(ケイティの視点)ベアトリーチェの魔導書 その1
明日の授業の予習を終え、読みかけだった本に手を伸ばしたところで、ロザリアがお茶をいれ直してきてくれた。
「もう明日の準備は終わられたのですね」
「ええ、明日は実技ばかりですし、あまり予習することもないのです」
「ケイティお嬢様は実技がお好きですよね」
「座学が好きな生徒はあまりいないと思いますけど」
「そう言えばそうですね。私はどちらもあまり得意ではありませんでしたが……」
ロザリアと他愛もない話をしていると、私の前の机に突然、小さな魔術陣が浮かび上がった。
「ケイティお嬢様!」
「大丈夫、おそらく手紙でしょう」
その通りに魔術陣から手紙が浮かび上がってきた。ロザリアが手に取り、慎重に開封して異常がないかを調べる。「魔術などは掛かっていないようです。どうぞ、ケイティお嬢様」
私はロザリアから手紙を受け取り、読んでみるとパーヴェルホルトからだ。一行だけの短い文章が書かれている
――これからそちらに行くのでよろしく頼む――
「何の用事とも書かれていませんね」ロザリアが首を捻る。
「直接話をしたいのでしょう。すぐに来るでしょうからお茶の支度をお願いします」
ロザリアがお茶の支度をして部屋に戻ってきたところで、今度は床に魔術陣が浮かび上がった。最近は見慣れてきた転移魔術の魔術陣だ。光とともに人の形が浮かび上がった。パーヴェルホルトだ。
「夜分に済まない。忙しくはなかったか?」
「ええ、明日の支度も終わったところですので大丈夫ですよ。そちらのソファーにどうぞ」
パーヴェルホルトに席を勧め、ロザリアがお茶を出してくれたところで話を始める。
「それで、突然どうしたのですか? ゼーネハイトで何かありましたか?」
「いや、ゼーネハイトは順調だ。今日の夕方、正式にエルフリーデが次期王と公布された。同時に第一王子派だった貴族はすべて更迭されることになったそうだ。これでもう大丈夫だろう」
「そうですか。それは良かったです」
これでフィルネツィアとゼーネハイトの、長い長い争いの歴史に終止符が打たれる可能性が出てきた。次世代の両国を担うブレンダとエルフリーデにはぜひ頑張ってほしいものだ。
「この国の次期王はお前の姉なのか」
「ええ、パーヴェルホルトとは会ったことがありませんね。第一王女のブレンダお姉様です。まだ、正式には次期王とはなっていませんが、彼女以上に次期王に適した者がいないのです」
「たしか四姉妹だと聞いた記憶があるが、争いにはなっていないのか?」
「はい。ブレンダお姉様以外の三人はそういうタイプではないのです。それに仲良しなので、争うようなことはありませんよ」
「そうか、それは良いことだな」
パーヴェルホルトがお茶を飲んだ。まさかゼーネハイトの報告に来たわけでもないだろうから、この後が本題なのだろう。私はちょっと身構えた。
「それでだ。頼みがあるのだ。俺をここに置いてもらえないだろうか?」
「……ここに、ですか?」
「うむ。護衛でも何でも構わん」
「エルフリーデ王女のところを出るのですか?」
「ああ、というかもう出てきた」
「……差し支えなければ、なぜですか?」
パーヴェルホルトはひと呼吸入れて話し始めた。「差し支えはない。エルフリーデはこれから王になるために色々と動かなくてはならぬ。俺の面倒を見ている場合ではない」
「私はその辺に疎くて良く分かりませんが、そういう時にこそ側にいることが必要なのではないですか?」
「疎いのは俺も同じだ。だが、所詮は叶わぬ話だ。いつまでも側にいては邪魔になる」
たしかにいずれ王になるエルフリーデがパーヴェルホルトと結婚するわけにはいかないだろう。ならば早く離れるというのも分からない話ではない。
「そうですか。あなたが良いのならここにいてもよろしいですよ。でも、この後の動き次第では、私たちはクラインヴァインと戦うことになるかもしれませんよ?」
「うむ。それは分かっている。たしか俺は以前お前に、戦いになったらクラインヴァインに付くと言ったが、それは取り消す」
「そうなのですか? なぜです?」
「エルフリーデを助けてもらった礼と思ってくれれば良い」
エルフリーデを助けたのはブレンダだが、それを恩に感じてくれているのであればそれで良い。
「ところで、なぜ私なのです? アグネーゼのところならコルヴタールもいますし、気も休まるのではないですか?」
「ああ、そうだな。……だが、その、色々うるさそうなのでな……」
そう言えばエレノアとコルヴタールが、二人の恋愛話にずいぶんと興味津々だったことを思い出した。今会うとその辺の突っ込みが激しくなるのは確実だろう。
「分かりました。護衛というわけにはいきませんので、客分として留まってください。離宮の者には話を通しておきますし、必要なものがあれば準備させましょう」私が目で合図すると、ロザリアは部屋を出て行った。これで色々整えてくれるはずだ。
「ああ、助かる」
「それと、おそらく近日中にまた別の世界に行くことになると思いますので、その時はまたお願いしますね」
「分かっている」
話がまとまると、ホッとしたようにパーヴェルホルトがお茶を飲んだ。すると、そのテーブルにまた魔術陣が浮かび上がった。手紙が転移してくる。
「パーヴェルホルト宛ですかね?」
「そのようだ。見てみよう」
パーヴェルホルトは一読して、私に手紙を渡した。
「クローヴィンガーからだ。どうやらベアトリーチェに追い回されてかなり苦戦しているようだ。これは助けに行ってやらんとならんかもしれんな」
「ベアトリーチェですか。その問題もありましたね」
どうしたものかと考えていると、扉をノックしてロザリアが入ってきた。急いできたようでちょっと息が切れている。
「ケイティお嬢様、アグネーゼ様がお越しです。エレノア殿とコルヴタール殿も一緒です」
パーヴェルホルトがケイティのところに来ました。
その2は明日です。




