(ブレンダの視点)交錯する思惑
国王陛下との話を終え、自室に戻ると、私はソファーに深く身体を沈めた。体の疲れはなくても、神経は参っている。
「お疲れですか、ブレンダ様。お茶を入れますね」
「ありがとう、ウェンディ」
私は目を閉じて、思考の海に沈む。エヴェリーナの要求は決して受け入れられるものではない。グレイソンが王に相応しくないことは誰の目にも明らかだし、国王陛下に退位せよなどというのは、叛逆以外のなにものでもない。
我が子かわいさから盲目になってしまっているのか……。
エヴェリーナからすれば、同じ自分の子供でも、優秀なアグネーゼより、出来の悪いグレイソンのほうがかわいかったのだろうか。私にはその気持ちは分からないが。
「お茶です。ブレンダ様」
「ああ。ありがとう」
私はお茶をひと口飲んで、また考える。エヴェリーナは倒さなくてはならないだろう。アグネーゼがどう思うかは分からないが、私たちが生き残るためには、他に方法はない。しかし、倒す手段がない。
先ほどの話し合いの場では、ケイティが神聖魔術でエヴェリーナの力を弱められるかもしれないと言っていた。だが、ガブリエラも懐疑的だったし、どのくらい弱められるか分からない。もちろん、いくらかでも弱体化できるのはありがたい。でも、頼り切るのは危険だろう。
やはり攻撃する手段が必要だな。
普通に攻撃しても無駄なことは分かっている。祠では騎士団長が一瞬で倒され、魔術士団長が互角に戦ったものの倒せなかった。その時よりもおそらく強くなっている。フィルネツィアの騎士と魔術士の頂点が勝てないのだから、正攻法では無理だ。
といっても、罠にかかるエヴェリーナではないでろうな。
手詰まり感に気持ちが沈む。その時部屋の扉がノックされ、ウェンディが対応に向かう。戻ったウェンディが言いにくそうに私に告げる。
「ブレンダ様、ミアリー様がお話しをされたいと……」
「あぁ、母上か。話をしないわけにもいかないな。部屋に行こう」
私はウェンディを連れて母の部屋に行く。部屋には母以外にいない。
「落ち着きましたか?、ブレンダ」
「こんな時に落ち着いてはいられません」
「このような時だからこそですよ」
母は私にお茶を勧めつつ、自分でもひと口飲んで、話を続ける。
「ブレンダ、話は陛下から伺いました。もはやエヴェリーナを倒す以外にないのですね」
「ええ。しかし、倒す手段がないようです」
「いえ、倒す手段はあります」
母の目が光る。嫌な予感がするが、先を聞くしかない。
「先ほど、エーレンスに使いを出しました。お爺さまからテオドーラの剣を借ります」
「母上! まだそのようなことを……」
「テオドーラの剣でなければ、ベアトリーチェの魔導書の力を得たエヴェリーナは倒せません。そして、あなたがテオドーラの剣でエヴェリーナを討つのです、ブレンダ」
「……」
私はすぐに返事ができなかった。たしかに、テオドーラの剣が本当に力を持った剣であれば、エヴェリーナを倒せるだろう。しかし、その代償としてエーレンスに大きな借りをつくることになる。それが政治的にどんな意味を持つのか、私には判断しきれない。
「心配はありません。エーレンスからテオドーラの剣を借りるのは、正規なルートではなく内密です。重要なのは、あなたがエヴェリーナを倒し、次期王となることです。ベアトリーチェの魔導書が危険なものと分かった以上、回収できたら回収すれば良いですし、最悪なくても問題はないでしょう」
打つ手がない今、たしかに魅力的な話だ。できれば国王陛下に相談したいが、相談すれば却下は確実だ。国王陛下は内患に他国の力を借りることをなにより嫌う。エイナルで内乱が起きた時にもエーレンスは援軍を出すと言ってきたが、すぐさま断っている。
「……分かりました、母上。剣をお借りできるのならば、私がやりましょう」
「分かってくれましたか、ブレンダ。大丈夫、あなたならできますよ」
母は嬉しそうに笑うが、私は喜べない。ただ、最後の手段に持っておく必要はあると思う。父や母、妹たちを守るために剣を使うしかない状況もあり得るかもしれない。
部屋に戻りソファーに座ると、部屋を出る前よりもさらにぐったり疲れていた。ウェンディがブランケットを膝に掛けてくれながら、私を心配そうに見つめる。
「……よろしいのですか? ブレンダ様」
「うん、仕方ない。ただ、別の手段で倒せるなら、そちらを優先したい」
「別の手段を考えないといけませんね……」
すると、また扉がノックされ、ウェンディが対応に向かう。
「ブレンダ様! アグネーゼ様です」
「なに! すぐに入ってもらえ」
目の前に座るアグネーゼを見ると、以前と変わらない。目元にも泣きはらしたような跡はない。完全に立ち直ったのだろうか?
「心配掛けてごめんね、ブレンダ姉上。もう大丈夫よ」
「そうか、良かった。何か欲しいものや、不便はないか?」
アグネーゼとエレノア以外の山茶花離宮の者は全員捕らえられている。ここでは私の側仕えを何人か回しているが、不便なところもあるかもしれない。
「いいえ、大丈夫。配慮に感謝しているわ」
「そうか、なにかあれば言ってくれ。女学校も休校になったので、しばらくはゆっくり休むといい」
「休んではいられないでしょう?」
アグネーゼの目は真剣だ。何かを考えてきたのだろう。後ろに控えるエレノアを見ると、アグネーゼ同様に決意の篭った目をしている。
「ブレンダ姉上、テオドーラの剣は知ってるわよね?」
「え?……」
思わず言葉が詰まってしまった。なぜ、アグネーゼが剣のことを知っているのだろう?
「あ、あぁ、剣の名くらいは聞いたことがあるが」
「エーレンス王が持っているのは分かっているの。それを貸して欲しいのだけど、力を借りられないかな?」
「剣を……」
テオドーラの剣を借りたいということは、アグネーゼが何をしたいのか明らかだ。
そうか、アグネーゼは自分の手でけりを付けるつもりなのだな……。
「アグネーゼ、何をしようとしているのかは分かった。でも敢えて言わせて欲しい。私に任せてくれないか?」
「……」
「アグネーゼはもう十分に傷ついた。これ以上、傷つく必要はないだろう」
「……ダメよ」
「え?」
「私がやらなきゃならないの。お願い、ブレンダ姉上」
アグネーゼの目はすべてを覚悟した目だ。ここで私が断れば、アグネーゼは別の方法を考えて、私の協力なしでも自ら行動に移すだろう。それならば、テオドーラの剣の方が勝率は高いと思う。
「……分かったよ、アグネーゼ。手を回してみよう。ただ、約束してくれ。この件は秘密にすること、そして、何か行動する際は私にも話をしてくれることを」
「分かったわ、ブレンダ姉上。……ありがとう」
こんな状況も次期王争いに利用したい母でした。
次話は明日です。




