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(四姉妹の視点)睡蓮の花 【最終回】

 すべてを国王陛下に報告し、ようやくいつもの生活に戻ったと思うのも束の間、私は次期王と正式に指名された。貴族たちを招いてのお披露目なども開かれて休む間もないほどではあったが、妹たちが自分のことのように喜んで祝福してくれたことがなにより嬉しかった。


「お疲れでしょう、ブレンダ様」ウェンディがお茶を入れてくれながら私をいたわる。

「ああ、さすがに疲れたよ」私はソファーに体を沈めながら言う。「でも、悪くない気分だよ」

「あら、次期王になったことがですか?」

「いや、みんながそれを喜んでくれることが、だな」

「そうですね。とくにミアリー様はとても喜んでらっしゃいますね」

「そうだな」私は母の喜びようを思い出して苦笑する。こんなに満面の笑みの母を見たのは初めてというほどだった。


「母のことはともかくだ」私はお茶をひと口飲んで話を変える。「エーレンスが気掛かりだな」

「例のクラインヴァインの件は始まってないのでしょうか?」

「まだ知らせはないな」


 クラインヴァインは死んだことにすると簡単に言っていたけど、魔術士団長で次期王の婚約者である彼女が死ねばエーレンスは大きく揺れるだろう。すでにクラインヴァインは死んだ振りをして天に行ってしまったのかもしれないが、エーレンスが隠していてもおかしくない。


「だが、いつまでも隠し通せるものでもない。いずれは何か動きがあるだろう」エーレンスと関係が深いフィルネツィアにも何か影響はあるかもしれない。


「そうですね。今は動きを待つしかありませんね。とりあえずブレンダ様は卒業に向けてもうひと頑張りですね」

「そうだな」


 次期王になったとはいえ、学校生活はまだ少し残っている。夏まではしっかり学校に通い、卒業してから次期王としての仕事を始めていくつもりだ。


「そう言えば、ゼーネハイトのエルフリーデ王女からお祝いの手紙が来ていましたよ」


 私はウェンディから手紙を受け取って目を通す。「あちらも順調なようだ。体調を崩していたゼーネハイト王は持ち直したようだが、どうやら夏には退位するらしい。そうするとエルフリーデ王女が正式にゼーネハイト王になるのだな」

「戴冠式にはぜひ行きたいですね」

「ああ、まだちょっと気は早いが、招待されたらお祝いに行こう」

「きっと招待されますよ」


 そう言えば、当然かもしれないけど、とくにパーヴェルホルトのことは触れられていない。


「パーヴェルホルトのことは残念だったな」

「そうですね……。でも、神と人間の恋ではいずれ終わらざるを得なかったでしょうね」

「そうだな。恋愛は難しいのだな」

「あら?」ウェンディが興味深そうに私を見つめる。「ブレンダ様もようやく恋愛に興味を持たれたのですか?」

「くっ、そんなことはなくも……ないような気もする」

「フフフ、良い相手を探さなくてはなりませんね」


 私の婿を探す母とウェンディの楽しそうな顔が容易に想像できて、私はちょっと肩をすくめた。



 祭壇で祈りを捧げていると、後ろからお爺さまが声をかけてきた。


「祈る神は見つかったか、ケイティ?」

「いえ、でも特定の神ではなく、すべての神々にお祈りすれば良いのだと気付きました」

「今までと変わらぬではないか」お爺さまが苦笑する。

「気持ちの問題です」


 これまでいろいろと悩んできたけど、神々がなんとなく私たちを見守ってくれていることは分かった。でもそれは、何かあれば必ず助けてくれるようなものではなくて、あくまで神々は気まぐれだ。敬いつつ、気が向いたら助けてくださいね程度に考えていたほうが良い。


「そう言えば、夏はどうするのだ? まだ教会は回るのか?」

「はい。次期王のための課題ではなくなりましたが、定期的に回りたいと思っています」

「そうか。それは良いことだ。ケイティが行くとみな喜ぶ」お爺さまが微笑む。次期王がブレンダと決まった時にはずいぶんとショックを受けていたようだが、早くも立ち直ったようだ。


