(ターニャの視点)話し合い その1
「さあ、いよいよですよ」
手早く朝食をとり、後宮にブレンダとウェンディを迎えに行く。ヴィットリーオはクラインヴァインの送迎のためエーレンスへ転移した。
後宮でブレンダとウェンディと合流し、ひとまず別の世界へ移動。昨日のうちにヴィットリーオに準備してもらっておいたので、草原に似つかわしくない、豪華なソファーとテーブルが並んでいる。
「では、私はアレクシウスを迎えに行ってきます」
ルフィーナだけ連れた私は天に移動し、アレクシウスを迎え、再び別の世界へ戻ってくると、ちょうどクラインヴァインを連れてヴィットリーオが現れたところだった。
それとほぼ同時に「ちょうど良かったの」とイグナシオが現れ、これでメンバーは揃った。
私はみなに席の場所を示し、座るよう勧めた。アレクシウスとクラインヴァインがテーブルを挟んで向かいあって座り、私がお誕生日席。私の隣にイグナシオが座った。逆側のお誕生日席にはブレンダとヴィットリーオが座る。護衛の二人はそれぞれの主の後ろに立った。
「ご足労ありがとうございます。さっそく始めましょう。私の願いはただ一つ。争いをやめてほしいのです」
どう始めるか悩んだけど、彼女たちに回りくどい話をしても無駄だろうということで、核心からいくことにした。
「フフフ、いきなりね。私も争いたくて争ってるわけではないわ。ねえ、アレクシウス?」今日のクラインヴァインはエーレンス魔術士団の服装ではなく、天で見た神々が着ていた白いワンピース型の装束に、青いケープを羽織っている。いきなり喧嘩腰だったら困るなと思っていたが、表情はにこやかだ。
「そうですね、あなた方が私たちの秩序に従ってくれるのであれば、すぐにでもこの争いは終わりです。この席に来たということは、心を入れ替えてきたのですか、クラインヴァイン?」真っ赤なローブを身に着けたアレクシウスも微笑みをたたえている。
「まさか」クラインヴァインは余裕の表情を崩さない。「そんなわけないでしょ」
「では、この話は終わりですね」と立ち上がりかけたアレクシウスをイグナシオが制した。
「まあ、そう急くこともあるまい、アレクシウス。我はどちらの立場でもないが、ひとまず話を聞いてみよ」
イグナシオの言葉に、腰を浮かしかけたアレクシウスが席に座り直した。おかげで即決裂とならなくて良かった。私がホッとする横で、イグナシオが話を続ける。
「我は先日、このターニャ・フィルネツィアの言葉を聞いた。アレクシウスもクラインヴァインも仲良くできるはずだと。そうだな、ターニャ?」
「ええ、そうです」
「我はその言葉にいたく感じ入った。我だけではない。ルージェレーリエやペトロリーネたちも感心しておったわ。そして我は考えた。仲良くとはどのようなことなのかと」
イグナシオはひと呼吸おいてアレクシウスとクラインヴァインの顔を見回す。二人ともしっかり聞いているようだ。
「そもそも我らは一柱一柱が独立した存在じゃ。存在する上で他の存在を必要としない。永久不変に存在し続けるだけじゃ。
我らは異なる姿形、能力、性質を持って創造された。言わば混沌じゃ。そう、我らは創造された時から混沌の中におったわけじゃ。
そして、アレクシウスが現れた。アレクシウスが説うた秩序に大半のものが従い、クラインヴァインたちは離れた。ここから秩序と混沌の対立が始まったわけじゃ。
この対立に何か意味はあるのかの? 我は意味があると思うておる。それが何かは分からぬが。そうは思わぬか、クラインヴァインよ?」
「難しい話ね。この対立は必然だったと言うの?」
「そうじゃ。秩序と混沌。アレクシウスとクラインヴァインはそれぞれを体現しておる。混沌に生まれながら秩序がもたらされたことで引き起こされた対立じゃ」
「それがターニャの言う仲良くとどう関係するのです?」アレクシウスが問う。
「そこじゃ。我は混沌に生まれたが秩序も悪くないと思うておる。他の者ら大半そうじゃろう。しかし、アレクシウスは混沌を許せず、クラインヴァインたちは秩序を受け入れない。なぜじゃ? クラインヴァインよ」
「私からすれば受け入れたあなた方のほうが不思議よ、イグナシオ」クラインヴァインは肩をすくめた。
「そうじゃな。受け入れた我らの気持ち、これが“仲良く”に繋がるのではないかと思うのじゃ」
「折れろ、ということ?」クラインヴァインが問いかける。「折れる理由がないわ」
「折れるのとはちょっと違うの。自分と異なるものを否定しないだけじゃ。もともと我らはそうであったではないか」
「それはそうね。でもアレクシウスはどうかしら? 異なるものを受け入れられるのかしら?」
「私は混沌を否定します」アレクシウスは言った。譲る気持ちはないようだ。
「そこが不思議なのじゃ、アレクシウスよ」イグナシオが問いかける。「秩序に従いながらも我らはいまだ混沌じゃ。それを受け入れているのはなぜじゃ? 混沌の我らと“仲良く”やっている今は矛盾せぬのか?」
たしかにそうだ。イグナシオたち神々は天にあってもそれぞれが自由に暮らしていると聞いた。それでは混沌のままではないか。そもそもなぜアレクシウスが秩序を求めているのか分からないが、それを今聞いても良いのだろうか?
