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(ケイティの視点)魔導書の行方

「ベアトリーチェの魔導書ですか?」

「はい、ケイティお嬢様」


 ベアトリーチェの魔導書――。噂だけは聞いたことがある。手にした者は大いなる力を得るとか、よくある伝承の類と思っていた。


「実在するのですか? 本の中の作り話と思っていましたが」

「真偽の程は分かりませんが、教会ルートで流れてきた情報だそうです」

「フィルネツィアにあると言うのですか?」

「攻め込んできたゼーネハイト軍の中にベアトリーチェの魔道書を探している隊がいると、イェーリングの教会の者から連絡があったそうです」

「……なるほど。でもそれだけではフィルネツィアにあるという根拠には弱いですね」


 そんな大層なものがあるのなら、今までに世に出なかったはずはない。使ってみたくなるだろうし、あるいは、使っても何の力もなかったのかもしれないけれど。


「オーフェルヴェーク大司教からこの件を調べるように命じられました」

「お爺さまが求めそうなものですものね。調べるといっても、調べようがないでしょうに」

「そうですね。それなりに周囲を調べてみますが、ケイティお嬢様がお気になされることはございません」


 そう言うと、ロザリアは一礼して私の部屋を退出していった。私は中断した読書を再開しようと本に目を落とすが、ロザリアの話が気になって集中できない。

 大いなる力……。そのようなものがフィルネツィア国内にあるとは思えないが、もし本当にあるのならば、誰が手にするかによって、国は大きく動くだろう。


 お爺さまにだけは渡してはいけないものですね……。


 誰よりも自分の身内の手に渡って欲しくないと思わなければならない状況に、ケイティは思わず苦笑してしまう。

 古来、聖堂や教会が政治に介入して、碌なことになった試しがない。それは歴史が証明している。それにもかかわらず、政教の争いごとは頻発する。どちらが善くて、どちらが悪いという話ではなく、お互いに干渉せず、それぞれの役割を果たせば良いだけなのに。


 まぁ、あるかどうかも分からないもののことを考えても仕方ありませんね。




 読書に戻ろうと机の本に再び目を落とした瞬間、また扉がノックされ、再びロザリアが入ってくる。何か言い忘れたのかと思ったら、ちょっと困った顔をしている。


「ケイティ様、アグネーゼ様がお見えなのですが……」

「アグネーゼが?」


 約束した覚えはないが、断るほどでもないので、アグネーゼを居間に案内してもらい、私も向かう。


「ケイティ姉上、突然でごめんなさい」

「良いですよ、私も何をしていたわけでもありませんから」


 アグネーゼは女学校の制服のままだ。学校帰りに王宮執政所で仕事をしているはずなので、仕事の後にそのままここへ来たのだろう。エレノアがアグネーゼの後ろで済まなそうな顔をしているので、突然思い立って来たに違いない。私はアグネーゼにお茶を勧め、尋ねる。


「それで、どうしたのですか? 何かありましたか?」

「きっと、ケイティ姉上なら情報を掴んでると思って。ベアトリーチェの魔導書がフィルネツィアのどこかにあるって話は聞いてるわよね?」


 具体的にベアトリーチェの魔導書と言うからには、私が知っていると確信しての質問だろう。ならば誤魔化す必要もない。


「ええ、でもどこにあるのか、いえ、本当にフィルネツィア国内にあるのか、そこまでは知りません。アグネーゼは知っていますの?」

「いえ、私もそこまでは分からないわ。お母様の実家の情報収集力をもってしても掴めないのよ」


 アグネーゼの母エヴェリーナの実家はネーフェだ。彼女がネーフェから連れてきた多くの側近たちの情報収集力には、お爺さまも一目置いている。


「ケイティ姉上なら、教会からの情報が集まってるんじゃないかと思って」

「集まっていませんよ。そもそも安易に広げて良い話とは思っていません。聖堂でも一部の者が調べているようですけど、雲を掴むような話に割ける時間は多くありません」

「そうだよねぇ」


 アグネーゼは頷きながら、「どこにあるか分からない上に、どんな力があるかも分からないんじゃねぇ」とつぶやく。何かを知っていそうな雰囲気を感じて、尋ねてみる。


「アグネーゼは、ベアトリーチェの魔導書について、何か知っているのですか?」

「手にした者は大いなる力を得る、って話よね。詳しくは知らないけど、魔導書っていうくらいだから、大きな魔術が使えるんじゃないかな」

「……魔術ですか。物騒な魔術じゃないと良いですね。そう言えば、同じように力を得る剣もありますよね?」

「テオドーラの剣ね。おとぎ話とは思うけど、剣ならブレンダ姉上が欲しがりそうね」


 そう言ってアグネーゼは笑う。


「怪しいものに頼って簡単に力を得るのではなく、自分が努力した末にしか本当の力は身に付かないと思いますけど」

「フフ、ケイティ姉上は優等生ね」

「……私はただの凡人ですよ」




 夕食を一緒にどうかと誘ったけど、ちょっと寄るところがあると言ってアグネーゼは帰って行った。夕食を摂って、自室に戻ると、ロザリアがいぶかしそうにつぶやく。


「アグネーゼ様は何の御用だったのでしょうね、ケイティお嬢様?」

「私が何か知らないか、反応を見に来たのでしょう」


 私がベアトリーチェの魔導書についてどの程度の情報を持っているかを確認に来たに違いない。残念ながら本当に大したことは知らないので、アグネーゼのお気には召さなかっただろう。


「つまり、アグネーゼ様はベアトリーチェの魔導書をお望みなのですね」

「そうでしょうね」

「……何をされるおつもりなのでしょう?」

「それには、魔導書がどのようなものなのかを調べる必要がありますね。ロザリア、頼めるかしら? そうそう、この話は内密でお願いしますね」

「かしこまりました」


 もしベアトリーチェの魔導書が、アグネーゼが手に入れては危険なものであれば、阻止も考えなくてはなりませんね。

アグネーゼはケイティが何か知らないか探りに来ました。

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