(ブレンダの視点)国王陛下への報告
いつまでも茫然自失でいるわけにはいかないな。
私は、立ち尽くしている騎士団員に騎士団長を急いで学校の保健室に運びこんで手当するように命じ、同じく唖然とした表情の魔術士団員に国王陛下への報告を頼む。
「アグネーゼ、大丈夫か?」
アグネーゼは地面にへたり込んで、光を失った目はどこも見ていないようだ。私の声も聞こえていないようで、アグネーゼの肩を抱いて支えているエレノアが私の声に応える。
「お怪我はありませんが……」
誰も彼も混乱しているが、アグネーゼの混乱は私たちの比ではないだろう。なにしろ、母親に殺されかけたのだ。
「アグネーゼ、怪我はありませんか?」
「アグネーゼ姉様……」
ケイティとターニャもアグネーゼを心配して駆け寄ってくる。
「みな無事ね?」
ガブリエラが瓦礫から降りてきて、私たちを見回しながら問いかける。冷静なガブリエラの顔に、思わず非難の言葉が口をついてしまう。
「無事ねではないぞ、ガブリエラ! 下手をすれば全員死んでいたのだぞ!」
「あなた方には優秀な護衛もいるでしょう。なんとしても彼女を止めるのが先決だったのよ」
「一体何なのだ、さっぱり分からないぞ」
「その説明は後でね」
ガブリエラはそう言うと、瓦礫のほうを振り返り、魔術を唱え始める。大きな魔術陣が、先ほどまで祠だった瓦礫を包み、光を放って消えた。
「これで、この場所は封印したわ。ダンジョンの魔物どもが出てくることもないわ」
ならば、この場所にとどまる意味はないな。
「では、とりあえず、全員王宮まで行こう。王に詳しい報告が必要だろうし、これからのことを話し合わねばなるまい」
後宮へ着くと、まずは妹たちを風呂に入れるよう手配する。みな埃やら塵やらで汚れてしまっている。その間にケイティとターニャの離宮へ使いを出し、急いで着替えを持ってくるよう伝える。アグネーゼの山茶花離宮は騎士団が包囲し、全員拘束したとの知らせがあったので、アグネーゼの着替えは私の服を使うしかない。
「ブレンダ様もお風呂へお入りください。汚れてしまっています」
「私は大丈夫だ、ウェンディ。顔だけ洗うよ。それより、ウェンディも風呂に入ってくると良い」
「私はブレンダ様の側におります。それから、先ほどからミアリー様が面会を求めていらっしゃいますが」
「母上には後にしてくれと伝えてくれ」
母と暢気に話している暇はない。着替えを持ってきたケイティとターニャの使いに、離宮にいる側近を全員後宮に集めるよう伝える。
「お風呂をありがとうございました、ブレンダ姉様」
ターニャとルフィーナが風呂を上がって、私の部屋にやってきた。さっぱりしたようだ。
「ブレンダ姉様、私できれば一度、離宮に戻りたいのですが」
「ダメだ。今戻るのは危険かもしれない」
「危険……ですか?」
ターニャは首をかしげているが、エヴェリーナは躊躇なくアグネーゼを撃とうとしたのだ。私たち姉妹を始末しようと考えていても不思議はない。エヴェリーナはいったん西の空に飛び去ったが、向かった先はまだ不明だ。それが分かるまでは、私たちは一緒にいた方が良い。
「そうですね。離宮でバラバラにいるよりは安全でしょう」
ケイティも部屋に入ってきて、話に混ざる。そして、「イェーリングの魔術士団を王宮に戻した方がよろしいのではありませんか?」と私に言う。
「うん、この後、父に呼ばれているので、その時に進言しようと思うが、おそらくもう手配していると思う」
そうこう話している内に、ケイティとターニャの側近たちもやってきて、私の部屋は人が多くなってきた。側近たちには隣の控えで待機してもらうようにする。