「フフフ、なぜ私が秩序を求めるのか知りたいのですね、ターニャよ」アレクシウスが私の心を見透かしたかのように言った。「良いでしょう。話しましょう」
アレクシウスは私に話しかけるように話し始めた。
「私の瞳を見れば分かるでしょう、ターニャ。私は異なる種なのです。私がどこからやってきたのか、それは分かりません。私は気付いたらこの者たちのもとにいたのです。
私はバラバラに存在しているこの者たちを見て愕然としました。なぜそのような気持ちになったのかは分かりません。私はこの者たちに秩序をもたらす必要があると感じました。
私は人間を作り、存在していただけの者たちに役割を与えました。人間が祈り、それに応える神として人間を見守る役割です。その役割ゆえに人間から神と呼ばれるようになったのです。そうですね、イグナシオ?」
「そうじゃ、我らは常に人間を見守っておるの」
「役割を持った者には自然と秩序が生まれます。バラバラに暮らしているように見えて、秩序を持っているのです。しかしその役割を持たぬクラインヴァインたちは、いまだ秩序を持たぬ者なのです」
「それではアレクシウスは、自分がなぜ秩序を求めるのか分からぬというか?」イグナシオが言った。
「それは推測できます。私は混沌が嫌いなのです。それは私の種に因るものでしょう」
「種とな?」
「はい。これが私の本当の姿なのです」
そう言うとアレクシウスは立ち上がった。体の周囲に光の粒が舞い、アレクシウスを取り囲んでどんどん大きくなっていく。風が吹き、地面まで揺れ始めた。椅子や机も大きく揺れ、今にも飛んでいきそうだ。尋常ではない。
「ヴィットリーオ、ブレンダ姉様たちを連れて離れてください。ルフィーナも一緒に」
「ターニャ様、私は――」何か言いかけるルフィーナを私は制する。「尋常ではありません。側にいると危険です。早く!」
ルフィーナがヴィットリーオに抱えられるように下がっていく。光の塊はますます大きくなっていく。見上げるほどだ。クラインヴァインもイグナシオも立ち上がってジッと見つめている。
「クラインヴァイン、イグナシオ。これは一体どういうことですか?」
「分からぬ。アレクシウスが真の姿になるのであろ。我も見たことがない」イグナシオが言う。
光の塊が二階建ての家ほどに大きくなると、パッと光が飛び、中から現れたのは真っ赤なドラゴンだった。翼を広げ、四つ脚でそびえ立っている。ドラゴンが私たちに話しかける。
「これが私の本当の姿です。私の体を覆う深紅の鱗を見なさい。美しいでしょう? これが秩序なのです」
頭の上から声が響く。ドラゴンの頭には鋭い角が光っている。
「フッ、意味が分からないわ。そんなものが秩序だと言うの?」クラインヴァインが苦笑しながら尋ねる。
「そうです。この鱗の並びは世界の秩序を模していると言われています。さあ、従うと言うのです、クラインヴァインよ」
「そんなわけの分からない話に従えないわ。お断りよ」
「ならば従わせて見せましょう」
アレクシウスの体が激しく光ったかと思うと、強烈な炎が周囲に吹き出した。私は咄嗟に防御の魔術陣を展開して防ぐ。周囲の草原が一瞬にして燃え尽きて荒野に変わった。振り返れば、遠くに退避したヴィットリーオも魔術陣を展開している。あんな先まで届いたか。
「そんなもので私を従わせられると思っているの?」空に飛んで炎を避けたクラインヴァインが光の矢をアレクシウスに降らせた。しかし、体を覆う鱗がすべての矢を弾き返した。