「では、私は離宮に帰りますね」

「うむ、暑くなってきたので体に気を付けてな」

「ありがとうございます。お爺さまこそお気を付けを」




 馬車で離宮へ向かう道も夏の匂いがし始めている。


「夏はロザリアも一緒にお祈りですよ」

「は、はい。そうですね。頑張って勉強しています」ロザリアが汗を拭く。

「そんなに難しい作法ではないでしょう?」

「ケイティお嬢様は慣れているからそうおっしゃいますが、なかなか覚えられませんで……」

「私が大司教になったら、お祈りの作法も見直すつもりです。もっと簡単で良いと思うのです」

「そうですね、もっと簡単な方が……って、えっ!? 今なんとおっしゃったのです?」


 ロザリアが目を丸くして私の顔を覗き込む。


「大声はいけません。馬車の中は声が響きますよ」

「大司教って……、ケイティお嬢様は大司教になるのですか?」

「目指すということです。まだお爺さまにも言ってないので内緒ですよ」

「はい、もちろんです。……でも、ビックリしました」

「ですから、大司教の護衛として、お祈りくらいはしっかりできるようになってくださいね」

「は、はい。分かりました」


 実際のところ、次の大司教は母の兄、つまり私の叔父が就くであろうと言われている。叔父は極めて普通の人で、大聖堂や教会の改革など考えもしないだろう。

 私ならやれるはずだ、とまでは今はまだ自信を持てないけど、まだまだお爺さまは元気だ。次の大司教を選ぶまでは時間がある。それまでに、お爺さまだけでなく、他の聖堂や教会の関係者も納得させられるよう努力していくつもりだ。


「まだまだ、私も勉強が必要です。一緒に頑張りましょうね」

「はい、お手柔らかにお願いします……」


 私は、神々の正体を知ってしまった今でも宗教が無意味だと思わない。救いを求めている人は大勢いるのだ。

 確実な救いはないのかもしれない。でも、希望を与えることはできるし、大聖堂も教会もそのためにあるべきだ。私はそのためにできることをやっていこうと思う。



 窓際でトカゲのアレクシウスが日なたぼっこしている。そう言えば猫のヴィットリーオもよくあそこでノンビリしていた。よっぽど日なたぼっこに適した窓際なのだろう。


「暑くありませんか、アレ?」

「ええ、暖かくて気持ち良いですよ」トカゲなのでよく分からないけどウットリとした表情に見える。


 アレクシウスはほぼ魔力を失ってしまったようで、今やただの喋るトカゲだ。トカゲの名前がアレクシウスでは仰々しいので「アレ」という名前にした。ちなみに、ルチアがトカゲを苦手だと分かったので、これから叱られそうな時は肩に乗せておこうと思っている。


「ただいま戻りました、ターニャ様」


 私もちょっとうたた寝しようかなと思っていると、扉をノックしてルフィーナが入ってきた。先日からルフィーナは騎士団の師範役として、私に護衛の必要がない時に剣の指南に行っているのだ。


「おかえり、ルフィーナ。騎士団の仕事はどうですか?」

「みなヤル気に満ちています。やはりブレンダ様が次期王になられたことで、騎士のみなの気持ちも前向きになったのではないかと思います」ルフィーナはちょっと嬉しそうな表情を見せる。

「そうですか。ルフィーナも楽しそうでなによりです」

「い、いえ。別に楽しいわけではないのですが」


 本人は師範役就任を嫌がっていたのだが、国王陛下とブレンダが直々に離宮まで頼みに来た上に、「本当は騎士団長に就任してほしいのだが」と言われて、「空いた時間に師範役ならお受けします」と慌てて答えていた。あまりごねると仕舞いには王命で騎士団長にされると思ったのだろう。

 私としてはルフィーナが側にいないと困ることが多いのだけど、ルフィーナの好きなように生きてほしいと思っている。


「お茶を変えますね」

「ありがとう」


 私はと言えば、無の世界から帰ると魔力が以前に戻ってしまった。アレが言うには、無の世界で吸われた魔力は戻らないのだそうだ。私としては別に魔力があろうとなかろうと暮らしに変わりはないので気にしていない。


「もう夏も目の前ですね。早く夏の休暇期間になって欲しいです」


 夏にはまたヴィーシュに帰る。今度はアグネーゼも連れていくつもりで、実に楽しみである。


「でも、その前に学年末試験がありますね」ルフィーナがお茶のカップを私の前に置きながら言う。「今のままでは学年主席は難しいですよ?」

「が、学年主席なんて目指していませんよ!」お茶を吹き出しそうになった。それは私の課題ではなかったはずだし、なにより次期王のための課題はもう終わっている。

「でも、ヴィーシュ侯もマリアベーラ様もきっと、ターニャ様が良い成績を取ることを期待されていますよ?」

「そのような無茶な期待をされても困ります!」


 二人とも私がいかに勉強を嫌いか知っているはずだ。でも、せっかくヴィーシュに帰ってお説教は困る。


 そうだ、もしかすると二人ともトカゲが苦手かもしれないから、アレを肩に乗せて帰ろう。



「あっついわねえ。なんで馬車の窓はこんなに小さいのかしら」

「アグネーゼ様、袖をまくってはいけません」


 エレノアにたしなめられて、私は渋々袖をもとに戻した。こんな早くからこう暑くてはこれから来る夏が思いやられる。


「ヴィーシュは涼しいと聞いてますよ」

「そうね。夏の休暇期間中はずっとヴィーシュにいたいわね」


 と言いながらも、そうはいかないことはよく分かっている。

 今年の夏は正式に親善大使としてネーフェに行かなくてはならないし、エルフリーデが即位するようなら私もゼーネハイトに行くことになるだろう。パーヴェルホルトからの手紙をエルフリーデに渡さなくてはならないし。


