(ターニャの視点)次の魔術の課題
課題を達成した旨を手紙にしたためて、イェーリングにいるガブリエラに送ると、三日後に王都に帰るから、その時に屋敷まで来るようにと返信がきた。
ウェンディが教えてくれた、祈りごと頭に思い浮かべる方法は私にあっていたようで、あの後少し練習すると、瞬時に防御魔術を展開できるようになった。ついでに、ガブリエラから借りていた魔術本に出ていた他の属性、火・風・土・天の属性の防御魔術も出せるようになった。
「なんとか間に合いましたね、ターニャ様」
「ええ、ルフィーナのおかげです」
「私は何もしてませんよ」
ルフィーナは謙遜するが、ブレンダとの試合を受けてくれなかったらウェンディからこの方法を教わることもできなかった。本当に助かった。
三日後、ガブリエラの屋敷に行くと、ガブリエラはずいぶんと疲れているようで、元気がない。こんなガブリエラを見るのは初めてだ。
「お疲れのようですね、ガブリエラ」
「そりゃもう」
何故か分からないが突然騎士団長が王都に呼び戻されたため、魔術士団長のガブリエラがイェーリングでの全指揮を執る羽目になり、魔術士団だけでなく騎士団と軍の面倒も見ることになった。
「騎士団の連中が言うことを聞かないのなんのって」
そもそも騎士団と魔術士団はあまり仲がよろしくないそうだ。ガブリエラの名が高いことも気に食わないのかもしれない。
「ただでさえ情報が集まらなくて苦戦してるのに、統率も取れないんじゃ、勝てるわけないわよね」
「では、戦争はまだ続きそうなのですか?」
「そうね。まだ終わりは見えないわ」
戦争が始まってちょうど二ヶ月が経過したが、まだ続くらしい。ガブリエラはため息をつく。
「まぁ、仕方ないわよね。それはさておき、修行の成果を見せてもらおうかしら」
「かしこまりました」
私は立ち上がり、祈ること無しに水の防御魔術を展開してみせる。魔術本に載っていた、一番複雑な魔術陣だ。
「うん、良いわね。もしかして、他の属性も練習した?」
私は水の防御魔術を消し、火、風、土、天属性の防御魔術を次々と展開してみせた。
「やるじゃない。第一段階は合格よ」
「……あの、ガブリエラ」
私はちょっと心に引っかかってることを聞いてみる。
「この、祈り無しに魔術を出す方法は、ブレンダ姉様の護衛のウェンディに教えてもらったのですけど、これってズルにはなりませんか?」
それを聞いたガブリエラは、「ターニャは正直者ね」と笑って、言葉を続ける。
「誰に聞いても、誰の協力を得ても何の問題もないわよ。それが最適な方法だったのでしょ?」
「ええ、一人ではとても達成できませんでした」
「一人で悩む必要はないわ」
ガブリエラはそう言って、言葉をいったん切って、私を見つめる。
「あなたは王族なのだから、周りを上手く使いなさい。自分が努力することも大事だけど、あなたに求められるのは常に結果よ」
「……分かりました」
ガブリエラが自分の後ろに控えていた魔術士に目配せすると、テーブルに二冊の分厚い本が置かれた。次に学ぶための魔術本かなと思って見ていると、ガブリエラが本を手に取りつつ、話し始める。
「これは攻撃魔術と補助魔術の基礎について書かれた魔術本よ。次はこの二冊を学んでもらうわ」
「……ずいぶんたくさんありますね」
「全部とは言わないわ」
ガブリエラがちょっと微笑む。何か嫌な予感がする。
「ターニャには一ヶ月後、ダンジョンに潜ってもらうわ」
「……ダンジョン? 地下の洞窟とか迷宮のことですか?」
「そう、そのダンジョン。そのために必要と思う攻撃魔術と補助魔術を自分で考えて、それまでにマスターなさい」
ガブリエラが何を言っているのかよく分からなくて、一瞬頭が真っ白になったが、次第に事の大きさが理解できてくる。
「ダンジョンて何ですか? 敵でも出るんですか? そんなところ行けるわけありませんよ!」
「言葉使いが乱れてるわよ、ターニャ」
ガブリエラはお茶に口を付け、楽しそうな目で話を続ける。
「女学校の敷地内に封印された祠があって、そこに小さなダンジョンがあるのよ。まぁ、そんなに強い魔物はいないので安心なさい」
「安心て……。戦うなんて私にできるはずありませんよ」
「あなたが戦わなくても良いのよ」
「えっ?」
「さっきも言ったでしょ。上手く周りを使いなさいと。一人で行けとは言ってないわよ」
なるほど。ルフィーナを連れて行っても良いってことか。それなら安心だ。
「でも、祠には貴族しか入れないわよ」
「えっ!?」
それではルフィーナに付いてきてもらえないではないですか!
「あ、貴族一人につき、護衛一人は入れるんだったわ」
「……」
それは良かったけど、からかわれてるのかもしれない……。
「誰を連れて行くか、そしてその中で自分が果たすべき役割を考えて、どの魔術を学ぶのか考えなさい。それが次の課題よ」
「分かりました」
ガブリエラの屋敷を辞して、馬車に揺られて離宮へ帰る。王都もずいぶんと肌寒くなってきた。ルフィーナが膝掛けを掛けてくれる。
「ありがとう、ルフィーナ。ねぇ、ダンジョンにはルフィーナも付いてきてくれますよね?」
「当然です。来るなと言われても行きますので、ご安心を」
「ありがとう」
安心しながらも私の胸には不安も湧いてくる。ガブリエラはルフィーナの強さを知っているはずだ。強い魔物はいないと言ってたけど、もしルフィーナを連れて行くこと前提なら、とんでもなく強い魔物だらけということも考えられる。
「どんな魔物がいようとご安心下さい。ターニャ様には指一本触れさせませんので。ただ……」
「ただ?」
「ターニャ様が学ばれるのは、防御、攻撃、補助の魔術ですが、ダンジョンに行くのであれば、一つ足りませんよね?」
「何か足りないかしら?」
「回復魔術がありませんよ」
なるほど、確かにそうだ。ガブリエラのことだから、このタイミングで回復魔術を学ばせないことにも何か意味がありそうだ。
「回復魔術を使える者を連れて行け、ということかもしれませんよ」
「……なるほど。離宮の側近に回復魔術を使える者はいるかしら?」
「いませんね。それに、貴族一人に護衛一人しか入れないと言ってました」
「ということは、貴族で回復魔術を使える人を探さないといけないということですか。ルフィーナは思い当たって?」
「そう言えば、ケイティ様が回復魔術の使い手ですね。回復は、聖堂や教会の者が得意とする魔術ですので」
なるほど。でも、ケイティ姉様にそんな危険なことをお願いしても良いものなのかしら?
次の課題はダンジョンです。
次話も明日予定です。




