(ブレンダの視点)騎士団長代行の私
ブートリアのダンジョンの件も気がかりだが、私は私で色々と悩みごとが多い。まず、エヴェリーナの件でアグネーゼにテオドーラの剣を貸したことを母上がいたく怒り、その後収まりはしたのだけど、どうも関係が上手くいっていないような気がする。きっと母上は、王を目指すことに乗り気じゃない私を物足りなく思っているのだろう。
ちなみに、テオドーラの剣はいったん国王陛下が保管していて、春になったらエーレンスに正式に返却することになっている。その際にはエーレンスから何か要求があるかもしれないと国王陛下は言っていた。変な外交問題にならないことを祈るしかない。
「ブレンダ様、こちらの書類も目を通して欲しいそうです」
ウェンディが私の机に書類の束を置く。これは騎士団関係の書類だ。
ゼーネハイトにベアトリーチェの魔導書の情報を流していたのが、騎士団長ユーベルヴェークの部下だったことが分かり、ユーベルヴェークは平の団員に一時格下げの処分を受けた。それにともない、騎士団長が空位の間、私が騎士団長代行として実務を見るよう命じられた。驚きの人事である。
「なんで騎士団はこんなに書類が多いのだろう……」と私がうなだれると、「なにをするにも騎士団長のサインが必要ですね。こうしたところも改革が必要かもしれませんね」とウェンディが慰めともつかぬ言葉をかける。愚痴ってもどうにもならないことは分かっている。
「でも、おかげで首席を取るようにという課題は白紙になったのですから、悪いことばかりではないですよね」
「……うん。騎士団の仕事をしながら、女学校で首席はさすがに無理だ」
首席はともかく、勉強の楽しさを分かり始めていたので、今となっては騎士団の仕事よりも勉強をしたい気持ちの方が強いのだけど、ままならないものだ。
たくさんの書類に目を通してサインを終えると、すでに外は暗くなっていた。
「お疲れ様です、ブレンダ様」
「肩が凝ったよ。どうせ騎士団の仕事をするなら、団長ではなく団員の方が良かったよ」
「そういうわけにもいかないのでしょう」と、ウェンディは微笑みながらお茶を入れてくれた。
そう言えば、悩みごとは他にもある。私が騎士団長代行になったことで、多くの騎士団員から婚姻の申し込みがあった。もちろん私ではなく、ウェンディにだ。
ウェンディは十九歳。来年成人する。そろそろ結婚相手を決めても良い時期だが、これまで常に私の護衛に付いてきたので他の者と接触する機会も少なかった。
私が団長代行になって騎士たちと接するようになると、ウェンディにも騎士たちと接する機会が増えた。すると、その機を待っていたかのように、多くの独身騎士たちがウェンディに求婚するようになったというわけだ。
その上、ウェンディが多くの騎士から求婚されていることを知った魔術士や文官たちも、我も我もと結婚を申し込んでくる。話が話なので主である私も話を聞かなくてはならず、非常に厄介な状況だ。
「彼らはこれまでも機会を伺っていたのかもしれないな」
「お話しをいただくのは光栄ですが、私はブレンダ様の護衛を辞めるつもりはありません」
「しかし、ウェンディも成人すれば貴族だ。結婚するのであれば、文官貴族か騎士、魔術士から選ぶしかないぞ?」
「結婚するつもりはありませんので、ご心配いただかなくて大丈夫です」
ウェンディはそう言って微笑むが、そうもいかないように思う。両親も心配するだろう。それに、美しいだけでなく、細かいところまで気が利くウェンディは最高の花嫁になるだろう。私の護衛で婚期を逃してしまうのは申し訳ないように思える。
「そうは言っても――」
「ブレンダ様、そろそろ国王陛下とのお夕食の時間ですよ」
結婚の話を続けようとする私を遮り、にっこり微笑むウェンディ。結婚話になるといつもこうして誤魔化されているような気がする。しかし、国王陛下との夕食は大事だ。私は席を立ち、夕食に向かうことにする。
最近は国王陛下と夕食を摂る機会が増えた。以前はほとんどなかったのだが、エヴェリーナの件があった頃から増え始め、私と母との仲が悪くなってからはさらに増えた。私のことを気にしてくれていると思うと嬉しくなる。
「話は聞いていると思うが、例のダンジョンの件は当面様子を見ることになった」