「ネーフェ王にはお礼をたくさん言わないとなりませんね」


 エレノアが言うとおり、ネーフェ行きは情報提供のお礼でもある。結局、私が慌ただしく出歩いていたため、それらの情報はあまり役に立たなかったのだけど、今回の件だけでなくこれからも情報のやり取りを積極的にしていきたいというのが国王陛下の考えだ。


「ネーフェはフィルネツィアよりも暑いらしいから手短にしたいわね」

「今度は長くなりそうな気がします。ネーフェ王も可愛い孫ともっとお話がしたいでしょう」

「……気が重くなるわね」


 そんな話をしていると馬車が目的の場所に着いた。王都の外れにある古い屋敷だ。守衛に声を掛け、門を開けてもらって中に入る。


「初めて来たけど、ちゃんと手入れされてるじゃないの」


 古くて小さな屋敷だがボロくはない。門や塀、建物もしっかりとしている。エレノアが扉のノッカーを鳴らすと使用人らしき老婆が出てきた。「ご主人でしたら裏の庭にいらっしゃいます」


 私たちは屋敷の横の小道を抜けて、裏の庭に出た。かなり広めの庭で、こちらも良く手入れされているようだ。


「あ、いたいた」


 私は小さな池のほとりに人影を見付けて、そちらに駆けよる。


「来たわよ、バカ兄上。元気そうじゃない」


 私にバカ兄上と呼ばれた男性が振り返る。ちょっと痩せてはいるが顔色はよく見える。


「アグネーゼか、久しぶりだね」グレイソンがにこやかな笑顔を見せる。私と同じ金色の髪を短く刈っている。以前はもっと長かったけど、今の髪型の方が健康的だ。「元気そうだね」


 私はグレイソンのところに駆け寄る。


「元気に決まってるじゃない。バカ兄上も元気そうで良かったわ。ここでの暮らしはどう?」

「ああ、ノンビリ庭いじりなどしながら穏やかに暮らしているよ」

「地味な趣味ねえ。外出の許可は出るんでしょ?」

「外ですることもないしね」グレイソンは苦笑した。


 エヴェリーナの一件後、グレイソンは平民籍に落とされて、王都の外れのこの屋敷に幽閉された。その後幽閉は解かれて、今は比較的自由に外出もできるはずだ。


「ジジくさいわね」私は笑ってグレイソンの肩を叩いた。「何か趣味を見つけなさいよ」

「そうだね」


 落ち込みやすい性格なことは分かっていたので、まだ引き篭もっているかもしれないと思っていたけど、意外に元気そうで内心ホッとした。


「そうそう、不思議な体験をしたのよ。私、お母様に会ったのよ。聞いてくれる?」

「ああ、聞こうか」グレイソンはそう言って笑った。「そうだ、その前にこの池を見てよ」

「あ、睡蓮の花ね」


 今はもう無い山茶花離宮にたくさん咲いていた花だ。


「うん、山茶花離宮を取り壊すときに何株か分けてもらったんだ。綺麗に咲いて良かったよ」

「そうね。綺麗ねえ」


 薄く赤みがかった白い花が小さな池面でいくつも咲いている。ふと、山茶花離宮のことを思い出す。


 母のことだけでなく、今はもうネーフェに帰った側仕えたちのことも思い出した。


 あれから一年も経っていないのに色々なことがあった。いや、ありすぎた……。


「ねえ、バカ兄上」

「なんだ?」

「ちょっと泣いてもいい?」

「……ああ」


 色んな思いが込み上げてきた私にグレイソンは胸を貸してくれた。


 睡蓮の花の甘い香りに誘われて鳥たちが池のほとりで羽を休めている。もうすぐフィルネツィアに夏が来る。


(了)

 これでフィルネツィアの四王女物語は完結です。お読みいただきありがとうございました。無事完結を迎えることができましたのも、読んでくださった皆様のおかげです。


 フィルネツィアの四王女物語はかなり細かくプロットを作り、それに沿う形で書き進めていきましたが、予定していた以上に話が膨らんだところがあったりして、当初のプロットよりも大団円まで時間が掛かりました。でもストーリーとしては予定通りに書き切れました。


 普通の女の子の非日常を書いてみたいと考えて作った話です。退屈なところもあるかもしれませんが、極力テンポ良く進めることを意識したつもりです。自分としてはとても楽しく書けたので大満足ですが、読んでくれた方が少しでも面白いと思えてもらえたら幸せです。

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