(エレノアの視点)アグネーゼの考え
アグネーゼは昨日ベッドに入ったきり、まったく起きてこない。昨晩の夕食も、今朝の朝食も食べず、籠もりきりだ。私は護衛としてずっとベッドの側に付いているけど、あまりに大きなショックだったことは間違いなく、声の掛けようもない。
信じていた母に捨てられ、しかも殺され掛かるなんて、あまりに酷すぎます……。
エヴェリーナに対する怒りよりも、あまりにもアグネーゼが可哀想すぎて、それ以外の感情が湧かない。
時間が解決してくれるのでしょうか?
私には分からない。でも、そんなに簡単ではないと思う。それに、これからどうなるかによってもずいぶん変わってきそうに思える。
先ほどブレンダが来て今朝までの状況を教えてくれたが、状況は良くない。国王陛下かエヴェリーナのどちらかが倒されないと、この問題は終わらないだろうとブレンダは言っていた。
万一、国王陛下が敗れるようなことがあれば、アグネーゼも自分も消されるだろう。だが、国王陛下がエヴェリーナを倒した場合、アグネーゼはその先も生きていかなくてはならない。
負けることを考えても仕方ありません。私はこの先のアグネーゼ様を支えていくために何ができるかを考えるべきですね。
陛下はアグネーゼに罪はないと言ってくれたが、王女として生きていく道はあるのだろうか? 本人に罪はなくても罪人の娘。次期王になることはないだろうし、嫁ぐ先も見付からないかもしれない。
であれば、その汚名を打ち消してしまうほどのことが必要です。もしこの問題を私たちの手で片付けることができれば……。
だが、祠で見たエヴェリーナは強かった。しかも、もっと強くなっているという。そんなエヴェリーナを倒せるかどうか。私が刺し違えるのは構わないが、それすら難しいだろう。アグネーゼを残して無駄死にするわけにはいかない。
アグネーゼ様がおっしゃっていたテオドーラの剣とかいうものがあれば良いのですが……。
しかし、剣がどこにあるかは分からないし、探している暇もない。もしかするとエヴェリーナの側近はなにか掴んでいるかもしれないが、みな拘束されてしまっていて連絡を取る術はない。
私は無力だ。アグネーゼ様の護衛なのに、アグネーゼ様のために何もできない……。
護衛になった三年前、お爺さまは聖堂と教会のためにエヴェリーナやアグネーゼの情報を流すよう私に命じた。でも、私はほとんど情報を送らなかった。それは、アグネーゼが努力家で、勉強家で、優しくて、暖かくて、思いやりがあって……。
「……アグネーゼ様、私はあなたのために何をして差し上げられますか……」
私の頬をいつの間にか涙が伝っていた。
「泣かないで、エレノア」
「……え?」
たしかに布団の中から声が聞こえた。私は、流れる涙も、瞬きも忘れてアグネーゼが被っている布団を見つめる。すると、バッと布団を跳ね上げ、アグネーゼが顔を出す。
「泣かないで、エレノア。私はもう大丈夫よ」
「アグネーゼ様!」
私は思わずアグネーゼに抱きつく。
「心配掛けたわね。でも、もう割り切ったから大丈夫よ」
「……アグネーゼ様」
「もう、涙は拭きなさい。それよりもこれからのことを考えましょう」
「はい」
私は涙をぬぐい、改めてアグネーゼを見つめる。ちょっと目の下に隈がある。完全に立ち直ったわけではないだろうが、寝ずに自分の中で折り合いを付けていたのかもしれない。
「お母さまのしたことの責任は、私が取らなくてはならないわ。手伝ってね、エレノア」
「もちろんです!」
アグネーゼはベッドから起きて、着替えをする。ブレンダから借りた服はちょっと大きいが、裾や袖を折ればおかしくはない。服を替える手つきなどを見ても、もういつものアグネーゼだ。私はお茶を入れ、テーブルにセットする。
「お腹は空いていませんか?」
「大丈夫よ。でも後で軽くもらおうかしら」
アグネーゼはお茶を飲みつつ答える。山茶花離宮ではお茶の時にはクッキーも一緒に召し上がることが多かったが、ここではそうした用意はできないのでお茶だけだ。
「さて、エレノアも座ってちょうだい。これからの話をするわよ」
「はい、では失礼します」
向かい合ってアグネーゼの目を見ると、やはりいつものキラキラした瞳ではなく、決意の篭もった瞳だ。
「ベアトリーチェの魔導書を破るにはテオドーラの剣しかないわ」
「テオドーラの剣とは、それほどすごいものなのですか?」
「ええ、すべての邪を払う剣と言われているわ。ベアトリーチェの魔導書を得たお母さまは強力な闇の力をまとっていた。破るにはテオドーラの剣が必要よ」
「……ですが、剣はどこにあるのか分かりません」
「どこにあるかは分かっているのよ」
目を瞬かせる私にアグネーゼは続ける。
「エーレンスが持っているのよ。もちろん秘密にはされているけど、ネーフェでは昔からその情報は掴んでいたわ」
「そうなのですね」
「とはいえ、使い方によっては危険な剣だから、他国から貸してくれと言われても、すんなり貸すわけないわね。ましてや、エーレンスの宝物庫から盗み出すわけにもいかないわ」
「……そうでしょうね」
「でも、フィルネツィアにはミアリー第一王妃とブレンダ姉上がいるわ。かわいい孫やひ孫の頼みなら、聞いてくれそうじゃない?」
「……そんな簡単にいくでしょうか?」
「そこは賭けね。エーレンス王はすでに八十ちかい老齢だわ。老いて、頑固になってるのか、孫やひ孫かわいさが優るのかは分からないわね」
たしかに今の私たちがエヴェリーナを倒すとすればテオドーラの剣しかないのだろう。他に手がない以上、賭けてみるしかない。
「かしこまりました。ブレンダ様に面会を申し込みましょう」
四姉妹の視点ではなく、エレノアの視点でお送りしました。
次話は明日です。