「ガブリエラからも聞きました。完全に信用できる話ではないけど、最悪を想定して対応したほうが良いということですね」
「うむ。その男が本当にヴィットリーオで、本当はまだ世界を滅ぼしたいと思っている、という想定でこれからの対応を考えていかなくてはならぬ。それが政治というものだ」
ヴィットリーオはそれほど凶悪なタイプでは無さそうに見える。しかし、本当のことを言っているのか分からないし、そもそも悪魔の言葉を完全に信じるのは無理だ。
「他のダンジョンは見つかっていないのですよね?」
「うむ。フィルネツィア国内で、最近現れたと考えられるダンジョンはブートリア近郊の一つだけのようだ」
「……ということは、残りの四つは他国にあるのでしょうか?」
「ヴィットリーオの言うことが本当なら、そうなるな」
「……悪魔を利用しようとする国は出てくるでしょうか?」
「分からぬ。だが、そこまで愚かな国はないと信じたいところだ」
まったくその通りだ。だが、他国で悪魔が見付かったとしても、それに対してフィルネツィアはどうすることもできない。国王陛下の言うとおり、信じるしかない。
暗い話に食事が進んでいないことを察したか、国王陛下が話題を変える。
「騎士団はどうだ? 書類仕事には慣れたか?」
「……慣れません、が、これも重要な仕事ですから、頑張っています」
国王陛下は気分を替えようと話題を変えたのだろうが、私にとっては騎士団長代行の話もあまり明るいものではない。
「夏前にはユーベルヴェークを騎士団長に戻すつもりだ。それまでは頑張って欲しい」
「そうですか。それは良いお話です」
夏前までと聞いて私はちょっと嬉しくなった。どうせなら、ここで騎士団についての提言もしまおうと考えた。
「ところで、その騎士団についてですが、大幅な戦力強化が必要と考えます」
「うむ。イェーリングで欠番も出てしまったしな……」
「……はい。人数もそうですが、質のほうも考えなくてはなりません」
「質か。ブレンダの目から見て、我が国の騎士は弱いか?」
「残念ですがあまり強いとは言えません。ゼーネハイトとの戦いでも、同戦力時に押されていました」
連携の訓練を積んでいるため大敗こそしていないが、全体的には押し込まれていた。魔術士団は、ガブリエラがいることが大きいが、互角以上に戦っていただけに、騎士団の物足りなさが目に付いた。
「そうだな。ではどうする?」
「次期王についての話が落ち着いたら、私かルフィーナを騎士団の師範にして欲しいのです。副団長でも良いですが、徹底的に騎士団を鍛え直す役職に就けてください」
「……ふむ。ブレンダが次期王ならルフィーナを、ターニャが次期王ならブレンダを、ということか?」
「はい。もし私が次期王になれば、騎士団の師範をしている余裕はないでしょう。その場合はルフィーナが師範に最適です」
「ルフィーナと離れることをターニャは承知しないであろう?」
「私が次期王になった場合、ターニャは魔術士団に入るべきです。これはウェンディも言っていますが、ターニャには大変な魔術の才能があるそうです」
私がチラッと後ろを振り返ると、ウェンディが黙って頷く。私は話を続ける。
「我が国の魔術士団の強さは、ガブリエラ頼みなところがあります。ターニャが入れば大幅な戦力向上が望めます」
「ターニャからは、女学校を卒業したらルフィーナをはじめとした側近を全員連れてヴィーシュに帰りたいと言われている。戦いを好まぬ優しい性格ゆえ、魔術士団入りは嫌がるであろう」
「……それは分かっています。ですが、悪魔が他に四人もいるかもしれない状況では、我が国の守りを強化することは重要だと思います」
「そうだな……。その通りだ。ブレンダはよく周りが見えているな。剣以外にも目を配れるようになったのだな」
国王陛下が嬉しそうに目を細める。だが、それは私だけの力ではない。ルフィーナと、彼女との試合を許可してくれたターニャのおかげだ。
「これからのフィルネツィアにとって、ターニャとルフィーナは重要な人材だと思います」
「うむ。考えておこう。ところで、ケイティはどうなのだ? ブレンダから見て次期王の目はないのか?」
「ケイティが次期王になれば、私とルフィーナでフィルネツィア騎士団を最強にしてみせましょう」
色々と考えているブレンダです。
次話は明日か明後日です。