「フフフ、攻撃は効きません。いつまで避けられるか試してみますか?」
アレクシウスは口から炎を吐き出した。クビを振り、周囲の草原を燃やしながら、避けるクラインヴァインを追う。余波がこちらにまで飛んできて、私の防御魔術陣にも炎が当たる。
「ターニャよ、いったん下がった方が良いのではないか?」イグナシオが肩をすくめて言う。「こうなっては戦わせるしかあるまい」
「イグナシオ様は平気なのですか?」彼女の体に炎が当たるのを見て私は思わず尋ねた。
「我は炎を司る女神だからの」イグナシオが笑う。しかし、私は笑っている場合ではない。光の矢と炎が飛び交う空に私も飛び上がった。
「止めてください、二人とも。まだ話は終わっていませんよ!」私は二人の間に入って双方に言い聞かせるように言った。「アレクシウス様も元の姿に戻ってください!」
「フフフ、これが元の姿なのです」アレクシウスが首を振ると、鋭い角が私の横をかすめ、展開していた防御陣を砕いた。なんて力だろう。
「ターニャ、もう無理よ。あなたこそ退きなさい」クラインヴァインがまた光の矢を放つ。矢は私の横をすり抜けてアレクシウスに直撃したが、堅い鱗は貫けない。「ヴィットリーオたちと元の世界に戻りなさい」
「嫌です!」
私は水の女神ルージェレーリエから授かった水撃の魔術陣を頭に浮かべると、アレクシウスに向かって放った。鋭い水流がアレクシウスに直撃する。続いて、雷の女神フェリシーナが教えてくれた雷撃の魔術だ。魔術陣をアレクシウスの足元に展開させると巨大な雷が空からアレクシウスを襲った。
ドゴゴゴゴオオオッ!!
音だけは派手だが、あまり効いていないようだ。ドラゴンの表情は分からないが、アレクシウスは笑っているようだ。
「ターニャよ。人間の創造主である私に勝てると思っているのですか?」と言うと、口から火球をいくつも吐き出した。その一つが私の防御魔術陣に直撃した。凄まじい威力だ。
「うぅっ!」
攻撃は全部防いでいるが、一つ一つの威力が半端ない。展開する防御魔術陣に魔力を取られる。このままではジリ貧だ。
私はクラインヴァインが攻撃魔術を放っている隙を突いて、いったんヴィットリーオたちのところへ下がった。
「みな無事ですか? ヴィットリーオ、魔力はまだ大丈夫ですか?」
「ウェンディ殿にも手伝っていただいてますので大丈夫です」と言うヴィットリーオの顔色は良くない。かなり魔力を使っているのだろう。自分以外に三人も守っているのだ無理もない。
「ターニャ様、お怪我はありませんか?」心配そうにルフィーナが聞いてくる。
「私は大丈夫です。なんとしても二人を止めます。ブレンダ姉様、テオドーラの剣を貸してください」
「なっ? ターニャが使うつもりか?」ブレンダが驚きに目を丸くする。
「はい。とりあえすドラゴン化したアレクシウスを止めないと」
などと話している間にも、周囲にアレクシウスが放った火球が落ちてくる。もはや草原の面影もない。防ぎ続けるヴィットリーオとウェンディの限界も近いかもしれない。
「ヴィットリーオ、無理だと判断したら元の世界に戻ってください」
「ターニャ様を置いては行けません」ルフィーナが私の腕を掴む。
「ルフィーナ、私は大丈夫です。あなたたちは無理をしてはいけません」私はルフィーナの手を優しくほどいた。
そして、渡すか渡すまいか悩んでいるブレンダから剣を半ば強引に受け取り、私は再び空に飛び上がった。
戦いになってしまいました。