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(アグネーゼの視点)アグネーゼの休日

「アグネーゼ様、ちょっとよろしいでしょうか?」

「なにかしら? エレノア」


 エレノアが私の耳元に顔を寄せて、小さな声で話し始める。これは離宮の他の者に聞かれないための話し方だ。自室とはいえ、どこに耳があるか分からない。


「グレイソン様の件です」

「なにかしでかした?」

「いえ、病気ということで、イェーリングの隣の自治領ディトゥースの城に引きこもったそうです」

「……本当にバカね。お母さまは知っているのね?」

「はい。エヴェリーナ様から内密にアグネーゼ様にお伝えするよう言われました。他の者には漏らすな、と」

「隠してもすぐに広まるでしょうに」


 あの臆病者はどうしようもないわね……。


 どうせ仮病だろうし、イェーリングでゼーネハイトと戦えとの王命に背けば、次期王どころか王族でいることもできないだろう。せっかく第二王子という、次期王にもっとも近い位置にいたのに勿体ないことだが、あの性格と能力では王の役目は果たせまい。


「ちょっと出掛けましょう、エレノア」

「え? 突然どちらへ?」

「せっかくのお休みなのに、バカのことを考えてたら気分が悪くなったわ。気晴らしにその辺を歩きたいわ」




 母と私が暮す山茶花離宮は、貴族街の中、つまり王宮から比較的近い位置にある。第一王妃は王宮に隣接する後宮で暮らしているわけだから、第二王妃である母が王宮から一番近い離宮を賜っても何の不思議もない。ただ、離宮が貴族街の中にあるのは、別の理由もあると思う。


 常に見張られてるようなものよね。


 人や荷の出入り、動きなども、周りの貴族に監視されているも同然だ。母は「ネーフェからの輿入れなのだから、ある程度見張られるのは仕方ありません」と言うが、息苦しさを感じずにはいられない。

 こうしてエレノアと二人、何の目的もなく散歩に出ただけでもおそらく監視されているに違いない。いちいち気にしても仕方ないけれど。


「そういえば、クラスの子たちが、西通りに新しいアクセサリー屋ができたと言ってたわね」

「えっ? そうですか?」

「そんな話で盛り上がってるのが聞こえてきたのよ。エレノアは聞いてなかった?」

「クラスメイトの世間話ですか。聞こえていても不審な点がなければ頭からすぐに消えてしまいますので」

「フフ、ちょっと行ってみましょう」


 西通りに新しくできたというアクセサリー屋はすぐに見付かった。貴族街の店としては珍しく、店内にはディスプレイがあり、たくさんの商品が並んでいる。普通、貴族が何か商品を買う場合は商人を屋敷に呼ぶため、店頭では販売していないことも多いと聞いていたが、この店は違うようだ。

 私たちが店に入ると、店の主人らしき者が出てきて、「いらっしゃいませ、お客様。何かご要望やご不明な点などございましたらお声を掛けてくださいませ」と言って、ディスプレイの後ろに控える。他の客はいないようだ。


「こういうお店に入ったのは初めてだわ」

「貴族街では珍しいかもしれませんが、私どもの扱うアクセサリーは大変商品数が多いものですので、お屋敷にすべてをお持ちしてお見せすることができません。ですから、足を運んでいただければ、すべての商品を見れるようにしています」

「面白いわね。商人が持ってくるのはいつも同じような物ばかりたしね」

「当店はさまざまなタイプのアクセサリーを扱っています。貴族のお嬢様にもお使いいただけますよう、どれも一点モノですので、他の方と被ることもございませんよ」


 ディスプレイを眺めれば、指輪からネックレス、イヤリングなどが並んでいるが、変わったデザインの物も多いようだ。


「エレノア、あなたにも一つプレゼントするから、好きな物を選びなさい」

「えっ、そんな、私にですか?」

「ええ、いつも頑張ってくれてるご褒美よ」


 私がそう言うと、エレノアも真剣にディスプレイを覗き込んで、アクセサリーを選び始めた。優秀な護衛だけど、やっぱり女の子だ。


「私は髪飾りを一つ貰おうかしら。変わっていて、可愛い物はあるかしら?」

「お客様の美しい金の髪には、こちらの髪飾りがとても映えると思いますが、いかがでしょう」


 そう言って、主人は緑と赤の花があしらわれた髪飾りを指す。可愛らしくて良さそうだ。


「よろしければ、お付けしてみられますか?」

「ええ。エレノア、ちょっといい?」


 エレノアは店主から髪飾りを受け取り、私の髪に付ける。後ろで髪を束ねているところにちょうど合うようだ。

 私も鏡で確認しながら、「どうかしら、エレノア?」と聞くと、エレノアは「大変お似合いですよ、アグネーゼ様」とにっこり笑う。私も気に入った。


「アグネーゼ様……。王女殿下でいらっしゃいましたか。無礼をお許し下さい」と、私たちのやり取りを聞いていた店主が慌てて跪く。


「いいのよ。私はこちらを頂くわ。エレノアはどれにするか決まった?」

「はい、私はこちらの赤いイヤリングが気に入りました」

「ほー、どれどれ」


 エレノアが指すイヤリングを見ると、小さく可愛らしい赤い花の飾りがついたイヤリングだ。エレノアの深緑の髪によく映えそうだ。


「良いじゃない。とっても可愛いわよ。店主、この二つを頂くわ」

「ありがとうございます。お代は離宮の方に請求させていただけばよろしいでしょうか?」

「ええ、そうしてちょうだい」




 買い物を終えると、そろそろ日も傾きかけている。良い気晴らしもできたし、離宮に戻ることにする。


「アグネーゼ様、ありがとうございます」

「フフ、良いのよ。エレノアは可愛いんだから、もっとオシャレもしないとね」

「可愛い……ことはないと思いますが、アグネーゼ様のお側にいても恥ずかしくないよう気を付けます。それより、お気は晴れましたか?」

「ええ、お店で買い物なんて初めてしたけど、楽しかったわ」

気晴らしができたアグネーゼでした。

今日は後1本上げます。

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