(ケイティの視点)自己嫌悪
桔梗離宮に着くと、ターニャが出迎えてくれた。
「ケイティ姉様、ようこそ桔梗離宮へ。アグネーゼ姉様、おかえりなさいませ」
私は別の世界に行く前にも会っているが、アグネーゼはターニャと久しぶりの再会だ。二人とも嬉しそうな笑顔で、私も自然と笑顔になる。
「ただいま、ターニャ。色々心配掛けてごめんね」
「そんなことはありません。私こそ、ベアトリーチェを抑えることができず、すみませんでした」
居間に通されお茶をいただく。もうすぐ夕食の時間なので、話は手短にしようと離宮に着く前にアグネーゼと話してあったのだが、色々話すことがあって短くは終わりそうもない。
「良いのよ。ベアトリーチェがあんな行動に出るなんて予測できないしね」
「はい。本当に驚きました」
「でも、ベアトリーチェはもう別の世界に居ることが分かったから、心配ないわね」
「そうですね。アグネーゼ姉様とまた一緒に暮らせますね」と言ってターニャはニッコリ微笑んだ。
あれ? あまり驚かないようだけど、ベアトリーチェが別の世界に居ることをターニャは知っているのだろうか?
「ところで、別の世界はいかがでしたか? どんなところだったのですか?」身を乗り出すターニャ。
「ええ、面白かったわよ。色んな世界があって、そうそう、すごく綺麗な海があったの。今度、ターニャも一緒に行きましょう」
「海ですか。こう見えて私、実は泳ぐの得意なんですよ」とドヤ顔のターニャに、「川で泳いではマリアベーラ様によく叱られてらっしゃいましたよね」と後ろからルフィーナが突っ込んだ。
「あ、ルフィーナ。それを言ってはダメですよ」
にこやかな会話で場が和む。やっぱり姉妹は良いなと思うが、ここでも一つ疑問だ。私たちが別の世界に行くことをターニャには知らせなかったはずだ。どうして知っているのだろう?
「さて、色々話はあるんだけど」アグネーゼは改まり、ちょっと真面目な顔になって言葉を続けた。「ターニャ、なんで私たちが別の世界に行ったことを知っているの?」
「へ?」ターニャはちょっと驚き、ハッとして言葉を探すように答えた。「ええと、そうです。ブレンダ姉様にお聞きしたんですよ。お二人がいないことに気付いてそれで」
「じゃあ、ベアトリーチェが別の世界に居ることは?」
「あっ」と言って言葉が止まるターニャ。「……それは、ヴィットリーオに聞いたのです」
「そうなの?」とターニャの後ろに控えるヴィットリーオに問うアグネーゼ。
「おっしゃる通りです。私が見付けました」
「そう」アグネーゼはそういってお茶を飲んだ。「色々と動いているのね」
「はい。ターニャ様のために動いております」
ヴィットリーオがターニャのために動くのは不思議なことではない。でも、今回の問題で私たち姉妹が別の方向に進んではマズイと思う。
「ねえ、ターニャ。ターニャはクラインヴァインとアレクシウスを戦わせるという話にあまり乗り気ではなかったですよね?」私は直球でいくことにした。「その気持ちに変化ありませんか?」
「……そうですね」ターニャは頷いたが、なんとなく言葉に違和感がある。
「では、やはりクラインヴァインを封印する方が良いと思いますか?」
「いえ」今度は力強くターニャは言った。「それは間違いだと思いました」
「どうしてですか?」
「……その、クラインヴァインに会ったのです。姉様たちが別の世界に行っている間に」
なるほど。クラインヴァインから話を聞いたのか。それならば何か心境の変化があってもおかしくはない。私たちが別の世界に行ったこともクラインヴァインから聞いたのだろう。
「それで、どのような話だったのですか?」
「それは……、今はお話しできません」俯くターニャ。
「どうしてですか?」
「……きっと、姉様たちは反対されるからです」
沈黙。さっきまでの明るい雰囲気が嘘のようだ。
「反対するとは限りませんよ?」
「……」
「いえ、聞かなくても分かるわ」アグネーゼが自信を持って言う。「ターニャは二人の争い自体を止めたいのね」
「……はい」
争いを止めさせるという考えは浮かばなかった。アグネーゼはどうして分かったのだろう?
