(ターニャの視点)存亡を賭けた戦い
ルチアはまだ戻らないが、騒ぎはますます大きくなっていく。窓からはよく見えないけれど、爆発は王宮の方だろうか?
そんなことを考えていると、部屋の扉を勢いよく開けて、ブレンダが飛び込んできた。後ろにはケイティの姿も見える。
「ターニャ! エヴェリーナが来た! 王宮に直接乗り込んできたぞ!」
「――! やはりそうですか」
「私とケイティは王宮に向かう。ターニャはどうする?」
「もちろん、参ります。ここにいても同じです」
国王陛下が殺されるような事態になれば、ここに隠れていても同じだ。エヴェリーナを止めるには力不足の私だが、何かの役に立たなければいけない。
「ターニャお嬢様! 玉座の間で爆発があったようです――、どちらへ行かれるのですか!?」
「王宮へ参ります。ルチアは側近たちと安全なところで待機してください。もっとも、安全なところがあるか分かりませんが」
「何をおっしゃるのですか! 危険です! お嬢様も一緒に――」
止めようとするルチアを私は抱き締める。一瞬、もう会えないかもしれない、と思いながらも「大丈夫ですよ、ルチア。私たち姉妹でエヴェリーナを止めてきます。待っていて下さい」とルチアの耳元で言い、私はブレンダ、ケイティとともに王宮に向かった。
玉座の間の天井は抜け落ち、空が見えている。大きな爆発音は天井を破られた音だったのだろう。元天井だった瓦礫の上には、白銀色に輝き、周囲にいくつもの魔術陣を展開させているエヴェリーナが浮かんでいる。
周囲にはたくさんの魔術士と騎士が倒れており、迎撃を試みたものの、エヴェリーナに倒されたようだ。玉座に座る国王陛下の前では、ガブリエラが防御魔術を展開している。
「おや? アグネーゼはいないのね。あの娘はまだ泣いているのかしら?」
私たちを見たエヴェリーナが悪魔的な笑みを浮かべながら言う。私はすぐに防御魔術を展開できるように身構える。
エヴェリーナは視線を玉座に戻し、「役者は揃ったわね。さぁ、国王陛下、私の要求に対する返答を聞かせてもらおうかしら?」と言い放つ。国王陛下は玉座から立ち上がり、
「要求はすべて断る! 叛逆の徒エヴェリーナよ、速やかに投降し、法による裁きを受けよ!」と要求を拒絶した。
「フフフ、ハーハッハッハッハ!」
国王陛下の返答を聞いたエヴェリーナは大きく笑うと、「では、みんな死んでもらいましょう!」と叫ぶ。エヴェリーナを取り巻く魔術陣がカラフルに光ったかと思うと、四方へ強力な攻撃魔術が打ち出される。
「うぐっ!」
私はすぐさま防御魔術を展開し、エヴェリーナの攻撃魔術を防御したが、なにしろ攻撃の数と威力が凄まじい。どんどん魔力が奪われていく。私の隣でウェンディも防御魔術を出しているが、彼女も苦しげだ。ルフィーナが私の耳元で言う。
「ターニャ様、このままでは危険です。エヴェリーナを攻撃します」
「気を付けて、ルフィーナ」
「ルフィーナ殿、及ばずながら、私が攻撃を援護します」
ルフィーナとロザリアが私とウェンディの防御魔術陣から飛び出し、エヴェリーナにかかっていく。ロザリアは、神聖魔術を展開してルフィーナを援護する。
ルフィーナはエヴェリーナの攻撃をかわしつつ、さらに加速し、私の目には見えない速度でエヴェリーナに剣撃を浴びせる。しかし、すべての攻撃が魔術陣に防御されているようだ。
「離れなさい! 撃ち込むわよ!」
エヴェリーナがルフィーナの攻撃を防御した隙を見て、ガブリエラが攻撃魔術の祈りを終えたようで、ルフィーナとロザリアに離れるように叫ぶと、ガブリエラから放たれた巨大な火柱がエヴェリーナを包む。
「……やりましたかね?」
「おそらくダメだろう」
私の問いにブレンダが答える。火柱がゆっくり消えていくと、そこには変わらず、エヴェリーナが微笑みを浮かべている。
「魔術で私を倒せるとお思いかしら?」とエヴェリーナは嘲るような微笑みを見せ、再び魔術陣からの激しい攻撃が始まる。ルフィーナとロザリアの二人は私たちの展開する防御魔術陣に戻ってきた。
「申し訳ありません。剣による攻撃ではエヴェリーナの周囲の魔術陣を抜けません」
「あれほどの攻撃でも無理なのですか……」
「私の剣が体に届く寸前に防御魔術陣が自動的に展開されているようです。攻撃はすべて防がれました」
「そんな……」
あれほどの攻撃を加えてもダメなのですか、と絶望的な気持ちになっていると、エヴェリーナからの攻撃魔術がさらに激しさを増していく。
「ハーハッハッハッハ!」
私とウェンディの防御魔術も限界に近いが、国王陛下を守っているガブリエラも苦しそうだ。高笑いしながら攻撃を続けるエヴェリーナは魔力切れを起こしそうな気配もなく、余裕の表情で高笑いを続けている。このままではジリ貧だ。
ケイティが決死の表情で、私たちを見つめて言う。
「ロザリア、あれを試しますよ。ルフィーナ、私とロザリアが祈りを終えたら、もう一度攻撃をお願いします」
「はい、ケイティお嬢様。ルフィーナ殿、頼みます」
「分かりました」
「私も行こう、ルフィーナ」とブレンダも剣を構える。
ケイティとロザリアが言葉をあわせて祈り始める。神聖魔術に違いない。ケイティが握りしめていた短剣が光り、光が天に昇ったかと思うと、前方のエヴェリーナの真下に白く輝く魔術陣を展開させた。その瞬間、エヴェリーナが周囲に展開させていた魔術陣のほとんどが消えた。
「今です!」とのケイティの声に、ルフィーナとブレンダが飛び出し、無数の剣撃をエヴェリーナに浴びせていく。剣の攻撃が届いている!
