(ブレンダの視点)ルフィーナの心配
アグネーゼが学校に復帰し、ようやく日常が戻ってきた実感が出てきた。コルヴタールも桔梗離宮で上手くやっているようで、どうやら心配はなさそうだ。
「まだ三日だけど、離宮でうまくやってるから心配ないわ。ヴィーシュの人たちは細かいことを気にしないから助かるわ」
「おおらかなんですよ。ヴィーシュは素晴らしい土地ですから」ターニャはご機嫌だ。昼食のパンをパクパク食べている。
「よく食べるな、ターニャ。朝食をとっていないのか?」よく食べるのは良いことだが、不規則なのはいけない。
「いえ、ちゃんと食べたのですが、最近なにやらお腹が空くのです」
「ようやく成長期かもよ」アグネーゼがからかうようにニッと笑った。「ターニャだけ小さいのは、成長が遅かっただけなのかもね」
「そうですよ、私はモリモリ食べて、すぐに姉様たちを追い越しますので」と言ってターニャは笑った。
午後の授業を終えると、双鷲の堂舎に移動して仕事だ。イェーリングからはようやく全軍が戻ったところで、結局戦争はなかったものの、事後処理が山のようにある。これは比喩ではなくて、本当に机の書類が山になっているわけで、私は溜め息を吐く。
こんな時にウェンディがいないのは苦しいけど仕方ないな。
ウェンディは桔梗離宮へ行っている。ターニャから魔術のことでウェンディに教えてほしいことがあると頼まれたので、放課後そのままウェンディはターニャと一緒に桔梗離宮に行ってもらったのだ。ウェンディがいないと仕事が進まないのは分かっていたけど、あまり頼りきりなのもいけないとも思っている。
「団長、お客様です。ルフィーナ様です」扉をノックして騎士が告げた。通すように伝えるとルフィーナが部屋に入ってきた。
「珍しいな。一人か?」
「はい。ご相談がありまして」
「そうか。そこに座ってくれ」
ソファーに座り、話を聞く。なにやら言いづらそうだが、ターニャのことで間違いないだろう。
「ターニャは最近ずいぶんと元気だな。もっともここ三日くらいのことだが」
「はい、とてもお元気で……」意を決したように言葉を続けるルフィーナ。「それが少し心配なのです」
「心配? 元気なら心配することはないように思えるが?」
「お元気すぎるのです。それに、性格も……すごく自信家になったといいますか……」
自信家? たしかに今日のターニャは明るく、ハキハキしていたが、性格が変わってしまったほどには見えなかった。
「それほど違うかな? 私には気付かなかったが」
「一昨日より昨日、昨日より今日の方がその傾向が強まっていますので、もうじき皆様にも分かってしまうと思います。実は、ケイティ様とアグネーゼ様が桔梗離宮にいらした日のことなのですが……」
天に上ってきたというルフィーナの話を聞いて少し驚いたが、少ししか驚かなくなっている自分にも多少ビックリだ。
「なるほど。それで神々から力を得たのだな」
「はい。ターニャ様は他の方には言うなとおっしゃいましたが、変わっていくのを見ていると心配で」
「ヴィットリーオは何と言っているのだ?」
「自信を持たれるのは良いことだし、心配はないと言っていますが、最近のヴィットリーオはターニャ様を崇めている節があるので……」
たしかに自信を持つことは悪いことではない。だが、私たちに情報共有しないということは、自分で片を付けようと考えるほどに自信を持っているということだ。それは危険かもしれない。
「ターニャはそんなに強くなったのか?」
「私にはよく分かりませんが、魔力はアレクシウス以上だと。新しい魔術も授かったようです」
とはいえ、ターニャが魔術で攻撃をする姿は思い浮かばない。そんなタイプではないはずだ。でも性格が変わってしまうとどうなるか分からない。
「ターニャ様は皆様のご活躍を喜ばれつつも、ご自分ももっと貢献されたいと思っていらっしゃるのではないかと思います」
「ターニャだって充分以上に動いてくれていると思うが?」
「はい。ただ、ベアトリーチェを宿していたことで動きに制限がありましたし、アグネーゼ様を傷つけてしまったことにも責任を感じてらっしゃいます」
「あれはベアトリーチェによるものだろう?」
「ですが、ベアトリーチェを抑えられなかったと悔やんでらっしゃることは確かです」
「それで焦りもあるということか」
「はい」
ターニャが焦る必要はないし、そもそも今回の件は功を争うようなものでもない。私たち四姉妹は運命共同体だ。人間を守るという目的を達成するためには、情報共有をしっかりして慎重に進んでいく必要がある。焦りは良い結果を生まないだろう。
「今、ウェンディがターニャのところに行っているだろう? 戻ったらターニャに変わりがなかったかを聞いてみる。それから、今後のことは考えよう」
「分かりました。よろしくお願いします」
ルフィーナが帰っていき、しばらくすると今度はウェンディが戻ってきた。
「ただいま戻りました、ブレンダ様」
「お帰り、ウェンディ。さっそく、ターニャのことを聞かせてもらおうか」
いきなりターニャのことをと言ったものでウェンディは驚いたようだが、やはりウェンディの方も話があったらしい。ソファーに座ってもらい、つい先ほどルフィーナが来ていたことを話した。
「そうですか、ルフィーナ殿が……」
「うん。今日も含めて昼食時にしか会うことはないけど、私自身はターニャがそれほど変わったとは思っていなかった。今会ってきたウェンディは何か気付いたか?」
「はい。たしかに以前より自信に溢れているように感じました。ですが、それ以上に、魔力が尋常ではないくらい増えていて、ご報告しなくてはと思い、急いで帰ってきたのです」
ウェンディからも見てもずいぶんとすごいことになっているようだ。
「はい。もともと魔力が豊富で、優れた魔術の才能をお持ちでしたが、正直どれほど強くなられたか分からないほどです」
「なるほど……。ところで、ターニャの相談とは何だったのだ?」
「はい、効果の分からない魔術陣がいくつかあるということで、見せていただいたのですが、複数の属性を必要とする大規模な攻撃魔術や、広範囲の物理攻撃を無効化するような防御魔術などもありました。いったいどこであのような魔術陣を知られたのか……」
「ふむ……」
「普通の魔術士では使えそうにない魔術でしたが、ターニャ様は気を落とされることもなく頷いてらっしゃいました。もしかすると使える確信があるのかもしれません」
「そうか」
私はルフィーナから聞いた天での出来事をウェンディに話した。ウェンディはずいぶんと驚いたようだったが、合点がいったようだ。
「なるほど。神々の力を得られたのですね。あの魔力も魔術陣も神々から授かったものだとすれば納得です」
「うん。でも、それらを得たがために自信過剰になってもらっては困る。ルフィーナはそれを心配しているんだ」
「そうですね……。ですが、ターニャ様はその力をおかしな方向に使ってしまうような方ではありませんよ」
「それは分かっている。ただ、独断専行されるとバックアップもできないし、何かあった時に助けることもできない。それは避けたいところだ」
「はい。天に上られたこと、魔力や魔術を得たことを話されないのは、ご自分でやられたいということでしょうね」
現状ではターニャがアレクシウスを説得するためにどのような話をすべきかについて、明後日四姉妹で集まって話をすることになっている。
ターニャが独断で動くとすればその前か……。
ちょっと嫌な予感がする。ルフィーナに今のターニャを止められるのか分からないが、何か対策が必要かもしれない。
ターニャを心配するルフィーナでした。
次話からまた話が動きます。




