も、ヴィットリーオの言葉が頭を離れない。
「奇異な運命の女神って何かしらね?」
「……あの男の言葉ですね? “奇異な”という言葉が運命に掛かってるのか、女神に掛かっているのかで意味は変わってきますけど、私たちが通常では考えられないようなことに巻き込まれ続けているのは事実ですね」とエレノアは言って苦笑する。
たしかに、ターニャが王都に来て以来、普通ではないことが起き続けている。ここ一年にも満たぬ間に色々ありすぎた。
「ターニャが王都に来てから、というより、四姉妹が王都に揃って以来、おかしなことが続くわね」
「……偶然とは思いますが、悪魔の件もすっかり巻き込まれてしまっていますね」
だが、どの件もベアトリーチェの魔導書が引き起こしたことだ。戦争もお母さまの件も、今回の悪魔の件も、ベアトリーチェの魔導書抜きには起きなかった。
「ベアトリーチェの魔導書は本当に消えたのかな?」
「どうでしょう……。牢の封印が消えていないのですから、完全には消えていないのかもしれませんね」エレノアは首を傾げる。
「だとすれば、もし魔導書があれば封印をやり直せるんじゃないかしら?」
「あの魔導書は危険です。例え、まだ存在しているとしても、使うのはダメです」
「そうね……」
これ以上は現段階で考えても仕方ないような気がしてきたので、寝ることにした。「もう寝るわ。おやすみ、エレノア」
「おやすみなさいませ、アグネーゼ様」
「――!」と目が覚めた。悪夢を見ていたような気もするけど、起きた瞬間に忘れてしまった。カーテンの隙間から覗く外は暗い。まだ夜中なのだろう。
再び目を閉じて寝ようと思った瞬間、私が寝ているベッドに誰かが腰掛けているような影が見えた。「誰? エレノア?」と私は声をかけた。
「夜中にごめんなさい。ちょっと話があったもので」とその影が答える。私は徐々に暗闇に目が慣れてきた。どうやら影はターニャだ。
「ターニャ?」と私は身体を起こして問いかける。「なんでこんな夜中に――」と言い掛けて気付いた。瞳が深紅ではなく金色だ。ターニャではない?
「ターニャではないの? あなたは誰?」
「この娘の身体を借りてるの。私はベアトリーチェよ」
「ベアトリーチェ?」
ベアトリーチェの魂がターニャの身体を借りて話しかけてきている? そんなことありえるのだろうかと疑念も一瞬湧いたが、たしかにこの雰囲気はターニャであってターニャではない。
目は完全に覚めて、頭もはっきりしてきた。「もしかして、転移魔術でターニャをヴィットリーオのところに連れて行ったのもあなたなの?」と聞いてみる。
「そうよ。この娘の身体と魔力をちょっと借りたの。今の私の魔力だけでは転移魔術は使えないから」
「ヴィットリーオに何か用があったの?」
「そう。詳しくはヴィットリーオが話すと思うけど、もうすぐ牢の封印が消えてしまうのよ」
「え?」と思わず動揺の声が出てしまった。「それは大変なことじゃないの」
ベアトリーチェはいったん頷いて、「そう。だからヴィットリーオに協力を求めに行ったの」と続けた。
「協力? あの悪魔が協力してくれるの? というかそもそも何の協力を?」
「詳しくはヴィットリーオが話すでしょう。時間が無いから今は私の話を聞いて」
「分かったわ。なにかしら?」
ベアトリーチェはベッドから立ち上がり、金色の瞳でまっすぐ私を見つめる。「ヴィットリーオの協力も必要なのだけど、あなた方姉妹の協力も必要なの。だから、ヴィットリーオに少し協力してあげて欲しいの」
「悪魔に協力を?」
「ええ。あれはそれほど悪い悪魔ではないわ。ちょっとふざけてるけどね」
「……うーん、協力とは何を?」
「それもヴィットリーオが説明するわ。あと一つだけ。テオドーラの剣は今どこに?」
「えーと、まだ国王陛下が保管していて、もうすぐエーレンスに返却すると言っていたような気がするわ」
「なるほど。返さないようになんとかならないかな?」
「え? そういうわけにもいかないと思うけど……」私は首をかしげる。やっぱり返しません、とはいかないだろう。
そんなことを私が考えていると、ベアトリーチェの瞳の輝きがちょっと薄れてきたように見える。「ベアトリーチェ?」
「あぁ、もう限界だわ。悪いけど、この娘をベッドまで運んであげてくれる?」と言って、ベアトリーチェはベッドに倒れ込んだ。
「ベアトリーチェ! ってもうターニャなのね……」
ベッドに倒れ込んだターニャはぐっすり寝ているようだ。このまま私のベッドに寝かせ、私も隣で寝ることにした。運ぶのも面倒だし、ルフィーナやエレノアを起こすのも大ごとだ。
きっと朝起きたらターニャ驚くだろうなと思いつつ、私はまた眠ってしまった。
ベアトリーチェがまた登場です。




