(ターニャの視点)アグネーゼの来訪と他の兄姉について
「アグネーゼ王女……ですか?」
私には、腹違いだけど、二人の兄と三人の姉がいる。アグネーゼは姉の一人で、第二王妃エヴェリーナの娘で第三王女。同い年だが、生まれが私より少し早いので異母姉に当たる、と教わったはずだ。
「はじめましてターニャ。私がアグネーゼよ」
居間に入るとアグネーゼらしき女の子が立ち上がって私に呼びかけてきた。アグネーゼはこちらに駆け寄り、私の手を取った。
「王都はどう? さぁ座って」
ニコニコしながら、アグネーゼは私をソファーに座らせると、自分も向かい側のソファーに座った。どうやらアグネーゼの護衛と思われる私たちと同じ年くらいの少女がアグネーゼの後ろで頭を抱えている。
「こちらは私の護衛のエレノアよ」
「ターニャ様、はじめまして。エレノア・オーフェルヴェークです。アグネーゼ様の護衛を務めています。突然の来訪で本当に申し訳ありません」
私も護衛としてルフィーナを二人に紹介しつつ、二人を観察する。アグネーゼは明るい金髪を後ろで縛って短いポニーテールにして、私と同じ深紅の瞳を宿した大きな目が印象的な少女だ。同じ十五歳のはずだけど、ちょっと幼く見える印象だ。後ろのエレノアはちょっと困ったように表情を曇らせている。
「私のほうから後日ご挨拶に伺うつもりでしたのに、わざわざお越しいただきありがとうございます、アグネーゼ姉様」と、なぜ来たのです?という意味を言外に込めつつ私はアグネーゼを見つめる。
「明日離宮のほうに挨拶に来てくれると聞いていて、楽しみにしていたのだけど、こんなことになってしまったので、一日も早く会いたいと思って来たのよ」
わざわざ妹である私に会いに来てくれたのかと思うと、突然で驚きはしたけど少しは嬉しいものだ。
「それはありがとうございます。王都には不慣れなので、いろいろ教えてくださると嬉しいです」
「もちろんよ。それにしても聞いてた話とずいぶん違うわねぇ、エレノア?」
「アグネーゼ様、そういうことを言ってはいけません」
やっぱり田舎者と思われてたかな?
たしかに三日前に王都に着いた時には、なにもかもヴィーシュとあまりに違うので目を丸くしっぱなしだったけど、ここはスルーして、今一番気がかりな学校のことを聞いてみる。
「アグネーゼ姉様、学校はどうなるのでしょうか? なにか聞かれていますか?」
「ええ、本来なら来週から新年度がスタートする予定でしたが、数日遅れることになりそうと聞いているわ。ただ、あくまで数日なので、普通に始まるものとして準備は続けた方が良いと思うわ」
アグネーゼの言葉に私はすこし胸をなで下ろす。いつ始まるか分からないままに、ここで戦争の成り行きを心配していても、ちょっと不謹慎ではあるけど、面白くもなんともない。学校が始まった方が楽しいし、私のほうでもなにか情報を集められるかもしれない。
「それは良かったですわ。私、学校が始まるのを楽しみにしていましたので。こんな時ではありますけど……」
「戦争は私たちには直接関係ありませんしね。私も学校は楽しみだわ」
アグネーゼもにこやかに同意する。私は少し安心した。兄姉たちがどんな人たちなのか心配だったけど、少なくともアグネーゼは好意的に付き合ってくれそうである。せっかくなので、他の兄姉たちのことも聞いておきたいところだ。
「他の兄様や姉様がどのような方か気になります」
「私が話してしまうと、そのイメージに引っ張られてしまうでしょうから、実際に会う日を楽しみにするのが良いと思うわ。でも、しばらく会えない兄姉もいるので、簡単に紹介するわね」
アグネーゼはにこやかに兄姉の紹介を始める。
「第一王女のブレンダ姉上は、私たちの二つ年上。今年女学校の三年生になるわ」
「では、学校でお会いできますね」
「いえ、ブレンダ姉上はイェーリングに行ってしまったので、しばらくは戻らないでしょう」
「……イェーリング? まさか戦争に?」
「そう。ブレンダ姉上は剣に生きているのよ」
「けん? 武器の剣のことですか?」
「ひたすらに剣術を極めるために生きていると言っても良いわ。実践を経験する良い機会だからと、昨晩、王宮騎士団と一緒にイェーリングに向かったわ」
「……そんな無茶がよく許可されましたね」
「陛下や騎士団長に直談判して、半ば無理矢理付いていったみたいね」
私が目を瞬いている間に、アグネーゼは紹介を続ける。
「第二王女のケイティ姉上は、私たちの一つ上、今年女学校の二年生よ。戦争には行っていないので、すぐに女学校で会えるでしょう」
「……普通の方ですよね?」
「会ってからのお楽しみね」
……普通ではないのですか。もしかして、アグネーゼにも変わったところがあるのかしら、などど考えていると、それを見越したようにアグネーゼは笑顔を深めて言う。
「私はあくまで普通の女の子よ。あとは兄が二人、第一王子のアンドロス兄上と第二王子のグレイソン兄上だけど、どちらもあまり会う機会はないでしょう」
「そうなのですね。たしか、グレイソン兄様はアグネーゼ姉様の実兄ですよね?」
「そう。平凡で見るべきところもない、普通の人よ。跡継ぎとして評判も高いアンドロス兄上と比べると、なにもかも見劣りするわね」
その後は、王都やアグネーゼが住む山茶花離宮の話など、他愛もない話をして、アグネーゼは帰って行った。突然の来訪に驚きはしたけれど、アグネーゼはちょっと思わせぶりなところがあるけれど良い人に見えたし、色々と情報も教えてもらったので良かった、などど考えているとルチアが扉をノックして入ってきた。
「ターニャお嬢様、二日遅れで入学式を執り行うと女学校から通達がありました。あまり遅れることなく良かったですね」
「ええ、本当に。では引き続き、準備を進めましょう」
学校が始まるまでの数日間、私とルフィーナは部屋の片付けに学校の準備と、忙しくすごした。入学が二日遅れていなかったら、もっと大変だったと思う。
アグネーゼとターニャの出会いです。
あと、四姉妹の紹介も入ってます。
第5話は明日更新です。