(ブレンダの視点)魔術大国エーレンスからの使者
毎日女学校でしっかり勉強していると休みの日が待ち遠しい。でも、次の休みは母と出掛けることになっており、待ち遠しさよりも面倒に思う気持ちの方が強い。
兄上が亡くなって、母上は変わってしまったな。
以前は鷹揚で、穏やかな母だったのに、今は私の顔を見るたびに「勉強していますか?」「次期王を目指すのですよ」と、口うるさくなってしまった。もちろん、その気持ちも分からないではないし、私も王命にしたがって勉強は頑張っているつもりだ。ただ、その変わりように面食らっている。
もしかすると、私が知らなかっただけで、兄上は厳しく育てられたのかもしれないな。
私はといえば、次期王になること自体にはそれほど執着していない。もちろん、なれればなっても良い。でも今はそれ以上に、色々なことを学ぶのが楽しいし、それら学んだことが剣にも生きると気付いた。
ルフィーナの最後の剣技は本当にすごかった。
あれは腕力や瞬発力だけを鍛えていればできるような芸当ではない。自分の力はもちろん、色々なものを力にしてこそなせる技だ。その色々なものが何なのかは今はまだ分からないが、それを考え、学んでいくことが剣の、ひいては自分の成長に繋がるのだと分かった。
またいつか、ルフィーナと戦えると良いな。
一週間ぶりの休日。馬車には母と私が乗り、ウェンディや母の護衛は馬に乗って付き従っている。そういえば、どこに行くのか聞いていない。
「母上、どこに向かっているのです?」
「山吹御苑よ。幼い頃に行ったのを覚えていますか?」
「いや、覚えていません」
山吹御苑は、王都のはずれにある、国王陛下所有の庭園だ。もう季節は秋から冬に入りつつあり、花を見るでもないだろうと思うが、別に花を見るわけでもないのだろうとは察しはつく。
御苑の門をくぐり、馬車は中へ進んでいく。一般に公開されているわけではないので、他にひと気はない。馬車が停まって降りると、目の前の小高い丘の上に小さな建物が見える。
「休憩所ですか?」
「そう、回りが開けているから、聞き耳を立てられたり、潜まれたりすることもないわ」
「ずいぶん慎重なのですね、母上」
母と私は丘を上がっていき、建物の中に入る。護衛は建物の外で四方を監視するらしい。建物の中は一部屋しかない。小さなテーブルが一つに、周りに椅子があり、その一つに若い女性が座っている。女性は椅子からいったん立ち上がり、私たちに向かって跪く。
「ご無沙汰しています、ミアリー様。お初にお目に掛かります、ブレンダ様。エーレンス魔術士団のエートールと申します」
「久しぶりです、エートール。座ってください」
母が声を掛けるとエートールと名乗った女性は席に着き、母と私も席に着く。
「お爺さまはお元気かしら?」
「はい、国王陛下はますますお元気ですよ」
部屋に私たちしかいないのでお茶もないが、さすがにここでもしエートールがお茶を入れてくれても口は付けられないだろう。
「ミアリー様、エーレンス国王陛下からのご伝言です」とエートールが言うと、母は心持ち背筋を伸ばしたように見えた。
「エーレンスは、ブレンダ様が次期王となるための支援を惜しまない。そのために、我がエーレンスの秘宝であるテオドーラの剣をブレンダ様に授ける、とのことです」
「まぁ、あの剣を!?」と喜ぶ母を制し、エートールは続ける。「ただし、フィルネツィアのどこかに眠るベアトリーチェの魔導書と交換である。魔導書を探すのだ、と付け加えられました」
エートールは伝言を終えると、軽く一礼した。
「伝言は以上です」
「たしかに承りましたとお爺さまに伝えてください」
エートールは、「はい」と頷くと、その場から突然姿を消した。呆気にとられる私を見て母が言う。
「転移魔術よ。そんなに驚くことはないでしょう?」
「一人でも使えるものなのですか?」
「そういう神器もあるのよ。そんなことよりも、ブレンダ、聞きましたね?」
母は私の目を見つめて話す。
「エーレンスのお爺さまがテオドーラの剣をくださるとのことです。これで次期王の座もぐっと近づくことになるでしょう」
「テオドーラの剣とはなんです? 初めて聞きますが」
「まぁ、知らないのね」
どうやら古くからエーレンスに伝わる伝説の剣だそうだ。特別な力があるらしい。
「エーレンスの王族しか存在を知らない剣なのです。この剣があれば、ドラゴンを一人で倒すこともできると言われています」
「……それはまた、たいそうな話ですね」
そんな夢物語のような剣があるはずがない。とはいえ、母は信じているようなので、これ以上は聞かない。
「それにしても、国王陛下は私たちの課題への取り組みを見て、次期王を定めるとおっしゃいました。剣があってもどうにもならないでしょう?」
「テオドーラの剣を持ち、ゼーネハイトを打ち破れば良いのです。国民はあなたを英雄として扱うでしょう。そうすれば、次期王の座も自然と手に入るようなものです」
「そんな……」
バカらしい、と言いかけて私は言葉を飲み込む。戦場はそんなに生やさしいものではない。どんなに立派な剣かは知らないが、それだけで戦況を変えることはできまい。でも、ここで言い争っても仕方がないので、話を変えてみる。
「それに、ベアトリーチェの魔導書とは何なんです? 私は聞いたことがありませんが」
「ベアトリーチェの魔導書は、伝説の魔術士ベアトリーチェが使っていたという書ですね。私もフィルネツィアにあるとは知りませんでした。早急に探させますから安心なさい」
……別に心配しているわけではないのだけれど。
後宮へ戻る馬車の中で私はじっと考える。どうやら、母は何としても私を次期王にしたいようだ。そのためにエーレンスを巻き込むことも辞さないようで、それが実に危険であることくらいは私にも分かる。
これは、どうやって母を止めるか考えねばならないかもしれないな……。
この動きが万一にも他に漏れれば、母も私も処罰は免れまい。たいしてなりたいわけでもない次期王のために、そんなに危ない橋を渡る必要はない。
テオドーラの剣は隣国にあるようです。
次話は明日です。