「分かるわよ。だって、ターニャはすごく優しいもの」
「……無理でしょうか?」ターニャが膝に置いた手をギュッと握る。
「それは、やってみないと分からないわ」アグネーゼがニッと笑う。「やってみなさい、ターニャ」
「アグネーゼ姉様……」ターニャがちょっと嬉しそうな顔を見せた。
「でも、私たちは私たちで準備を進めるわ」また真面目な顔に戻ってアグネーゼが言う。「それは無理だと思っているわけじゃなくて、私たちが守ろうとしているのはすべての人間。だから万全を期さないといけないの。分かってね」
「……はい」今度は分かってくれたようだ。
「何か手伝えることがあったら言ってくださいね」私も手伝えることはしてあげたい。「具体的にはどうするつもりなのですか?」
「それは……まだ考えている途中なのですが、直接アレクシウス様と話をするつもりです」
「なるほど」アグネーゼが考え込む。「何か材料があった方がいいわね」
「そうなのです。ただ行って、争いは止めてくださいとお願いしても無理なことは分かっています。それで、どうしようかと考えていました」
神が人間のお願いを聞いてくれるかどうか。聖堂に連なる私が言うのもなんだが、簡単に聞いてくれるものではないだろう。ただでさえアレクシウスは人間を道具くらいにしか思っていない節がある。
「いや、あるかもしれない」
「本当ですか? アグネーゼ姉様?」
「ちょっと考えるので、二、三日ちょうだい。ケイティ姉上も何か良い考えが浮かんだら教えてね」
「分かりました」
部屋に穏やかな空気が戻った。
「良かったです。頭から反対されると思い込んでました」ターニャがホッとしたように笑う。
「そんなことはあり得ないわ。事が事だし、打てる手はたくさん考えるべきだし、ターニャが考えるように争いがなくて済むならそれが一番だもの」
「そうですよね」
「これはアレクシウスと面識があるターニャにしかできないことだわ。上手くいくように私たちも協力するから、頑張りましょう」
「はい!」ターニャが嬉しそうに頷いた。
話し込んだためすっかり夕食の時間になってしまった。ターニャからは一緒に夕食をと誘われたが、三日も帰ってないので離宮に帰ることにした。アグネーゼもエレノアとコルヴタールを後宮に置いてきたので帰ると言う。一人では帰せないので馬車で後宮まで送っていく。
「悪いわね、ケイティ姉上。帰りのことを考えてなかったわ」馬車に揺られながらアグネーゼがそう言って笑った。
「良いのですよ。それほど遠回りでもありませんので」
街灯に灯が点り始めた。きっとエレノアも後宮で心配しているだろう。
「ところで、ケイティ姉上、ターニャの話どう思った?」
「どう、とは?」
「上手くいくと思う?」
「どうでしょう……」
正直なところ、説得できるとは思えない。
「私もターニャが説得できるとは思っていないわ。でも、可能性がゼロでないならやってみる価値はあると思ってる」
「そうですね」
「ううん、ケイティ姉上に綺麗事を言っても仕方ないか」アグネーゼはちょっと寂しそうな顔で言葉を続ける。「ターニャの説得を、私たちの作戦に上手く利用できるんじゃないかって、ちょっと考えちゃったんだよね……。なんか少し自己嫌悪だわ」
アグネーゼはそう言うと、馬車の窓から外に目をやった。それで二、三日と間を開けたのかと合点がいった。
「自分を卑下してはいけませんよ、アグネーゼ。私たちの目標は、なんとしても人間を争いに巻き込まないことです。手段を選べる相手ではありません」
「うん……」
「二重三重に策を考えられるのは、あなたの才能です。それを生かしてください」
「……ありがとう、ケイティ姉上」
ターニャとアグネーゼの久しぶりの再会です。