そしてようやくアグネーゼがエレノアに抱えられるように風呂から上がってきた。私の服は大きいかと心配したが大丈夫だった。エレノアがアグネーゼを椅子に座らせると、まだ髪が少し濡れているようで、エレノアがタオルで髪を拭いている。
まだショックからは覚めないか……。
そう簡単に覚めるものではないとは思うが、この後、国王陛下に色々と説明してもらわなくてはならないこともある。
「国王陛下がお呼びです。ブレンダ様、ケイティ様、アグネーゼ様、ターニャ様とその護衛は、国王陛下のお部屋までお願いします」と騎士が伝えに来たので、私たちは立ち上がった。
「みな、怪我がないようで何よりだ」
私たちが部屋に入ると、国王陛下は開口一番そう言って息を吐いた。国王陛下の部屋には、国王陛下とガブリエラだけがいて、他の者はいない。母がいるのではないかと思ったけど、呼んでいないようだ。国王陛下が席を勧め、私たちは着席する。
「おおよその流れはガブリエラより報告を受けた。だが、いくつか分からないこともあるので、その方らに聞きたい。まず、ベアトリーチェの魔導書はどこにあったのだ?」
国王陛下からの問いに私が代表して答える。「ガブリエラから言われたとおり、ダンジョンの最奥まで行ったのです。しかし石碑の周囲には何も無く、どうしようかと考えていたところ、ターニャが石碑に触れると、石碑が動き、その下に隠されていたのです」
「あの石碑は、騎士団長と王族以外が触れても反応しないようになっていたようね。さっき意識を取り戻したユーベルヴェークからそう報告があったわ」と言うガブリエラの眉は厳しい。国王陛下はさらに質問を続ける。
「ふむ、石碑に触れたのは偶然か? ターニャ?」
「はい、躓いてしまい、偶然触れたら動いたのです」
「本当はあそこには何も置いていなくて、みなのチームワークがお宝なのよ、と言うはずだったのよ」
そんなオチが予定されていたのか、とちょっと呆れるが、ガブリエラも石碑や魔導書については知らなかったようなので仕方あるまい。
「なぜ、アグネーゼは魔導書のことを知っていたのだ?」
国王陛下がアグネーゼに問うが、アグネーゼはまだショック状態だ。後ろに立つエレノアが代わりに返事をする。
「恐れながら国王陛下、アグネーゼ様は大きなショックを受けていらっしゃいまして、私が直答することをお許しください」
「うむ、許す」
エレノアの話は私たちには驚きだった。ゼーネハイトが魔導書を狙っていること、騎士団長が魔導書を管理していることを知り、アグネーゼを中心にエヴェリーナの側近たちは以前から魔導書の在りかを探していたという。ネーフェの情報収集力はそこまで凄いのかと改めて驚かされた。
「ですが、まさかエヴェリーナ様が自ら魔導書をお使いになるとは私たちも知りませんでした。ましてやその目的がグレイソン様を王にしようなどと……」
エレノアの報告を聞いた国王陛下はいったん目を瞑り、深く息を吐くと話し始めた。
「あれは大変危険な魔導書なのだ。ゆえに、代々騎士団長が厳重に管理し、王族にもその保管場所を明かさないこととなっているのだ」
「であれば、その危険性を話しておくべきでしたね」
「ガブリエラ!?」
「良いのだ、ブレンダ。ガブリエラの言うとおりだ。そなたたちには話しておくべきだった。みな、魔導書の存在は知っていたのだろう?」
私とケイティは頷いたが、ターニャは首を捻り、後ろのルフィーナに、「魔導書の話など聞いたことありましたか?」と尋ねている。ルフィーナは首を振った。
「ターニャだけ知らなかったか。それでもいずれは知ることになっただろう。話しておくべきだったことには変わりはない。しかし、今となっては悔いても仕方ない。魔導書はエヴェリーナの手に渡り、彼女は力を得てしまった。これからどうするかを考えねばならぬ」
国王陛下も悩みどころです。




