(ターニャの視点)女学校生活の再開
「まぁ本当に灯りがともりましたわ」
「家の灯りはこのようにしてともしていたのですね」
魔術の先生が見せた実用魔術のお手本に、クラスのあちこちから歓声があがる。普段から灯りは見ていても、貴族である彼女たちはそれがどういう仕組みなのかは知らなかったのだろう。
ちょっとした火を点けるだけの魔術は、火の精霊にお祈りしながら、魔力のある者は魔力を、魔力のない者は触媒を捧げればよい。もっとも簡単な実用魔術のひとつだ。どこでも一般的に使われる魔術ではあるけど、逆に貴族の場合は自分で使うことは滅多にないはずだ。
森や河原でお茶を飲んだりする時によく使ったなぁ。
ヴィーシュにいた頃は学校のクラスメイトと放課後、日が暮れるまで森に行ったり、川に行ったりして遊んでいた。ちょっと寒い時などは、お湯を沸かして、みんなでお茶を飲んだりしたものだ。
ふと隣の席のアグネーゼを見ると、たいして興味なさそうに眺めている。魔術には興味ないのだろうか? 十日間の喪が明けて女学校が再開して以降、アグネーゼはどの授業もサボらず出席し始めた。どんな心境の変化かは分からないけど、ひとまず良いことだと思う。
アグネーゼが授業にちゃんと出るようになったことに加えて、ブレンダも学校に登校し始めており、学校での昼食はようやく四姉妹が揃うようになった。
それぞれに王からの課題もあるし、重苦しい雰囲気の中で食事をしなければならないかと覚悟していたが、ケイティとアグネーゼは以前と変わらず、ブレンダもこれまでの印象とは異なり、意外と話好きなようだ。
「アグネーゼとターニャはそろそろ魔術の授業が始まったのではないか?」
「ええ、ブレンダ姉様。まだ簡単な実用魔術の紹介だけですけど」
「どうせならもっと派手な魔術を教えてくれると良いんだけどね。退屈でアクビが出そうになったわ」
「でもクラスは結構沸いていましたよ、アグネーゼ姉様。みな魔術を見るのが初めてのようでしたね」
「フフ、実用魔術を使うのは主に側仕えか下働きの者ですから、貴族のお嬢様方は見たことがなかったのでしょうね」
ケイティが微笑ましそうに言う。おそらく昨年の初めての魔術の授業を思い出しているのだろう。
「とはいえ、派手な魔術を女学校で学ぶことはないぞ。三年の私でもせいぜい実用魔術の実技があるくらいだ」
「そうですね。それ以上は魔術の養成学校に通うか、王の許可を得てから個別に学ぶしかありませんね。ターニャはもう魔術を教えてくれるという方に会ったのですか?」
「いえ、ケイティ姉様。どうもイェーリングにいらっしゃるとかで、お会いできるのは来週以降になるそうです」
嫌な予感ほど的中するもので、王の言っていた私の魔術の師は、やはりガブリエラだった。今は魔術士団を率いてイェーリングにいるようで、もうちょっと待つように連絡があった。
「イェーリングにいるということは、王宮魔術士か。もしかしてガブリエラ・ハーマンか?」
「……ええ。ブレンダ姉様はご存知なのですか?」
「イェーリングで少し話をしたくらいだが、……彼女が師では大変かもしれんな」
「……はい」
ちょっと面識があるくらいのブレンダが大変というのだから、ガブリエラの性格は昔のままなのだろう。目眩がしてきた。
離宮に戻ると、ガブリエラから書簡が届いていた。
「三日後の昼に屋敷に来るように、ですか……。とうとうこの時が来てしまいましたね」
「ターニャ様、会ってからが始まりですよ。油断されてはなりません。せめて基礎だけでもおさらいしておきましょう」
「……そうですね」
実用魔術を使える側近に手順を確認してもらいつつ、昔教えてもらった魔術を復習する。復習といってもほとんど忘れてしまっているので、一から教えてもらってるようなものだ。
なんとかひと通りの実用魔術をおさらいしたところで、ガブリエラに会いに行く日になっていた。
女学校が再開しました。
ホントはガブリエラに会いに行くところまで書く予定でしたが、長くなったので次話に回しました。




