(ターニャの視点)魔術の訓練とポーション作り
私の側近としてヴィーシュから付いてきてくれたのは、ルフィーナをはじめとする剣士・武官が五人、文官が三人、それにルチアが筆頭を務める側仕えが九人だ。その他に下働きの者が二十数名いる。ヴィーシュ侯からは「もっと連れて行きなさい」と言われたが、これでも十分に多いのではないかと思って断ったのだ。
人数はさておき、こうして見ると魔術士が一人もいないことが分かる。ガブリエラに会いに行く前に実用魔術をおさらいした時には、側仕えの中に実用魔術を使える者がいたので教わることができた。しかし、防御魔術を学ぼうと思うと側近の中には使える者がいない。
「水を司る女神ティートよ、我の祈りがきこえせば、その守護の御力を貸したまえ」
祈りを捧げながら、頭の中で魔術陣を描くと、目の前に魔術陣が展開される。ガブリエラから借りた魔術本によれば、防御魔術にも種類があり、魔術陣の複雑さや大きさにより防御力が変わってくるそうだ。一週間ほど練習すると、一番複雑な魔術陣も展開できるようにはなったけど、その先がまったく見えない。祈りを捧げずに魔術陣を展開するなんてことができるのだろうか?
「こうして女神に祈れば魔術陣は展開できますけど、どうすれば祈らずにできるようになるのでしょうね」
「頭に思い浮かべるだけではダメなのですか?」
「思い浮かべるだけでは何度やってもダメですね」
「でも、ガブリエラ様はたしかに祈り無しで、魔術陣を出してましたね」
「ええ。それもずいぶんと簡単に出していたように見えましたが……」
私とルフィーナがいくら頭を悩ませてもどうにも分からない。魔術本も隅から隅まで読んだけど、祈り無しでなんて記述はない。
「ターニャお嬢様、ヴィーシュからお手紙です。魔術に関する問い合せの返事ではありませんか?」
ルチアが扉をノックして入ってきて、私に告げる。ガブリエラの屋敷から離宮に戻ってすぐに、防御魔術を祈り無しで出す方法について問い合わせる手紙をヴィーシュに送っておいたのだ。
「ずいぶん早く返ってきましたね。どれどれ……」
手紙はやけに分厚く、三通も入っている。ヴィーシュ侯、お母さま、それにヴィーシュの魔術士長からだ。本来ならヴィーシュ侯からの手紙を先に読むべきだが、今知りたいのは何よりも祈り無しで防御魔術を出す方法なので、魔術士長の手紙から読む。
「なになに、防御魔術は魔術士の基本とも言える魔術ですが、ヴィーシュでは祈り無しに防御魔術を展開できる魔術士はおりません……、え!?」
魔術士長の手紙によれば、魔術士であれば防御魔術は使えるのが普通だそうだが、祈り無しで出せる者はいないと言う。そもそも魔術士は近接での戦闘を想定していないので、すぐさま防御魔術を展開しなければならないケースはほとんど無いのだそうだ。
「言われてみればそうですね。魔術士は近接で騎士に敵いようもありません。防御魔術を展開している暇があるなら、急いで逃げるべきでしょう」
「……ルフィーナは冷静ですね。これでは課題がクリアできません」
「他のお手紙も読んでみてはいかがですか」
ヴィーシュ侯からの手紙は、ヴィーシュの近況や私の体調を心配するところから始まり、他愛もない話ばかりだ。防御魔術のことはもちろん次期王への課題の件についてもとくに触れられていなかった。
「普通にかわいい孫へのお手紙ですね。ヴィーシュ侯はターニャ様がかわいくて仕方ないのでしょう」
「……手紙は嬉しいですが、今欲しいのはこれではありません」
次にお母さまからの手紙を開く。お爺さまの手紙と同じように、近況から私を心配する文が続き、お爺さまの手紙と同じかなと思ったら、魔術のことも少し書かれていた。
『防御魔術ではありませんが、私の側仕えに実用魔術を祈り無しで使える者がいます。その者によれば、日々使っていたところ、ある日突然祈り無しでも使えるようになったそうです。あまり参考にはならないかもしれませんけど』
と手紙にはある。
「……どうやらガブリエラが言っていたように、たくさん練習して掴むしかないというのは本当のようですね」
「ターニャ様の一番苦手なことでしょうが、努力するしかなさそうですね」
「……頑張ります」
そのようなわけで、私は時間を見つけては防御魔術の練習に励んだ。といっても、魔術には魔力を使う。そんなに立て続けに練習ができるものではない。あまり連続でやっていると、体がダルくなってくる。多分、魔力が尽きかけてしまうのだろう。
見かねたルチアが、「魔力を回復させるポーションを作ってはいかがですか?」と提案してくれたので、ひとまず作ってみることにする。
魔力を回復させるポーションは、それほど難しいものではない。何種類かの触媒が必要だが、店で売っているものやヴィーシュから持ってきたものもあるので、触媒探しに走り回る必要もない。念のため、ポーション作りに必要な触媒をたくさん送ってくれるよう、ヴィーシュにも使いを出しておいた。
「この触媒をここに入れて、魔力を注ぎつつ混ぜれば完成ですね」
「ターニャお嬢様、ポーション作りは本来魔術士の仕事ですよ。といっても、ここには魔術士はいないので仕方ありませんが……」
「そう、仕方ないのです。よっと、完成です」
触媒を混ぜていた小さな鍋がちょっと光ったと思うと、琥珀色の液体に変化した。これで完成だろう。
「では、さっそく飲んでみますね」
「お待ち下さい、ターニャお嬢様。毒味が必要ですよ」
「あぁ、そうでしたね」
ルチアが液体をスプーンでひとすくいして口に運び、顔をしかめる。
「ひどい味ですね…。体に悪いものではないようですが、本当にこれを飲みながら練習されるのですか?」
「やるしかありません」
毒味のスキルを持つルチアのオーケーが出たので、私もひとすくい口にしてみる。ひどい味だが、たしかに魔力が少し回復する。
「成功ですね。ただ、減った魔力を回復させるには結構な量を飲まなければならなそうです」
「あまり大量に飲まれると何か影響があるかもしれませんので、少量から徐々に試していってくださいませ」
「そういたしましょう」
それからは、防御魔術の練習、ポーションで魔力を回復、ポーション作りと、忙しい日々を過ごす。でも、いっこうに祈り無しで魔術を出せる気配はない。本当にできるようになるのかしら。
魔術の練習です。