「ぐっ!」とエヴェリーナの呻きが響く。しかし、致命傷には至らないようで、神聖魔術の力が弱くなっていくとともに、傷はみるみる治り、魔術陣も復活していく。その時、
「どいて!」
アグネーゼの声が大きく響いたかと思うと、二人の少女が私たちの逆側から突進していくのが見えた。エレノアが前で、後ろはアグネーゼだ。
エレノアはエヴェリーナの魔術陣から撃ち出される攻撃魔術を剣で撃ち落とし、あるいは体に受けつつも臆することなく突進を続け、エヴェリーナに迫る。
エレノアがエヴェリーナの目前まで迫ったところで、後ろからアグネーゼが躍り出て、振り返ったエヴェリーナに正面から抱きついた。
ルフィーナとブレンダは攻撃を止め、下がる。抱きつかれて驚愕の表情を浮かべるエヴェリーナが叫ぶ。
「アグネーゼ!」
「お母さま、もう終わりにしましょう」
「なにを――!」
アグネーゼが右手に持っていたらしい剣をエヴェリーナの背中からまっすぐに突き立てる。
「自分ごとだと!」とブレンダの悲痛な叫びが響く。エヴェリーナを貫いた剣先がアグネーゼの背中から飛び出したのが見える。エヴェリーナから白銀の光が失われていく。
「アグネーゼ……、なんということを……、母を殺すのですか」
「お母さま……、大丈夫よ。私も一緒に行くから……」
「なんと……いうこと……」
エヴェリーナはアグネーゼに抱かれたまま白銀の光を失うと、ゆっくりと瓦礫の上に降り、無数の小さな光になって、サラサラと消えていく。私にはその瞬間、天に昇っていく少女の姿が見えたような気がする。今のがもしかしてベアトリーチェ?
抱き締める対象を失ったアグネーゼが剣に貫かれたまま、瓦礫の上に倒れる。ブレンダとルフィーナがアグネーゼに駆け寄る。「私がテオドーラの剣を貸したばかりに……」とブレンダが涙を流しながら、アグネーゼを抱きかかえる。
「いけない! ロザリア、早く!」と叫んでケイティがアグネーゼのもとに駆け寄る。ケイティはロザリアから輝く石を受け取ると、祈りを捧げ始める。
「治癒の女神ラファエーレよ、ここに倒れる者に癒しを与え賜え」とケイティが祈ると、彼女の持っていた石がひときわ眩しく光り、ブレンダに抱かれているアグネーゼをその光が包んでいく。
「これは!?」と、遅れて駆け寄った私が驚いていると、「治癒の最高魔術よ。まさか、あの石はルオナイト!?」とガブリエラも驚いている様子だ。国王陛下も心配そうに覗き込んでいる。
光に包まれたアグネーゼから自然と剣が抜け落ち、さらに、みるみる胸の傷口が塞がっていく。そしてアグネーゼが目を開く。
「大丈夫ですか? アグネーゼ」
「……ううん、ケイティ姉上、エレノアは無事?」
「ええ、今ロザリアとウェンディが治療しています。大事ないですよ」
「そう、よかった……」
アグネーゼがちょっと微笑んで目を閉じる。
ブレンダがアグネーゼを抱えて立ち上がり、「部屋でしっかり手当をしよう。ウェンディ、エレノアも連れて行けるか?」と、ウェンディに声を掛けた。
「はい、大丈夫です。私がエレノア殿を運びます」
「よし、行こう」
私たちは勝ったのだ、という実感がようやく湧いてきた。
決戦でした。
次話は明日、第一章の最終話です。




