(ターニャの視点)ベアトリーチェのお話
エヴェリーナから要求が届いて六日目。今日もとくに動きはないようだ。私は後宮にいてもすることがないので、ここのところは毎日、魔術の練習をしている。防御魔術の精度を高め、補助魔術をもっと素早く使えるように、繰り返し練習する日々だ。
「今日も動きはありませんかね、ルフィーナ?」
「どうでしょうか。落ち着きませんね」
「ええ。毎日魔術の練習で飽きてきました」
「では、ヴィーシュ侯から贈られた本でも読まれてはいかがですか?」
「本ですか……」
お爺さまはイェーリングに向かう途中に桔梗離宮に寄ってくれた時、たくさんのお土産を置いていってくれた。ヴィーシュ産の果物や触媒などの箱はすぐに開けたのだけど、本が詰まっていた箱は蓋だけ開けてそのままになっている。
「何かためになる本があるかもしれませんよ?」
「そうですね……。あまり気は乗りませんが、見てみましょう」
ルチアに本の詰まった箱を運んできてもらい、ルフィーナと中身を確認していく。
「……勉強の本ばかりですね」
「私がヴィーシュ侯でもターニャ様には同じ本をお贈りすると思います」
「……」
本は二十冊ほど入っていたけど、ほとんどが礼儀や勉強関係の本だ。しかし、底の方に一冊、ちょっと毛色の違う書名が目に付いた。
「なんでしょう? 『魔術の奇蹟』と書かれてますね」
ルフィーナが手に取り、パラパラとめくる。
「魔術に関するさまざまな伝説などが書かれているようですね。おとぎ話みたいな話ばかり載っています」
ルフィーナから『魔術の奇蹟』を受け取り、私もパラパラと眺めてみる。海を割っただの、ドラゴンに変身しただの、夢のような話ばかりが載っている。
「ここに書かれているようなことが本当にできるなら、今回の件も簡単に片付くのでしょうけど……」
「魔術の研究があまり進んでいない頃の本でしょう。伝承や空想のお話ですね」
さらにパラパラとページをめくっていると、一つの言葉が目に入り、私の手は止まる。
「ベアトリーチェの魔導書……」
ベアトリーチェの魔導書に関する項目があった。これは読まないわけにはいかない。
昔々、ベアトリーチェという名の、心優しい少女がいた。幼い頃からさまざまな魔術を使いこなし、病気や怪我の人を癒やし、魔物を倒し、荒れた土地を耕し、道や橋を作った。少女は村の人たちから「神の使い」と呼ばれた。
その噂を聞き付けた王はベアトリーチェを城に呼び、村のためだけでなく国のためにその魔術を使うよう頼んだ。心の優しい少女はその願いを受け入れ、国中で魔術を使って人々を助け、その国はとても豊かになった。
その国が突然豊かになったことを訝しんだ周りの国々は、ベアトリーチェの存在を知り、なんとかして彼女を自分の国に欲しいと考えた。そして、戦争が始まった。
周囲の国から攻められ、ベアトリーチェの暮らす国はあっという間に滅亡してしまった。自分が国を豊かにしたために滅びてしまったことを嘆き、ベアトリーチェは宝剣を胸に突き立てて自ら命を絶った。その時、彼女の魂と悲しい想いが側に置かれていた魔術の本に乗り移り、本は『ベアトリーチェの魔導書』と呼ばれる魔本となった。
以来、ベアトリーチェの魔導書は、手にする者に強力な魔力を授け、多くの歴史の転換点でその存在が目撃されているという。
「……悲しいお話ですね、ターニャ様」
「本になってもなお、権力者の道具として扱われているのですね。嘘か真かは分かりませんが、魔導書からベアトリーチェの魂を開放してあげたいですね……」
その時、部屋中の窓がピシッと音を立てたかと思うと、どこからか大きな爆発音が聞こえてきて、それとともに何やら人の騒ぐ声も聞こえてきた。
「私が見て参ります。ターニャお嬢様はこちらでお待ちください。ルフィーナ、お嬢様を頼みますよ」と言って、ルチアが部屋を出て行く。私は嫌な胸騒ぎを抑えることができなかった。
ベアトリーチェについてのお話しでした。
そしていよいよ始まります。
次話は明日です。




