(ターニャの視点)天へ その2
「お騒がせしまして申し訳ありません。私はターニャ・フィルネツィア。フィルネツィア王国の第四王女です。こちらは護衛のルフィーナです。
みなさんもご存知かとおもいますが、ここにいるヴィットリーオ同様、私達の世界に残っていた五人、みなさんの仲間たちの封印が解けました。私たちの暦で二千年という長い時を経て、彼らは再び自由になりました。
すると、昔から続いている因縁も再燃しました。これもみなさんご存知のアレクシウス様とクラインヴァインの対立です。
アレクシウス様は私たち人間を使ってクラインヴァインを封印しようとし、クラインヴァインはそうはさせじと人間を滅ぼそうとしています。そう、二千年前の再現です。
私と私の姉たちはアレクシウス様に選ばれ、クラインヴァインを封印するための準備をしてきました。二千年前に彼らを封印した後に魂の存在となったベアトリーチェとも協力して動いてきました。
ですが、私はそのさなかに気付いたのです。ここでクラインヴァインを封印しても、その場しのぎにすぎず、またいずれ封印は解け、お二人は同じことを繰り返されるでしょう。そして、多くの人間が巻き込まれて犠牲となるでしょう。
私はこれではいけないと感じました。いえ、それだけではありません。アレクシウス様もクラインヴァインも、みなさまと同じ、私たちから見れば同じ神々ではありませんか。争わず、仲良くできるはずではないかと。
アレクシウス様はみなさまと厳密には違うとはお聞きしました。でも、そんなことはたいした差異ではありません。同じお立場の方同士で仲良くできないはずがありません。
この話をしたら、クラインヴァインには笑われました。人間は住むところが違うだけで争うではないかと。それはその通りです。返す言葉もありません。でも、それでも、私はなんとかお二人の争いを止めて、仲良くなって欲しいと思ってしまったのです。
すみません。ちょっと暑くなってきたので上着を脱ぎます。……これでよしと。どう説得すればお二人に分かっていただけるのか、ずっと考えてきました。仲直りさせるためには長年の因縁を解消するしかありません。ヴィットリーオには他の神々にも知恵を借りたら良いと言われ、私は今ここにいるのですが、何か良いお知恵をお借りできないでしょうか?
……そんな簡単な話ではありませんよね。分かっています。私には何の力もありませんが、アレクシウス様にクラインヴァインと話をするようにお願いしてみるつもりです。
クラインヴァインが言うように、私たち人間は争いを続けています。つい先日も隣国で内戦がありました。たしかに人間は不完全で愚かな生き物かもしれません。でも、そんな私たちでさえ、わだかまりを捨てて仲良くすることはできます。相手を思いやることができます。みなさんの仲間であるコルヴタールと私たち人間はとても上手く付き合っています。あ、ヴィットリーオもですね。
きっとアレクシウス様もクラインヴァインも分かってくれると信じています。お騒がせして申し訳ありませんでした」
私は話を終え、頭を下げた。そして、顔を上げて周りを見回すと、神々はみな私を見つめ続けている。真剣に聞いてくれたようだ。
「どうであった、我が同胞たちよ」イグナシオが語り始めた。「最初、我はこの娘が何とかしてくれと泣きつきに来たのかと思った。だが、そうではなかった。我はこの娘を気にいったぞ」
イグナシオの声に周りの神々から声が上がり始めた。
「うむ、殊勝な人間だ」
「アレクシウスが耳を貸すだろうか?」
「仲良くという言葉を聞いたのは初めてだ」
「人間がこれほど成長していたとは思わなんだ」
ざわつく神々を見回しながら、イグナシオが言葉を続ける。
「ターニャ・フィルネツィアよ、汝に力を与えよう」
イグナシオが手のひらを私の方にをかざすと、なにやら私の胸の奥が熱くなってきた。
「ならば私も貸し与えましょう」
「うむ、アレクシウスと話すなら力がなくてはならぬ。我も与えよう」
「この魔術も覚えておくと良いぞ」
「そうですね、私の属性もあったほうが良い」
周りの神々が次々と手のひらをかざし始めた。胸が熱くなりすぎて燃えるようだ。
「よせっ!」と叫ぶヴィットリーオの声を聞きながら私の意識は消失した。
目を覚ますと空が見えた。視界にルフィーナの顔が入ってきた。「ターニャ様、気が付かれましたか?」
どうやらルフィーナに膝枕されているようだ。身体を起こして周りを見ると、正面の木の根元でイグナシオが優雅に楽器を弾いている。あれほどいた神々は帰ってしまったようだ。残っているのは、私とルフィーナ、ヴィットリーオとイグナシオだけだ。
「何ごとだったのでしょう?」
「ターニャ様、お身体や頭に違和感などはないですか?」ルフィーナが心配そうに私に尋ねる。
「うーん……、なんともないようですね」そういえば神々に何かされたみたいだ。どのくらい気を失っていたのだろう。
「目を覚ましたか、ターニャよ」にこやかにイグナシオが私に問う。
「……はい。何をされたのでしょうか?」私は顔や手足を触ってみるが、とくに違和感はない。
「うむ。力を与えたのじゃ。魔力が溢れんばかりであろ?」
たしかに魔力がすごく増えたのを感じる。でも、使い道があるのだろうか?
「アレクシウスと話すのであれば、魔力はあった方が良いぞ。あれは己よりも弱き者の声に耳を貸さぬ」
「魔力だけあっても、私は弱いままと思うのですが……」
「強力な魔術陣の記憶を与えてた者もおるようだが、何か学んでおらぬか?」
そういえば、見たことのない魔術陣がいくつも頭に浮かぶ。攻撃や防御の魔術のようだ。
「このような物騒な魔術は使いたくありません」
「フフフ、もちろん使わぬに越したことはない。だが、志半ばで倒れるのは本意ではあるまい?」
「それは、そうですね」
「今や汝の魔力はアレクシウス以上じゃ。言うことを聞かせてやるくらいの意気込みで臨むがよいぞ」
なるほど。自分に自信がなくては説得なんてできないし、これはありがたい協力だと思い始めた。
「そうですね。大変助かります。ありがとうございます。帰ってしまった皆様にもいつかお礼を言わなくてはなりませんね」
「フフフ、礼など要らぬが、みな楽しみにしていると申しておったぞ。それで、具体的にはどう動くつもりじゃ?」
「はい、ヴィットリーオが言うには、クラインヴァインは天には来たがらないだろうから、別の世界でアレクシウス様と話をさせるべきかと」
「そうであろうな。罠を疑われても無理はないの」
「ですから、別の世界で会談することをアレクシウス様に承知してもらいます」
「ふむ。会談には汝らが立ち会うのか?」
「はい。この三人で立ち会うつもりです。戦いになりそうなら止めます」
「なるほど。ヴィットリーオが行くのであれば、我も行こう。その方がアレクシウスも腰を上げ易いであろう」
「どうですか、ヴィットリーオ?」
「イグナシオの言う通りでしょう。ベアトリーチェと協力しているとはいっても、アレクシウスは私のことを完全に信用しているわけではありませんので」
たしかにそうかもしれない。ここはありがたく受けておこう。
「ありがとうございます。では、整いましたらご報告させていただきます」
天でのターニャでした。
※次話からはまたしばらく1日おきのアップになります。




